ビジネスを取り巻くあらゆる環境のデジタル化が進む中、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の推進が企業にとって急務となった。

2018年、経済産業省は企業にとってのDXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義した。

しかし、企業内ではDXという言葉が独り歩きし、業務フローやオペレーションのデジタル化にとどまるなど、なかなか思うように推進できていないケースもあるようだ。

IT専門調査会社IDCJAPANの 調査(2019年7月実施)によると、既にDXに取り組んでいる日本企業であっても、DXの目的は業務効率化が39%、組織連携の効率化が21%と、企業そのものを大きく変革する、企業の優位性を確立するといったレベルでの取り組みには至っていない現状も見え隠れする。

今回は「本質的なDXとは何か」というテーマで、実際にDXを推進しているスタートアップである、機種の異なるドローンやロボットなどのモビリティIoTを一元管理できるクラウドを提供するPSYGIG(サイギグ、以下サイギグ)株式会社から齊藤 夢月(ゆずき)氏と、ビッグデータを用いて物流のアップデートに挑戦する 株式会社NewRevo.の武末 健二朗氏、2社をバックアップするベンチャーキャピタル・ 株式会社ジェネシア・ベンチャーズの相良 俊輔氏に集まっていただき、DXに取り組むことで起きる社会の変化や今後の展望について語っていただいた。

さらにスタートアップ2社が活用する支援プログラムMicrosoft for Startupsの活用状況などについても伺った。

(以下、敬称略)

DXは「持続可能で、多くの人々に機会をもたらす社会」の実現手段

――DX(デジタルトランスフォーメーション)について各社はどう定義されているのでしょうか?

相良 デジタルトランスフォーメーションは、会社によっては単なるITツールの導入という文脈で使われたり、バズワードだとして揶揄する向きもあったり、定義や捉え方がまちまちですが、私たちジェネシア・ベンチャーズとしては、「ソフトウェアを起点に、社会を持続可能な形に変えていくための手段」だという風に捉えています。

昭和から平成にかけて、右肩上がりの経済成長を前提とした「質より量」の考え方が消費や生産、労働に至るまで広く染み付いて変革されなかった結果、社会の至る所で制度疲労が顕在化してしまっているのが現在だと思います。

DXを通じて、データによる取引の透明化や低コスト化といったソフトウェアの効能が企業内オペレーションや企業間取引、消費者体験にまで広く染み出していくことで、結果的に機会の偏在や情報の非対称性が解消され、受注者と発注者、提供者と利用者、企業と従業員との間に嘘のない関係が再構築される。そんな社会を、支援先のスタートアップの皆さんと作っていけると良いなと考えています。

株式会社ジェネシア・ベンチャーズインベストメントマネージャー 相良 俊輔氏

ジェネシア・ベンチャーズでは「すべての人に豊かさと機会をもたらす社会を実現する」というビジョンを掲げていて、本質的なDXはまさにファンドのビジョンとリンクします。DXは、当社にとってキーになる概念でもあるのです。

――New Revo.さんではDXをどう定義し、どんな取り組みをされていますか?

武末 私たちは「ロジクラ」という在庫管理SaaSソフトウェアをご提供していて、1年間で約1万社の小売り店やメーカーのお客さまにご利用いただいています。

ロジクラを使うと、これまで紙やExcelで管理されていた在庫データがクラウド化され、スマートフォンでバーコードを読み取れば、だれでも簡単に現場作業ができるようになります。在庫管理にかかる労力の70%を削減できたケースも出てくるなど、現場オペレーションを大きく変えることに成功しています。

株式会社New Revo. 取締役CSO 武末 健二朗氏

DXを進めると、業務効率化だけではなく、ソフトウェアの民主化ができると思っています。これまで、IT化やソフトウェアの活用メリットを活かせたのは、自前で情報システムをつくれる大企業ばかり。しかし、クラウド化が進んでSaaSプロダクトが生まれてくると、利用コストが劇的に下がり、誰もがサービスを利用できるようになります。

――では、サイギグさんはいかがですか?

齊藤 私たちは、データをいかに集め、理解して活用するかという一連の流れがDXだと定義しています。サイギグは、モビリティIoT(ドローンやロボット、自動運転車などの動くIoTデバイス)開発運用向けのデータ解析プラットフォームをつくっている会社です。あらゆるデバイスからセンサー、画像、映像、位置情報データをリアルタイムで取得し、分析、共有、管理を一元的に行えるよう支援しています。

先ほど、相良さんがDXは持続可能な社会を実現する手段とおっしゃっていましたが、ドローンや自動運転車も安全でなければ持続可能にならない。デバイスは全世界に散らばっているのに、稼働状況がまったくわからないという状態はリスクです。

たとえば、現状のドローンは落下率が高く、データにもとづく事故原因の分析をできていないケースが多いんです。ドローンの事故を防ぐためにも、ドローンの各種センサーのパラメーターをリアルタイムで取得および保存することで、落下原因を解明し、事故の再発防止につなげることができます。

PSYGIG株式会社 マーケティングマネージャー 齊藤夢月(ゆずき)氏

また、モビリティIoTの安全性とともに利便性の向上にも取り組みたいと考えています。点検用ドローンは電線の写真を何千枚と撮影できますが、その写真の中から問題箇所を見つけ出す作業は、まだ人が目視で行なっています。

利便性を最大化するには、問題個所のチェックもデジタルテクノロジーで実現したいですね。例えば、画像認識技術を活用し、ドローンからクラウドプラットフォームに送信された写真を自動でカテゴライズするといった解決法を考えています。

武末 齊藤さんがおっしゃったように、DXを進めると、オフラインで起きていたことがデータ化され、そのデータを活かせるようになります。電線の画像をドローンで撮って終わりだったものが、インターネット上に画像が置かれることで解析することができ、新たな価値が生み出せます。

在庫管理のプラットフォームでは、リアル店舗の入出荷データや購買データが全国から集まると、このタイプの商品がこのタイミングで売れそうだという「需要予測」ができるようになります。リアル店舗の情報と、インターネット通販で得てきた情報が共有されることで、より精度の高いレコメンドができるようになるなど、ユーザー利便性を高められます。

相良 ロジクラの面白さは、物が売れて在庫が減るスピードをデータで持てるところ。ある月にどの商品がどのくらい売れているかというデータは先行指標として貴重なので、従来は販売実績という遅行指標しか追えなかったメーカーさんにそのデータを共有することができれば、効率的に商品を生産し、適切な量を適切なタイミングで配送できる可能性が高まります。

過剰在庫の抑制に繋がるという点で、まさに持続可能なビジネスモデルになるんですよね。データは活用の仕方次第で、ビジネスモデルやユーザー体験に及ぼすインパクトも大きくすることができ、ひいては社会全体を豊かにできる。そんな視点を持っているスタートアップを支援できることは、ベンチャーキャピタルとしてとても嬉しく思います。

モバイルアプリはDX推進の一つのカギ

――現在、日本のDXへの取り組みは、世界の中でどのような立ち位置なのでしょうか。

武末 テクノロジーのレパートリーが欧米に比べて少ないなと感じますが、日本のDXにはある意味可能性を感じています。

世界に先駆けて生産人口が急減する日本では、求められるDXがコスト削減から労働力の代替に変わらざるを得ない。特に、中小企業の労働力不足は深刻です。その必然性に目を向けたサービスが生まれ、ビジネスチャンスが拡大するのではと思っています。

齊藤 シリコンバレーなど、ユニコーン企業が生まれるような場所では、「新しい技術を取り入れるリスクよりも、取り入れないリスク」が重視される傾向にあるので、大企業も、使えると思ったスタートアップの新技術はどんどん取り入れます。

日本の企業は、新しい技術を取り入れるにあたって成功事例があることを重視するため、どうしてもスタートアップとの協業スピードが遅い印象です。日本のお客さまにも安心して取り入れていただくためには、海外での実績を重ねて逆輸入という方法もあるかなと考えています。

――では、日本の企業にDXを広く浸透させるにはどうしたらいいのでしょうか。

相良 いくつかの観点や切り口があると思いますが、例えば、これまで企業内で使われる業務システムというとPCベースのUIが前提でラーニングコストが高く、結果として担当者が変わると使われなくなったりしましたよね。

ところが今は、属性を問わず日常的に利用されるデバイスとして普及したスマートフォン上に業務システムを組み込むことが可能になった。つまりモバイルアプリに業務システムの一部の役割を担わせることができるようになったわけです。

とりわけITリテラシーに課題のある既存産業に向けてサービスを提供するスタートアップにとって、これは導入にかかるオンボーディングコストを大きく削減できるという点で革命的な出来事だと思っています。

実際にロジクラも物流倉庫のピッキングをアプリで行えるUXを提供して大きくユーザー数を伸ばしていますが、BtoBのモバイルアプリは、産業社会のDXを推進する上で大きな鍵になると思います。

武末 今までは、大企業からスタートした取り組みが中小企業に浸透するという流れがありました。働き方改革などもそうですよね。しかし、DXは中小企業から大企業という流れになると思います。人手不足を解消し、効率化をより進めなければならないからです。

しかも、中小企業は大企業よりも圧倒的に数が多く、モデルケースがたくさんできる。多様なモデルから、大企業が自社に合った解決法を選ぶようになる気がします。

相良 たしかにロジクラのようなサービスは、大手企業に入るとしても一部門からのスモールスタートが多いですよね。

武末 スピード感が必要な新規事業部門などで実証実験をして、よい結果が得られたら少しずつ展開するというケースが多いです。サービスを取り入れたときのメリットを理解し、推進してくれる方と出会えるかが重要にはなりますね。

また、製造業でDXが進んできたのは大きい。日本の産業構造として製造業はまだまだ力を持っているので、DX推進のムーブメントが起きやすくなってきたと思います。サイギグさんでは、モバイルアプリなどはつくられているんでしょうか?

齊藤 モバイルアプリはつくっていないんです。サイギグとしては、モビリティIoTがさらに普及すると、AR(拡張現実:現実空間にバーチャルオブジェクトを表示させる手法)、VR(仮想現実:そこにいるかのような仮想空間をつくる手法)アプリが必要になると考えています。

ドローンはすでに普及し始めているにもかかわらず、航空業界のようなトラフィックシステムがありません。そんな時、AR技術を使って空中にバーチャルの信号を表示させたりできれば解決できるのではと考えています。

ARディベロッパーの方々がトラフィックシステムを構築するためのサポートをしていきたいですね。

相良 ARやVRは大きなデバイスシフトですよね。モバイルアプリはスマートフォンで使いますが、ARはたとえば、メガネをかけるだけで情報が浮かび上がったりする。

デバイスが何になっても、データをどう活用するか、さらにいうとデータを集めるためにどんなユーザー体験を提供するかをとことん突き詰めて考えられているスタートアップは強いと思いますね。

投資側も注目。マイクロソフトのスタートアップ支援とは

――サイギグさん、New Revo.さんはマイクロソフトからどのような支援を受けているのでしょうか?

齊藤 2019年夏ごろから、「Microsoft for Startups」を利用させていただき、ビジネスディベロップメント(事業開発)のコツを丁寧に教えていただいています。

サイギグのメンバーはほとんどが海外出身のエンジニアなので、マイクロソフトの方とのやりとりは基本英語です。

グローバルなチームにとってそれは心強く、質問にもすぐ対応していただけるので非常に助かっています。イベントなどにも呼んでいただき、国内外の多様な企業とつながれるように支援していただいています。

武末 私たちも同じ頃にプログラムに参加しました。社長の長浜があるピッチコンテストに登壇した際にご縁ができました。

今は、Microsoft Azureを基盤にシステム開発をしています。他社のクラウドサービスからのリプレイスもサポートいただき、提供サービスも安定しました。

相良 エンタープライズの顧客開拓やセキュリティー水準に精通したマイクロソフトの支援を受けていることは、DXの領域で出資先を選定する上でプラスの評価になりますね。

BtoBのサービスを考える上で、最も重要になるのは市場の開拓戦略や販売網の確立ですが、マイクロソフトはそのチャネルをすでに持っていて、売り方も知っています。マイクロソフトという巨人の肩を借りながら、自分たちのビジョン実現のスピードを上げていくのは賢い選択だと思います。

――この先、マイクロソフトとどのように協業したいと考えていますか?

武末 販売促進という部分で連携させていただきたいですね。マイクロソフトはソフトとハード両面から日本のIT業界を支えてきた存在。たくさんの知見をお持ちだと思うので、私たちのサービス提供に関しても連携いただけたらありがたいです。

また、長期的なお話ですが、シームレスな業務フローをつくりたいという思いがあります。ロジクラのお客さまの多くは、商品情報の登録にエクセルを使っています。エクセルからロジクラへの連携をシンプルにできるとユーザーの利便性が上がります。

そういった製品連携の検討もできたらうれしいです。

齊藤 サイギグとしては、この先、デバイスが増えるごとにサーバーをどう使っていけるかが課題になるので、その都度アドバイスをいただけたらうれしいですね。

データや技術の前に、業務や業界のあるべき姿を描くことが本質的なDXにつながる

――日本の本質的なDX実現のために、欠かせない要素とは何でしょうか?

相良 業務や業界の「あるべき姿」を考え抜くことが必要だと思います。

持続可能な社会を実現するには、目先の利潤を追うだけでなく常に長期的な視点を持ち、あるべき未来から逆算したビジネスモデルや業務フローを設計していくことが必要になるはずです。目先の利害だけでものを作ったり導入したりすると、本来必要のない作り直しや追加の出費をハリボテ的に何度も重ねなくてはいけなくなり、DXの本質である持続可能性を享受できないからです。

もうひとつは、ユーザー視点の思考を徹底することです。BtoCであればCX、BtoBであればEXになりますが、そのサービスを利用するユーザーの視点にこだわってものづくりをする。サプライヤーの視点に寄れば寄るほど、どこかで歪みが出てくるので、持続可能性が損なわれてしまいます。

DXは個社の努力だけで実現されるものではなく、持続可能な産業社会の創造という思いを共にできる関係者の輪を拡げることでしか達成し得ないものだと思っているので、これからも声を上げ続けていきます。

支援先のスタートアップの方々は、その感覚を共有してくれていると思いますが、大企業や投資家、メディア等他の関係者も巻き込んで緩やかに当事者を増やす取り組みをコツコツと積み重ねていきたいと考えてます。

持続可能な社会のステークホルダーは人類全員。各ステークホルダーのハブになるベンチャーキャピタルにはまだまだできることがあると思いますし、当社としてはアジア全体をターゲットに、すべての人に豊かさと機会をもたらす社会を実現していきたいです。

――スタートアップとして、今後取り組んでいきたいことを教えてください。

武末 私たちも社会課題を解決し、クライアントである企業の成長をサポートしたいと思っています。

ひとつは、業務の効率化を通してのサポート、もうひとつは、データを活かした需要予測や金融といった新しいサービスでのサポートです。

私たちのミッションは「在庫データを活用し、企業の成長を支援する」というもの。ただ、ロジクラでの「業務の効率化」だけではミッションが実現できません。

私たちは、効率化の実現を通して、需要予測等の未来のサービスに向けた信頼関係とデータ基盤をつくろうとしています。効率化と売上アップの両輪を回せるDXの事例をつくっていきたいですし、その事例を見たお客さまとともに、さらにDXを進めるムーブメントを起こしたいと思います。

齊藤 私たちはモビリティIoT業界にとって、横串の存在になりたいという思いがあります。

ドローン、ロボット、自動運転車などの普及を通じてより便利で安全な社会をつくるには、異種デバイス間のデータ共有を促進することが重要だと考えています。

人とマシンが協働する社会を目指す上で、行政や民間企業、NPOが一丸となって取り組めるよう、機種やメーカーに依存せず、あらゆるデバイスのデータを各組織間で共有できる横串のプラットフォームを提供していきたいです。


今後人口が減っていく中で、他者といかに協力するかが重要になっていきます。自力でなんとかしようという「自前主義」に固執しすぎず、互いの優れた部分を取り入れていけたら、「あるべき姿」からズレない、本質的なDXを進められると思います。