長期化の様相を呈する新型コロナの影響、日本でも緊急事態宣言が出され、事態終息の兆しはまだ見えない。

この先、在宅勤務や自宅学習を余儀なくされる人はさらに増えていくことが見込まれるだろう。

在宅勤務・自宅学習に移行する際、留意すべき点の1つとして挙げられるのが、生産性や学習効率を維持し、高める環境を整えること。

自宅のアドバンテージは、仕事・学習環境を自分でデザインできること。オフィスや学校では不可能なパーソナライズされた空間をつくることが可能となる。

パーソナライズできる要素の1つが「音」。自分の好きな音楽やサウンドを流し、仕事や勉強に没頭できる状態をつくりだせる。

しかし、音や音楽による生産性・学習効率への影響はポジティブなものだけではなく、使い方を間違えると逆の効果を招いてしまうリスクがあることも知っておく必要がある。

世界の様々な研究を参考に、音・音楽が生産性に与える影響について見ていきたい。

ビル・ゲイツ氏は創業当初5年間音楽断ち、タスクの複雑性と音楽の影響

音・音楽と生産性・学習効率について考えるとき、大きく「タスクの種類」「音・音楽の種類」「ノイズの種類・レベル」の3つの要素を考慮することが重要になる。

まず「タスクの種類」について。タスクが複雑なのかシンプルなのかで、音楽が与える生産性への影響は変わってくる。これまでの研究で分かっているのは、タスクの複雑性が高いときはネガティブな影響、タスクがシンプルなときはポジティブな影響を与える可能性が高いということ。

複雑なタスク、たとえば問題解決やクリエーションなど脳に高い負荷を与えるタスクの場合、音楽は生産性を下げてしまうかもしれない。

学術誌Applied Research in Memory and Cognition2017年6月版に掲載された論文によると、大学学部生を2つのグループに分け読解と数学のテストをさせたところ、音楽を聞きながらテストを受けた生徒のパフォーマンスが大きく下がったという。

また、マイクロソフト創業者であるビル・ゲイツ氏が創業当初に5年間、ソフトウェア開発に没頭するために音楽とテレビを遮断していたという話は有名だ。現在は、音楽・テレビを視聴しているとのこと。

創業当初5年間、音楽・テレビを遮断したビル・ゲイツ氏

一方、タスクがある程度定型化されている場合、音楽が生産性を高める可能性がある。

古い研究になるが学術誌Applied Psychologyに掲載された論文(1995年)によると、大手リテール企業の従業員に4週間音楽を聞かせたところ、生産性が改善された。ここで計測された生産性とは、パソコンで打ち込む量。

同研究では、音楽を聞いたグループは聞かなかったグループに比べ、生産性のほかにも、離職可能性の低下、仕事満足度の向上、ムードの改善など様々なポジティブな効果が観察された。

アラバマ大学の研究者カレン・ランデイ氏の同テーマにおける既存研究論文まとめ(2019年9月)によると、これまでで音楽が直接的に生産性にポジティブな影響を与えることを客観的に示す研究は少なく、現状では音楽が生産性に直接影響を与えているとは断言できないとのこと。

考えられるのは、音楽が感情に影響を与え、それが比較的シンプルなタスクの生産性にポジティブな影響を与えているということ。心理学の古い理論「アクティベーション理論」が、音楽と生産性の関係を一部説明していると指摘している。

アクティベーション理論とは人が仕事でモチベーションを保つには、一定のアクティベーション(活性化)が必要というもの。1960年代、大量生産の時代、工場での流れ作業において労働者のモチベーションが下がってしまう中、どう生産性を維持するのかという課題を背景に知られるようになった理論だ。

複雑なタスクのときはダウンテンポな曲が効果的?ビートと生産性の関係

音楽の種類についてはどうか。

この点を考える時、音楽の構造(複雑性)、歌詞付きか歌詞なしか、ビートの速さによって効果が変わってくる可能性に留意する必要がある。

同テーマを専門とする研究者アンネリ・ハーケ氏は、音楽の構造が複雑になるほど生産性低下につながる可能性を指摘している。タスク中の曲はシンプルなもののほうがよいとのこと。また、歌詞付きの曲も生産性低下につながってしまう可能性がある。

ビートに関しては、職種・タスクの違いによって、最適な速さがあるようだ。

ハーケ氏監修で、英国の転職サイトTotaljobsが実施した音楽と生産性に関する調査「The Sound of Productivity」で興味深い結果が明らかになった。この調査は英国で働く35職種・4,500人以上を対象に実施したもの。

それによると、タスクが複雑になりがちな職種ほど、ダウンテンポな曲を選び、接客などフィジカルな動きが多い職種ほど、アップテンポな曲を選ぶ傾向が強いことが明らかになった。

仕事中に聞く曲でダウンテンポなものを好むという回答が多かった職種には以下のものが含まれている。コンピュータプログラマー(86%)、コンサルタント(84%)、デザイン(82%)、IT関連(78%)、研究職(70%)など。

一方、アップテンポな曲を好むとの回答が多かったのは、リテール系(57%)、ケータリング(46%)、カスタマーサービス(44%)、物流(43%)など。

海外の大学生の間で流行っている音楽ジャンルの1つにLofi−Hiphopがある。曲の構造はシンプルで、歌詞はなく、ダウンテンポなものが多い。仕事・勉強空間の最適化にはもってこいなのかもしれない。

エアコン・冷蔵庫のノイズでパフォーマンスアップ?最新研究が示すノイズの効果

最後に「ノイズの種類・レベル」について見ていきたい。

環境ノイズの種類によって、生産性への影響が変わってくる可能性がある。

環境ノイズの1つに挙げられる人の話し声。生産性の観点からは、集中を妨げるものであり、避けるべきノイズの1つだ。オフィスでは、このノイズにさらされることは日常茶飯事。一方、自宅勤務・学習になっても隣人・家族の声にさらされることがあり、集中力を維持することは難しい。

このノイズから逃れられない状況にあるのであれば、ヘッドホンで音楽を聞きノイズをシャットダウンするほうが賢明かもしれない。

一方、ノイズはノイズでも、ポジティブな影響を与えるノイズも存在する。

オーストラリア・エディスコーワン大学のオンノ・ファンデル・グローエン氏がチャンネル・ニュース・アジアに語ったところによると、エアコンや冷蔵庫などから発せられるノイズは一般的に思考の妨げになると考えられているが、最新研究では少量のノイズが動物や人間の身体・認知能力を高める可能性を示唆している。

脳細胞の発火が人の行動や思考を形作っている。この発火はときにランダムになる。同じくランダムに発生するノイズが脳内発火のランダム性に影響を与え、それがパフォーマンスを向上させる可能性があるとのこと。この現象は「stochastic resonance」と呼ばれている。

ノイズレベルとパフォーマンスの関係は、逆U字になっており、最適ポイントが存在する。最適ポイントは、個人によって異なることが想定されるため、そのポイントを発見するための試行錯誤が必要になりそうだ。

緊急事態や自宅勤務になっても生産性を下げることはできない。生産性維持・向上を実現するため、音楽や音の効果に目を向けてみるのもよいのではないだろうか。

[文] 細谷元(Livit