想像してみてほしい。あなたはレストランの店員で、今からカウンターの男女カップルにドリンクを運ぶところ。注文内容は「カルーアミルク」と「ギムレット」だ。さてあなたはどちらのドリンクをどちらの客に出すだろう。多くの人が無意識に女性にカルーアミルクを、男性にギムレットを運ぶのではないだろうか。

アルコールドリンクには歴史や社会が作り上げ、長きに渡って親しまれてきたイメージがある。

モチーフとなったのは有名な映画や人物などさまざまだろうが、中でも「強い酒=男性向け」「甘いお酒=女性向け」といった根拠のない方程式が独り歩きしているように感じる。しかしながら、もちろんお酒に強くない男性もいれば、ガツンとパンチの効いたお酒を好む女性も多数いる。

本稿では、最近欧米の企業が実施したカクテルにまつわるジェンダーバイアスを撤廃するためのキャンペーン、またアメリカで大人気となっているアルコール飲料から見えてくる、同国のミレ二アル世代やZ世代のアルコール飲料に関するパーセプションチェンジについて取り上げる。

無色透明のカクテルーーとあるロンドンのバーの試み

ロンドンでチェーン展開されるレストランバー「Burger & Lobster」が2,000人以上を対象に行ったアンケートによると、お酒好きの21%はこれまでに自分の性別と逆のイメージを持つアルコールドリンクを頼むことに居心地の悪さを感じたことがあると回答している。

また、13%はコスモポリタンのような「ガーリー」すぎるものや、昔ながらの「男らしい」ものを飲むことでからかわれた経験があり、25%は男性の飲み物にフェミニンすぎる色合いや飾りは必要ないと考え、そして多くの人が、甘くフルーティーなカクテルが女性向け、強い度数のものが男性向けと一般的に認識されている現状に疑問を感じている現状が浮き彫りになった。

同社によると、実際に31%の男性が本当はピンク色のコスモポリタンやオレンジ色のピニャコラーダを飲みたいが、それらの持つイメージから躊躇しており、女性の11%がネグローニやオールドファッションドを頼むことに躊躇していると明かした。


アメリカの放送局HBOが女性同士の友情と彼女たちの恋愛模様を描き大ヒットしたドラマ『SEX AND THE CITY』。主人公のお気に入りカクテルはコスモポリタン。放送終了後から15年以上経つ今もファンの間ではコスモポリタン=SATCのイメージで女性の定番カクテルというイメージが根付いている(HBOの公式Facebookページより)

また、アンケート回答者の2分の3以上が飲み物が入っているグラスが女性的または男性的すぎるがゆえに飲むことをやめた経験があるとし、また4分の1以上が友人や家族と外食する際に飲み物のオーダーに関してプレッシャーを感じ、本当は飲みたかったものを諦めた経験があるとした。

このようにアルコールを飲むシーンで多くの人がジェンダーバイアスに由来するストレスを抱えていることを知ったBurger & Lobsterは、次のポピュラーな5つのカクテルを無色透明のジェンダーニュートラルなものに作り替えるという大胆なキャンペーンを実施した。

1.ピニャコラーダ(ラム+パイナップルジュース+ココナッツミルク)

2.モヒート(ラム+ミント+砂糖+ソーダ水)

3.ネグローニ(カンパリ+ベルモット+ドライ・ジン)

4.マルガリータ(テキーラ+コアントロー+レモン)

5.コスモポリタン(ウォッカ+コアントロー+クランベリージュース+ライムジュース)

(括弧内は代表的な材料)

本来これらのカクテルは色付きだが、同社が特別に用意した無色透明のリキュールを使いBurger & Lobster流にアレンジ。また、例えばピニャコラーダは自家製のパイナップルコンブチャを使って作られるなど、健康を意識した原材料になっている。


Burger & Lobsterの「無色透明カクテル」(Globetrenderより転載)

そして同社はドリンクの名前がどのように人のイメージを左右するかを検証する目的で、ブレッドストリート店では従来通りのドリンク名をメニューに記載した一方で、SOHO店ではあえてドリンクを番号のみの表記に統一した。

すると、ブレッドストリート店ではホワイトネグローニを選んだ男女は5%に留まったのに対し、番号しか手掛かりのなかったソーホー店では20%以上の男女がその「名もなきカクテル」をオーダーしたという。この結果は、見た目だけでなく名前も、注文の際、客の心理に大きく影響していることを実証することとなった。

Burger & Lobsterのマーケティングを担当するベン・ヘドリー氏は「無色透明のカクテルというアイデアで人びとがより気軽にカクテルを試せるようになればいい」とGlobetrenderに語った。同社は2020年内にロンドン内の他の店舗でもこのキャンペーンを展開させる予定だという。

ビール大手ハイネケンによる問題提起

オランダに本社を置くビール会社大手のハイネケンは2020年2月、「Cheer to All」キャンペーンを展開。これはアルコールドリンクにまつわるジェンダーステレオタイプを打ち壊し、性別関係なく飲みたいドリンクを飲もうというメッセージを発する目的で行われた。

ストーリーをかいつまむと、レストランやバーで人びとがドリンクを注文するのだが、女性はビールを、男性はカラフルなカクテルをオーダーしたにも関わらず、店員は経験やイメージから逆の飲み物を手渡す。

その後男女がドリンクを交換し合うというもので、最後は「Men Drink Cocktail too(男性もカクテルを飲む)」という一文とハイネケンのロゴで終わる。


ハイネケンの「Cheer to All」キャンペーン

同社のブランドデベロップメント・コミュニケーションズディレクターを務めるマウド・メイジブーム氏は「このキャンペーンが取り上げた経験は日常生活で誰もが関係しうること。

これらのステレオタイプを取り払うには、まず現状を知ることが大切であると考え、私たちはこのキャンペーンを通して、面白い方法で世間にその認知を促したかった」とCAMPAIGNS OF THE WORLDに語った。

アメリカのミレ二アルズが支持するアルコールドリンク

ノンアルコールドリンクブームの真っただ中とも言われるアメリカで今、ミレ二アル世代に大きく支持されているアルコールブランドがある。

2016年に創業された「White Claw Hard Seltzer」は「アルコール入りのフルーツフレーバー付き炭酸水」という新たな市場を創出し、データ会社ニールセンの調査によると、同国の炭酸水の年間売り上げの約半分をWhite Clawが占めるほどの地位を誇っているという。

そして同社を瞬く間に人気ブランドへ成長させたカギは、ジェンダーニュートラルを徹底したマーケティング手法にあった。

モノトーンをベースとし味を表す部分のみ色を使うことで、全ての性別に対して親しみやすいデザインになっており、TVコマーシャルにおいても男女ともに均等にフォーカスした映像で、仲間同士楽しく過ごす時間にぴったりの飲み物であるというイメージを打ち出している。

ターゲット層はヘルスコンシャスなミレ二アル・Z世代の男女で、White Clawのパッケージにはアルコール飲料には通常記載されないカロリーなどの栄養成分も表示されており、従来のアルコール飲料との差別化ポイントになっている。


ローカロリーで低炭水化物な点を訴求しヘルスコンシャスなミレ二アルやZ世代に見事ヒットした(同社のWebサイトより)

このブランドの躍進は、ミレ二アルやZ世代など性が多様化・流動化した世代に対しては、従来の性別でセグメントした層にターゲティングを行う販促方法が効果を持たないことを如実に物語っている。

同世代が求めるジェンダーニュートラルはすでにさまざまなシーンに色濃く反映されているが、アルコールドリンクにまで波及しているということだ。

「性別にとらわれるのでなく、自分らしく」という風潮が、これまでアルコールドリンクが持っていたナンセンスな固定概念を薄れさせ、誰もが飲みたいものを飲めるソーシャルなシーンを創り出している。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit