新型コロナウイルスによる肺炎の水際対策として、日本は9日、中国・韓国からの入国制限を発動した。反発し、対抗措置を取った韓国に対し、中国政府は「理解できる」と冷静に反応した。

中国は新型肺炎が最初に拡大し、渡航する外国人が激減しているためあまり注目されていないが、実は中国も日本より早く、外国人渡航者の入稿を事実上制限しており、10日には日本人旅行者に対するビザ免除措置を停止した。どうしても両国を行き来しなければならない人たちは、それぞれの国の対応に振り回されている。

空港で健康検査、専用車両で送迎

「福岡―大連のフライトが全て運休となるのを知り、彼女の帰国を前倒しして、7日の便に乗せました」

九州在住の男性は3月7日、結婚準備で1月に来日した婚約者の中国人女性、丁さんを慌てて中国に帰した。本来は3月下旬まで日本に滞在予定だったが、福岡と大連を結ぶ便は8日に運休となった。ビザは4月まで有効だが、その時にフライトが復活しているかは全く分からない。ドタバタを強いられた上に、フライトの変更に4万円の追加費用がかかった。

そして、大連空港に降り立った婚約者の丁さんを待っていたのは、厳しい健康チェックだった。


大連への入国者は、健康状況をチェックし、申告書の提出が求められる。

大連市は日系企業が2,000社以上立地し日本との交流が深いだけでなく、地理的に韓国に近い。新型コロナウイルスの“逆輸入”を恐れた同市は2月26日、海外からの入国者の体調を空港で検査し、市内の滞在先まで大連市政府が手配した専用車両で送り、14日の隔離を求めると決めた。

出張者の場合、入国するなり14日隔離されると仕事にならないため、日本人の大半が大連への渡航を見合わせている。

だが、市内に住居がある中国人の丁さんは、自分もそこまで厳しく管理されるとは想像していなかった。

「隔離中」自宅ドアに張り紙

空港に着いた丁さんは、入国検査の前にのどの検査と体温測定を受けた。同じ機内に乗っていた140人の検査には3時間以上を要し、待ち疲れた丁さんに市の職員は「あなたは借家住まいなので、ホテルに14日待機してもらう」と告げた。

市の通知では、大連市内に家がある人は自宅待機とされているが、借家の人は対象外だという。
丁さんは「ホテルに泊まると、食事や生活用品の購入でお金がかかる。そんなにお金を持っていない」と抵抗し、結局、念書や誓約書を5枚書き、住居があるエリアの役所に電話で「自宅隔離を守る」と約束した上で、ホテル待機を回避することができた。

その後、救急車に似た車両で自宅アパートに送られると、アパートの管理人から消毒液を支給され、ドアには「隔離中」を示す紙が貼られた。

今後、毎日8時と16時に体温をWeChat(微信)で報告しなければならず、自宅にいるか抜き打ちの検査もあると告げられた。帰宅翌日には、当面の生活に必要な生鮮食料品が配達された。

丁さんは、「こんなに窮屈なら4月まで帰国を待った方がよかった。空港での検査では乗客が一か所に固まっていて、この中に1人でも感染者がいれば、検査の意味もなくなる」とぶちまけた。


大連に到着し、健康検査を待つ乗客たち(丁さん撮影)

人口500万人を超える大連では新型肺炎の感染者は19人にとどまり、15人が治癒・退院した。感染者が少ないがゆえに市民の危機感はまちまちだ。丁さんは「アパートの管理人は仕事だからやっているという感じで、そこまで深刻さは伝わってこなかった」と話す。

大連市の感染対策の焦点は、市中感染から水際対策に移っているのだろう。

感染者激減の中国、次の焦点は「逆輸入」防止

イタリア、韓国、イランと世界のさまざまな地域で新型肺炎が爆発的に拡大する一方、中国は収束が見えつつある。

3月8日は新たな感染者が40人まで減った。パンデミックが起きた武漢市が36人で、残り4人は甘粛省で確認されたが、いずれも海外からの渡航者だった。

7日に報告された新たな感染者は44人で内訳は武漢が41人、残り3人は海外からの渡航者(北京市2人、甘粛省1人)だった。

3月4日には、イタリアから飛行機で北京に入った8人グループのうち4人が新型肺炎に感染していることが判明し、騒然となった。8人はイタリアで仕事をしている中国人の親族・家族で、うち数人は2月下旬から咳、発熱の症状が出ていた。だが、解熱剤で熱を下げて飛行機に搭乗し、出入国時に症状を申告していなかった。

中国入国後に感染が確認された海外からの渡航者は3月6日時点で11人。イタリアが8人、イランが3人で、日本からの渡航者は含まれていないが、「4月末の終息」というゴールを明示し、国民の生活に制限を課している中国にとって、ウイルスの“逆輸入”をいかにして防ぐかは、武漢の感染対策と並び、重要な焦点となっている。

中国と日本で隔離の繰り返し

中国は10日にビザ免除措置を停止するまで、あからさまな入国制限はしていなかったいものの、逆輸入防止のため、入国後の管理を厳しくすることで、入国しにくくしている。

山東省の威海市は2月25日、日本と韓国からの入国者について、市が手配したホテルで14日隔離することを発表した。当初は日韓を対象としていた中国の入国管理は、感染国が増えるにつれ対象国を拡大。北京や上海などの大都市は3月に入り、日本、韓国、イタリア、イランからの入国者に隔離を求めるようになった。隔離措置前から中国に入国している外国人は対象外のはずだが、地方政府はかなり敏感になっている。

日本企業の役員で天津にある中国支社の総経理を兼任する大田さんは、数年来日本と中国を行き来している。新型肺炎の流行を理由に、本社は1月末に中国への出張を禁止したが、大田さんは業務上の必要があり2月初めに天津に入った。

だがその数日後、大田さんの居住区が、「外部から来た人は2週間隔離」の通達を出し、大田さんは天津で2週間自宅待機を余儀なくされた。

自宅待機が終わった後は天津のオフィスに数日出社し、2月下旬に日本へ帰国。今度は日本の本社から2週間の自宅勤務を言い渡され、3月上旬は出社できなかった。

「ある程度は想定していた」と言いながらもストレスをためていた大田さんに、さらなる追い打ちがかけられた。

3月8日、大田さんの会社の天津オフィスを視察した天津市幹部が、「私は日本人を見た。日本人が出社していることをなぜ報告していないのだ」と騒ぎ出し、日本にいた大田さんに部下から「日本人が天津にいないという証明を出すように要求されています」と連絡が入ったのだ。大田さんは、「警察か入管に確認してくれよ……」と思いながら、パスポートの出国スタンプと日本の新聞を1枚の写真に収め、部下に送った。

日本も早く入国制限すべきだった

日本企業の駐在員として北京に滞在する山内さんは、春節明けの2月初めに北京に戻り、今は在宅勤務を中心に働いている。2月中旬に日本の本社から帰国命令が出たが、「日本に戻っても隔離されるし、中国にいた方が安全」と思い、交渉して北京に残ることにした。

住んでいるマンションのエレベーターには最近、日本語で「北京に戻ったばかりですか。『はい』であればパスポートを持って臨時宿泊登録をしてください」と書かれた紙が貼られた。3月に入ると、北京のオフィスにビルの管理会社から「あなたの会社の日本人は、いつ中国に入りましたか」と問い合わせの電話が来た。


山内さんのマンションに貼られていた掲示物

山内さんは「日本人は完全にマークされている」と苦笑しながら、「日本も本当はこういうことをもっと早くやるべきだったのでは。日本は民主主義だから中国のようにはできない、と言うけど、中国を見習わなくても(早々に中国本土との往来を制限した台湾は見習うべきだったのでは」と話した。

取材・文:浦上早苗