テクノロジーがこれまでにない速度で生活を便利にしている一方、温暖化や貧困層の拡大など、数多くの課題に直面している現代。
2015年の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)では、平等の実現、教育の保障、気候変動への対策、貧困の解決などを掲げた17の目標と、その達成に向けた具体的な169のターゲットを示したことで、政府やグローバル企業ではSDGs関連の取り組みが増えつつある。
加えて欧州では、スタートアップ界隈においても、SDGsの達成に向けた取り組みが存在感を増すようになった。
環境や社会問題に対する高い意識を持つ起業家が増えているのはもちろん、消費者や投資家の意識変化など、さまざまな要因が刺激となり、この動きは大きく加速。
利益だけでなく、環境や社会問題にもフォーカスするテックスタートアップは、「purpose-driven startups(パーパス・ドリブン・スタートアップ)」や「mission-driven startups(ミッション・ドリブン・スタートアップ)」「tech with purpose(テック・ウィズ・パーパス)」と呼ばれ、注目の存在となっている。
Skype創業者であるゼンストローム氏が2006年に創設したベンチャーキャピタルAtomico(アトミコ)が実施した調査では、欧州におけるパーパス・ドリブン・スタートアップへの投資は2019年に44億8,000万ドルと前年の19億8,000万ドルから2倍以上増加、企業の数は500社を超えたことが明らかになっている。
2020年さらに注目を浴びるであろうパーパス・ドリブン・スタートアップとは? またそれを取り巻く起業家、チーム、消費者、ベンチャーキャピタルはどのように変化しているのだろうか。
ミレニアルズの価値観に支えられ躍進。欧州のテック系社会起業家たち
社会問題の解決に挑む起業家たちは、ソーシャルアントレプレナー、社会起業家と呼ばれ、日本を含む世界中で、これまでもすでに注目を集めていた。パーパス・ドリブン・スタートアップも、SDGsという観点から見た社会起業のひとつであり、SDGsの達成に向けたアプローチがビジネスモデルの中核である企業と定義されている。
アムステルダムを拠点とし、スタートアップの情報プラットフォームを提供するDealroom(ディールルーム)は、SDGsとの整合性に基づいて、欧州のテック企業を評価するためのフレームワークを作成し、528社をパーパス・ドリブン・スタートアップと認定した。
このようなパーパス・ドリブン・スタートアップの近年の躍進には目を見張るものがある。2015年の10億ドル未満であったその調達額は、2019年に合計44億ドルまで増加。2019年には、ヨーロッパの総投資資本の12%に達し、テック分野の調達額で、フィンテックおよび法人向けSaaSに続いて3位に躍り出た。
ピッチに挑むパーパス・ドリブン・スタートアップ「Ÿnsect」CEO Ÿnsect公式チャンネル)
その背景には、ベンチャーキャピタル、起業家とそのチーム、消費者といったスタートアップを取り巻く人々の意識の変化がある。
ベンチャーキャピタル「アトミコ」のゼンストローム氏は、テクノロジーは社会と経済を改革するものであり、政治家ではなく起業家が新しい社会の変革者、「チェンジメーカー」であると提唱。
ベンチャーキャピタルは、持続可能性、より良い教育の普及 、より優れた医療の提供といった社会的な目的の達成と利益を相互に強化しあうものとなるべきという信念に導かれていると語る。
消費よりも仲間との体験に価値を見出すミレニアルズ PIXABAYより
このような意識の変化はビジネスや消費の担い手がミレニアル世代、そしてZ世代にシフトしていることと無関係ではないだろう。
家や車、洋服、ブランド品等を所有することに対して価値を見いだす者が多かったベビーブーマー世代に対し、ミレニアル世代は自分たちが価値を見いだせる活動への参加や、同じ価値観を持つ仲間との共感といった体験を重視するといわれ、社会問題にも強い関心を持つ。
現在、そんなミレニアル世代の4分の1以上がすでにマネジメントを担うポジションについており、この傾向はスタートアップではさらに顕著だ。
そして消費者として存在感を日に日に増しているZ世代も、大量消費や所有より、社会的課題に関心が高いという点ではミレニアル世代と共通している。
アクセンチュアストラテジーによる30,000人の世界各地の消費者への調査によると、消費者の62%が企業に「持続可能性、透明性、または公正な雇用慣行といった社会問題に立ち向かう」ことを望んでいるという。
日本にも進出、世界で存在感を増す欧州発パーパス・ドリブン・スタートアップ
社会問題の解決とテックを融合させ、ビジネスとしても成り立たせる。そんなパーパス・ドリブン・スタートアップの実例の一つとして、既存の医療へのアクセスが困難な人に遠隔医療を提供するスウェーデン発「KRY」がある。
スマホやタブレットで、医師にオンラインで相談や診察を行い、処方や検査のオーダー、他の専門職への紹介などができるサービスが提供されており、心理職や看護師に相談を行うことも可能だ。
1億4,000万ユーロの調達が報じられた同社は、北欧だけで50万人にサービスを提供、現在はフランスに移転し、スウェーデン以外にも、フランス、イギリス、スペインでサービスを展開している。
環境分野では、1億2,500万ドルを調達し、欧州の農業テックの調達額記録更新を成し遂げたフランス発Ÿnsect(インセクト)は、この資金を活用し、フランス北部に世界最大規模となる昆虫農場を作る計画だ。
同社は、肥料、魚の養殖の餌、またペットフードにミールワームを活用することで、原料を魚粉や畜産物から、より環境負荷の少ない昆虫にシフトしている。
ピコ太郎が国連で、PPAPの替え歌を披露してアピールしたとはいえ、日本でそれほど浸透しているとはいえない持続可能な開発目標(SDGs)だが、その達成を掲げるパーパス・ドリブン・スタートアップは、日本人に意外と身近なところに進出するまでになっている。
JR東日本から資金調達、今年から紀伊国屋に日本初進出するInfarm(インファーム)だ。
イスラエル生まれの起業家がベルリンで生み出した屋内ファーミングテクノロジーを提供する同社は、スーパーマーケットなどの店内で野菜栽培と販売を行うことで、従来の流通により生じる廃棄ロスやCO2の削減を目指すと同時に、安全な野菜をなるべく手頃な価格で提供することを目指す。
現在ドイツ、スイス、フランス、ルクセンブルク、英国、デンマーク、米国の7カ国に展開しており、アジアでは日本が初の進出先となる。
世界へ広がるパーパス・ドリブン・スタートアップ
欧州発が目立つSDGsの達成をかかげるスタートアップだが、アメリカのスタートアップ界隈でも次々と注目の企業が生まれている。
医学生がホームレスとの関わりを通じて起業に至ったという「Copia(コピア)」は、食品廃棄を減らし、有効活用することを目標とする。
飽食と食品不足が同時に社会問題となり、ジャンクフードにしかアクセスできない貧困層の肥満や食品廃棄が問題となっているアメリカで創立された同社は、大手企業の社食で出た廃棄食材を非営利団体につなぐ。
それだけであれば多くの慈善団体が行なっている活動だが、コピアは同時に企業にデータを提供するテック企業なのだ。企業はそのデータを分析することで、社内で発生する食品廃棄を減らし、福利厚生にかけるコストを下げることができる。2016年の集計では、企業がコピアを通じて節約した金額は総計で約460万ドルに上った。
日本でも2009年に経済産業省からソーシャルビジネス55選が発表されるなど、社会的課題を解決するビジネスへの関心は世界各国で高まりつづけている。
2015年からは、エクストリーム・テック・チャレンジXTCなる、SDGs達成を目指すスタートアップコンテストも開催され、毎年世界中から6,000社以上がエントリーしている。
今年、日本では2月に初の予選が行われ、パーパス・ドリブン・スタートアップ10社が日本代表の2枠を目指し奮闘、3Dプリントを活用し格安義足を製作するインスタリム株式会社などが日本代表に選ばれ、パリで行われる本大会へと進むこととなった。
SDGs(持続可能な開発目標)は、多くの課題を網羅しているため、複雑で、その達成に向けて何ができるか、個人レベルではわかりづらいところがある。
しかし、世界のパーパス・ドリブン・スタートアップの提供する多様なソリューションを知り、積極的に利用することで、一人一人の市民も、SDGsが掲げる課題解決にささやかなサポートができるのかもしれない。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)