INDEX
パンデミックで買い占め止まらない、世界の現状
今回の新型コロナショックのような緊急事態が発生すると、必ず起こるのが「買い占め(panic buying)」だ。
ソーシャルメディアでは、世界各地のスーパーマーケットの空になった商品棚の写真が多数シェアされている。
買い占め対象となっているのは、マスクや消毒ジェルなど感染防止に必須なプロダクトだけでなく、トイレットペーパーやインスタントヌードル、缶詰なども含まれる。
この買い占めの状況は、ソーシャルメディアの写真だけでなく、店舗の売上高データからも知ることができる。
たとえば、マレーシアの消毒ジェル売上高は1月末の1週間だけで、100万リンギ(約2,500万円)に達し、通常の週間売上高と比較して800%増加した。
ニュージーランドでも、2月末に初の感染者が報告されたことをきっかけに、買い占めが加速。地元メディアNZheraldが伝えたPaymarkのデータによると、2月29日オークランドのクレジットカード利用額は前年同期比で75%以上増加したという。
また消費者市場調査会社ニールセンによると、3月8〜21日の2週間、米国における消費者向けパッケージ商品(CPG)の売上高は前の2週間から85億ドル(約9,200億円)増加。通常時の15倍の伸びになったという。
前年同期との比較では、店舗での買い物以上にオンライン購入が急増。3月1〜7日、店舗の売上高は前年同期比9%増、オンラインは29%増、さらに3月8〜14日には店舗で45%増、オンラインで91%増を記録した。
買い占め行動は、供給をひっ迫し、価格を高騰させる。自然の成り行きで高騰する場合もあれば、悪意あるものが意図的に価格を吊り上げるケースも少なくない。
BBCの3月16日の記事によると、米国では消毒ジェルを買い占め、Amazonを通じ法外な値段で販売していた男性が当局の捜査対象になった。
この男性、米国で初の新型コロナ関連の死亡者が出た3月1日以降、地元テネシー州の街々を駆け回り消毒ジェル1万7,700本を買い占め、アマゾンで最大70ドル(約7,600円)で販売していた。一般的な価格は10ドルほど。7倍も値段を吊り上げていたことになる。
ドイツ・ベルリンのスーパーマーケットの様子(3月3日)
不確実性への自然反応?ゼロ・リスク・バイアス?買い占めの心理学
供給をひっ迫させるだけでなく、価格を高騰させ、市場を一層混乱に陥れる買い占め行動。そのような状況を生み出さない工夫が必要だ。
そのためにはまず買い占め行動を起こす消費者心理を読み解くことが重要になる。
AFP通信は、買い占め行動を読み解こうとする経済学者や心理学者の声を紹介。
1つは経済学のゲーム理論による説明だ。それによると、誰かが買い占め行動を開始すると、自身の生存を確保するための最適戦略は、同じ行動を取ることになる。それが、大規模な買い占めにつながるという。
一方この理論では、生存に必須とは言えないトイレットペーパーが棚からなくなることを説明できておらず、別の視点が必要だと指摘。その上でカナダ・ブリティッシュコロンビア大学教授で「The Psychology of Pandemics(パンデミックの心理学)」の著者であるスティーブン・テイラー氏の見立てを紹介。
テイラー氏によると、パンデミックのような不確実な事態に直面したとき、人々は生存を確保するために「何かしなければ」と感じ、トイレットペーパーを買い込むことで安心感を得ているのだという。
この説明は、経済学でいう「ゼロ・リスク・バイアス(zero risk bias)」というコンセプトとオーバーラップしている。
人はリスクに直面したとき、そのリスクをなくそうとする行動を取る。ゼロ・リスク・バイアスとは、リスクを根本的になくす対策ではなく、表面的で簡易的な対策を取り安心する傾向のこと。
人々は、限られた資金で比較的容易に入手できるトイレットペーパーを購入することで、安心感を得ようとしているというのがゼロ・リスク・バイアスによる説明だ。
トイレットペーパーが売り切れたオーストラリア・ゴールドコーストのスーパーマーケット(3月9日)
不確実性を解消するサプライチェーン情報の重要性
上記パンデミックの心理構造を鑑みると、買い占め行動を抑制するには、不確実性を解消し、人々に安心感を与えることが重要になるといえるだろう。
不確実性を解消する手段の1つとして、サプライチェーンの状況を適切に伝えることが挙げられる。どの商品が不足する可能性があるのか、その期間はどれくらいか、また不足の心配がいらない商品は何か、などの情報を的確にシェアできれば、不確実性を解消し、人々のリスク感を緩めることが可能となるかもしれない。
買い占め行動が拡大する米国では、大手メディアCNBCがサプライチェーン専門家による商品の供給状況見込みを紹介し、それを試みている。
米サプライチェーン専門家ダニエル・スタントン氏は、まず米国においては、トイレットペーパー不足を心配することは無用と指摘。今後も十分な供給があり不足することはないという。
また他の専門家らは食料についても不足の心配はないと強調。米国は食料輸出国であり、特に牛乳、卵、チーズ、パン、肉などの主食が不足することはないと指摘している。一方、欧州や中国からの輸入品は滞る可能性があるとのこと。
このところ、国内外での買い占めに関するニュースが増え、ソーシャルメディアで拡散される傾向が強まっている。こうした情報が消費者の買い占め心理を強めてしまっているとの指摘もある。メディアは、買い占めの事実を伝えるだけでなく、サプライチェーンに関する的確な情報も伝える必要があるといえるだろう。
[文] 細谷元(Livit)