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“老後2000万円問題”は、昨年6月に金融庁が発表した資料を発端に浮かび上がった問題だ。そしてこの問題をきっかけに投資や積立など、資産運用について調べた人も多いのではないだろうか。
しかし海外と比較すると日本は実際に資産運用している人の割合が少ない。2019年8月29日に日本銀行調査統計局がサイトに掲載した「資金循環の日米欧比較」によると、家計の金融資産構成で債務証券・投資信託・株式等といった運用資産が占める割合はアメリカが52.8%、ユーロエリアが29.9%、そして日本はわずか15.2%という結果が出ている。
投資信託などの金融サービスを活用して資産運用をしたいけれど、なかなか行動に移せない。このような日本人の状況は何が原因で起こっているのだろうか。この問いについて話を聞いたのは株式会社Finatextホールディングスの取締役CFOである伊藤祐一郎氏だ。
株式会社Finatextホールディングス 取締役CFO 伊藤祐一郎氏
日本人が金融サービスを使いこなせていない理由、難しく感じてしまう資産運用のハードルを下げる方法など、金融サービスと日本にまつわる話を詳しく伺った。
なぜ日本人は金融サービスを使いこなせていないのか
はじめに伊藤氏に、なぜ日本は海外と比較して、株式投資や投資信託といった資産形成が目的の金融サービスを活用している人が少ないのか尋ねた。
伊藤 「まず資産形成に限らず、何かを始める時のハードルを越えるには、最初に成功体験を味わうことが大事だと思っています。小さくても成功することで自分でもできることが分かり、じゃあもっと勉強してみようと次のステップに進みます。
しかしここ20、30年の日本経済の場合、少し投資してみてもなかなか成功体験を味わうことができませんでした。アメリカの場合身近な銘柄、テスラやApple(アップル)の株価は大きく上昇することがあり、成功体験を味わえる可能性が高い。
一度成功体験を味わうことでもっと勉強してみようと思い、長期的な資産形成のことも考えます。日本はこの20、30年成功体験を積めた人が少ないので、一歩目が踏み出しづらいと思います」
さらに「日本人の中にはお金を儲けることに対してネガティブな見識を持っている人もいるのでは?」という問いに、伊藤氏は文化としてあると思う、と回答した。
伊藤 「アメリカ人や日本人とではお金持ちの人に対する感覚は全く違います。例えば日本の人達が集まった時にお金持ちに対しての印象を聞くと『あまり良くない』と答えます。けれどお金持ちになりたいですかと聞くと『なりたい』と回答が返ってきます。僕は実際にこのような話を聞く機会に立ち会ったことがあるのですが、すごく変だなと思いました。
みんなお金持ちに良い印象を持ってはいけないと思っているけれど、自分はお金持ちになりたいと思っているのが現状です。アメリカでもお金持ちに対して批判はありますが、チャリティーなど慈善活動を積極的にしている人も多いので、日本より良いイメージがあります。」
そしてこのお金を儲けることへのネガティブな印象によって起こる一番の問題は、気軽にお金の話ができなくなってしまうことだ、と伊藤氏は述べた。
伊藤 「海外の人達はお金を儲けることに悪い印象がないので、資産運用をどうしているかなど、お金の話をオープンにします。しかし日本はそうではありません。お金に貪欲な奴だと思われるのを避けるために話すのを止めてしまいます。このお金儲け=悪という印象が、結果的に会話を妨げて、お金に関する情報交換を止めています」
成功体験の積み重ねと共有で、ユーザーは投資が自分ごとになる
日本人が資産運用に手を出せていない理由について話を聞いたが、ではどのようなサービスを提供すれば、多くの人が最初のハードルを乗り越えて挑戦することができるのだろうか。
伊藤 「先ほどもいいましたが資産運用などを始めるきっかけとして、成功体験はとても大事だと思っています。弊社が提供しているアプリ『あすかぶ!』や『かるFX』の場合、最速、最小限のコストで成功体験を味わってもらうことをとても意識しています。
なぜ成功体験が大事かというと、成功体験を経験しないと自分ごと化されないからです。一度成功しないと投資は頭の良い人がやっていると感じ、勉強しても自分には関係ないと思い、一向に距離が近くなりません」
またこの成功体験は近くの人の成功を見て感じるものでもいいという。
伊藤 「成功体験は誰かの成功を見て感じる、擬似的なものでもいいです。株や投資をやっている人の理由は、実は『友達・周りの人がやっているから』が一番多いです。近くの人の成功は疑似体験として非常に影響力があります。
つまり『あの人がやっていて儲けが出ているなら自分もできるかも』とユーザーが感じる機会を作ることが重要です。例えば弊社のアプリ『STREAM(ストリーム)』では株取引とコミュニティを掛け合わせた仕様になっています。
Finatextが提供するコミュニティ型株取引アプリ「STREAM」
アプリ内のコミュニティの人が『投資で儲かった』とコメントに書いていれば、自分もやったらできるかな、という気持ちが湧きます。また自分と同じくらいのレベル・知識の人が質問したり教えてもらったりしている姿を見ることで、投資への敷居も下がると思います。僕らはサービスの中に、ユーザーが『自分でもできるかも』と思える瞬間をどう作っていくかを考えています」
金融サービスは物理的・心理的なハードルを下げることが重要
ミレニアル世代でも将来への不安や、資産形成を考えて株式投資などの金融サービスに興味を持つ人は多い。しかし実際に始めようとしても、口座開設までは至らないケースが多々ある。サービスを提供する側は、ファーストステップのハードルをどのように下げればいいのか、伊藤氏に質問した。
伊藤 「ハードルの下げ方は二種類あって、一つは物理的に下げることで、そしてもう一つは心理的に下げにいくことです。
物理的にハードルを下げるとは、具体的には会員登録やログインのときなどに多くの情報を入力しなくてもすぐに入れるような仕組みにすることです。
一番良いのは、普段使っているサービスの登録情報を利用して入力などの操作を省けることです。例えば、今僕らがやっているサービス『セゾンポケット』。このサービスは、クレディセゾンさんのクレジットカードを持っている人であれば、最初の画面でクレディセゾンさんの会員のログインをするだけで情報が自動的に連携され、いちいち名前や住所などの情報を入力する必要がありません。
色々なアカウントを作成してその全てに個人情報を入れるのは怖かったり、面倒だと感じたりする人は多いです。そのため既に自分が信頼して使っているブランドに個人情報を登録し、そのブランドに登録した情報を他のサービスにも利用できるようにすることで、新しい金融サービスへのハードルも下がると思います」
また伊藤氏は心理的なハードルについても回答した。
伊藤 「心理的なハードルを下げるとは、具体的にはその人にとって適切なタイミングで適切な情報を届けることです。例えば結婚した直後や、お子さんが生まれた時は資産形成について考えやすく、そのため始めるのに一番良いタイミングです。
しかし頭の片隅でなんとなく考えているけれど、きっかけがなく結局始めない人は多いです。けれどそういったライフステージの転換期に、その人達とタッチポイントのある企業が金融サービスを提案すれば、普段よりも興味を持っているので、口座開設にまで至る可能性が高いと思います」
インターネットの発達によって金融サービスはより適材適所になっていく
テクノロジーが進化し、インターネットが発達したことによって日々の生活の中でも金融サービスを目にして触れる機会は格段に増えた。そこでこれからの未来、ユーザーとサービスとの接点はどのように変化していく可能性があるのか、伊藤氏に尋ねた。
伊藤 「極論をいうと、これからは金融機関が金融サービスを自社で提供することはどんどん減っていって、ありとあらゆる企業が金融サービスを提供するようになると思っています。
例えばLINEさんとか、服を買う人だったらZOZOTOWNさんといった顧客接点の高い企業が全体のサービスの一環として金融サービスを組み込んでいくと思います。
このようなことが起きる背景に、今は昔と違って様々な行動がオンライン上で行われるようになり、結果として顧客属性と顧客行動の情報がデジタル上にデータとして溜まっていくようになったことが挙げられます。
そしてこれらのデータをもとに、ユーザーの結婚や出産のタイミングが分かるようになり、先ほどいったように適切なタイミングで金融サービスが提案できるようになっていきます」
また伊藤氏は今後、提案の仕方もデータが集まることによって進化していくという。
伊藤 「今は金融サービスを提供する多くの企業・機関が、プロモーションを不特定多数のユーザーに向けて行なっていると思います。しかし今後はデータの分析が進み、興味がある人、興味のある時期にだけ広告が行くようになるはずです。
そのため知らない間にローンなど返済リスクのある金融サービスを利用していた、という事態も減り、本当にサービスを提案した方がいい状況、時期に合わせた、真摯なマーケティングが行われると思います」
株式投資や投資信託などの金融サービスを活用して資産運用を始めるには、最初の一歩を踏み出すために必要なのは小さな成功体験と物理的、心理的にハードルを下げることだと伊藤氏は述べた。またこれからは生活に根付いたサービスの中で、適切なタイミングで金融サービスが紹介、提供されるようになるという。
まだまだお金についての話を周りの人達と気軽にできる空気は日本にはつくられていない。しかし、生活の一環として利用しているサービスの中で金融サービスに触れることで、自然と身近な存在へとなっていくのかもしれない。
取材・文:片倉夏実
写真:西村克也