2020年春から商用サービスが開始される「5G」。

「高速・大容量」「低遅延・高信頼」「同時多数接続」が可能になると言われ、自動運転やIoTなど、さまざまな分野で注目を浴びている。

しかし、実際に5Gとはどのような技術なのか、5Gが導入されることで私たちの生活がどのように変化していくのか、知らない人も多いのではないだろうか。

そこで5Gを開発したキーパーソンであり、株式会社オロの社外取締役を務める、東京工業大学の阪口啓教授に、5Gが開発された経緯や5G導入後に起こる私たちの身の回りの変化についてお話を伺った。

4Gへの危機感から生まれた5G

無線通信工学を専門に研究する阪口氏。4Gを開発した当初は、5Gを想定していなかったという。そんな阪口氏(以下、阪口)が5G開発に力を入れ始めたきっかけを伺った。

阪口「2007年にiPhoneが発売され、スマホを持つ人が一気に増えました。当時、ITリテラシーがある人は、スマホで動画を必要以上に見ない、写真データを必要以上にアップロードしないなどの秩序があり、特に問題はありませんでした。

ところが、インスタグラムやYouTubeなどのいろんなアプリが出てきて、スマホユーザーの大半がインターネットヘビーユーザーとなり、また定額制が後押しして、通信データ量が指数関数的に増えていきました。

さすがにこのままでは、許容できるデータ量を超えてしまう恐れがあり、まずいということになり、5Gの開発に取り掛かりました」

4Gに割当てられている周波数帯域は限られており、ヘビーユーザーが増えると、いずれ限界が来る。そうなれば、新たな周波数を増やすことが必要不可欠だ。

阪口「例えば、周波数を土地だと考えるとわかりやすいかもしれません。土地は面積が限られているので、ヘビーユーザーが増えれば増えるほど狭くなっていきます。そのため、どこかで制限をかけないと、溢れてしまいます。

周波数を土地と考えると、4Gは2GHz付近の限られた土地を有効利用する高層マンションのようなものでした。

しかし、高さだけでは賄いきれないことがわかり、今回5Gという新しい土地を開拓することにしました。5Gでは、4Gまでに使用していた2GHz付近の周波数を10倍以上高くし20GHz以上の周波数を使用します。

中心周波数を10倍にすると周波数帯域の拡大と、4Gと同様の高さ方向の拡大を含めて、一人に割当てられる土地は1,000倍くらいに広がります。これが5Gのブレークスルーでして、指数関数的に増加する通信データ量を収容する唯一の方法となります」

2020年は5G元年

5Gの導入は日本だけではなく、世界規模で行われる。その経緯について話を伺った。

阪口「2020年に5Gが導入される理由は2つあります。

一つは東京オリンピックに合わせたこと。もう一つは、4年に1度行われる国連の会議が、2019年末に行われたことです。

ご存じのとおり、2020年に東京オリンピックが開催されます。せっかくならばそれに合わせて5Gを導入したい、ということで2020年になりました。

実は2020年に5Gを導入したいと思っても、私たちが勝手に周波数を変更することはできません。なぜなら、日本は周りが海なのであまり問題ないのですが、ヨーロッパなどは陸続きですよね。だから、勝手に周波数を使用してしまうと、周辺国に迷惑をかけてしまいます。

そのため、どの周波数を使用するかについては4年に1度開かれる国連の会議で各国の合意を得る必要があります。2015年に5Gで周波数を変更することが承認され、2度目の2019年11月に5Gで使用する周波数が正式に承認されました」

5G導入の目的は、超スマート社会

5G導入により、私たちの生活にはどのような変化が生まれるのだろうか。

阪口「5Gの真価が出てくるのは、3~5年後です。多くの人は、5G導入によりスマホの通信速度がどれだけ速くなるかということばかりに注目していますが、実は真の狙いがあります。それは超スマート社会。つまり、社会全体をより便利なかたちに変えていくことです。

そのうちの一つが自動運転です。5Gは自動運転に二つの観点で貢献します。一つ目は自動運転の安全性の向上です。現在の自動運転車両は自車に設置されたカメラを用いて運転をしていますが、これでは人が運転している場合とあまり変わりません。

これに対して5Gを導入すると、交差点に設置されたカメラや他の車両のセンサー情報を利用して運転することが出来るため、運転の安全性が大幅に改善されます。

また自動運転が十分に普及すると、自動車はもはや移動手段だけではなく、移動するオフィスや住空間になります。移動するオフィスには無線によるインターネット接続が不可欠となります。これが自動運転に対する5Gの貢献の二つ目となります。

つまり、自動運転社会を実現するには、5Gの特徴である「高速・大容量」「低遅延・高信頼」「同時多数接続」の全ての要素が必要になるということです。他にも、スマート農業やスマート工場、宅配ドローン、遠隔医療や海中ドローンで海中資源探査など、様々なことが可能になります」

5Gはこれらの事を可能にするために設計されていると阪口氏は語る。これまでの携帯やスマホは、サイバー空間にある情報に人がアクセスする情報への窓口であったが、5Gになるとサイバー空間とフィジカル空間(現実の空間)が繋がり、IoT以上の事がおきるのだ。

医療のかたちや、働き方にも影響

阪口「自動トラクターはもうすでに日本で販売されています。日本は土地が狭いためあまり普及していませんが、アメリカなどではすでに導入されています。

現在は、いかに効率的に作業するかや高齢者でも持続的に農産物をつくれることを中心に考えていますが、そのうちいかに多くの農地を使って生産するかといったビジネス視点に代わると思います。

また、医療や介護は遠隔からでも対応できるようになります。現在は遠隔地でおこなう医療の質をどのように担保するかが課題となっていますが、これが現実的に利用できるようになれば、遠隔にある複数の病院や介護施設でのビジネスが可能になります。

その結果、働き方なども大幅に変化していきますね。

もしかしたら東京に集中的に人が集まることはなくなるかもしれません。なぜ東京に人々が集まるのかといえば、仕事の場所が集中しているからです。しかし5Gの導入により仕事の場所と生活の場所を切り離せば、地方に住む人も増えるでしょう」

また、5G導入によるデメリットも伺った。

阪口「5Gはうまく導入しないとデジタル社会格差が起きてしまいます。なぜなら通信技術を使うことができる人とそうでない人では、情報を得る機会だけでなく、仕事を得る機会や生活を豊かにする機会も逃し、格差につながりやすくなってしまうからです 」

デジタル社会格差を防止するには教育改革が必要

デジタル社会格差を防止するためにはどのような取り組みが必要なのだろうか。阪口氏はその施策の一つとして、2020年4月より、東京工業大学の教育を変える取り組みを行う予定だという。

阪口「デジタル社会格差に陥らないために、東京工業大学は2020年4月にスタートする超スマート社会卓越教育院を新しく創り、教育を変えていきます。

例えば、自動運転は高齢化が進む日本にとって重要な技術ですが、現在は機械系や情報系など全てバラバラに教育されています。しかし自動運転を開発する立場の人は、機械・電気・通信・AIなどあらゆる知識を必要とします。

これらを横断した教育が最も重要なはずなのに、すべてを学べる教育機関がありません。だからこそ東京工業大学がそれらを学べる場を創り、超スマート社会を牽引するリーダーを育成します。

また社会人にもオンライン配信することで、みんなが人生100年時代を豊かに生きれるようにしていく予定です。

春からスタートする卓越教育課程では、例えばキャンパスの中で学生が自動運転に関する座学・実践を授業で学ぶ予定です。最終的には超スマート社会の一線で活躍するリーダーになっていくといいなと考えています」

最後に5Gの未来について語った。

阪口「これからの日本には、5Gが必要不可欠です。

自動運転が導入されることで、高齢化社会が抱える様々な問題が大幅に改善されます。それだけでなく、通勤時の満員電車に乗る必要がなくなり、ストレスが減ってワークライフバランスが整うかもしれません。その結果、少子高齢化対策にもなったら良いですよね。

人口減少が激しい高齢化社会の日本だからこそ率先して5G技術を活用してほしいですね」

新時代の夜明けは、すでにカウントダウンに入っている。5Gによる超スマート社会に、私たちはどのように備え、活用していくべきか、真剣に考えていく必要があるだろう。

阪口啓
東京工業大学工学院教授。「ミリ波」など無線技術の研究に携わり、5G技術の国際標準化を牽引した中心人物の一人として活躍中。
2018年3月より株式会社オロの社外取締役に就任。

取材:花岡郁
文:大畑朋子