今でこそハワイのレストランでは様々な料理を食べることができます。しかしながら80年代半ば頃まではそうではありませんでした。

観光客の行く店の定番メニューといえば、アメリカ本土からやってきたシェフが作る「ステーキ&ロブスター」、「パスタ」、「ピザ」・・・。つまりどこででも食べられるような西洋料理を観光客に提供していたのでした。

日本の京料理や沖縄料理、中国なら広東料理や四川料理、アメリカにも南部料理やカリフォルニア料理があるように、多くの有名観光地にはその場所を代表する料理があるものです。

実は、ハワイにも「リージョナルキュイジーヌ」というハワイ独自の料理スタイル
があるんです。しかし、当時のハワイにはまだなかったんですね。その頃の様子をハワイを代表するシェフ、アラン・ウォン氏にインタビューしたことがあり、次のように語ってくれたことを覚えています。

「ハワイにやってきた観光客にハワイのものを食べてもらいたいと思っても、そもそもちゃんとしたハワイ料理というものがなかった。当時はハワイ出身の料理人も少なく、多くがホテルの見習いコックとして西洋料理を作らされていた。地位も低く自分たちの料理を考えさせてもらえるような雰囲気なんてまったくない」・・・そんな時代だったようです。

では、どのようにして「リージョナルキュイジーヌ」は生まれたのか? 今回はその成り立ちを紹介します。

ハワイ料理の料理を変えた「12人の革命家」

90年代に入って状況が変わり始めます。見習いコックとして腕を磨いてきたシェフたちが、次々と独立。「西洋料理のコピーではない、ハワイの素材を使った世界に自慢できる料理を」と、活動を始めたのです。

その時の中心メンバーとなったのがサム・チョイ、フィリップ・パドヴァニ、ロジャー・ディコン、ゲイリー・ストレール、ロイ・ヤマグチ、エイミー・ファーガソン・オタ、ジャン・マリー・ジョセリン、ジョージ・マブロサラシチス、ビバリー・ギャノン、ピーター・エルマン、ピーター・メリマン、アラン・ウォンの12名。

彼らはハワイ料理の革命家ともレジェンドとも呼ばれ、今でも多くの人々から尊敬されています。

彼らがこだわったのは「Regional」・・・つまり「地域性」という考え方。今でこそ多くの地域や店で実践されているサスティナブルやフードマイレ―ジ、ファームtoテーブルといった活動ですが、実はかなり早い段階で実践、成功させたのがハワイのシェフ達だと、そう言っても過言ではないのです。

ピーターメリマンズが立ち上げた、ハワイ島のメリマンズ一号店。現在はオアフ島にも出店

女性シェフ、ビバリーギャノンがオーナーシェフ、ハリイマイレジェネラルストアはマウイ島パイヤタウンからほど近い場所に

課題は良質な素材の「育成」と「栽培」

ところが始めた当時は、「料理に耐えうるハワイの素材は魚しかなかった」(前出アラン・ウォン)というから意外です。

ハワイを知っている人なら「ハワイ島には全米最大規模のパーカー牧場があるのに、魚しかないというのはおかしい」と、そう思われるかもしれません。

ところが当時ハワイ産の牛の殆どが島外で消費されていたのです(おそらくそのほうが利益率が高かったのだと思われます)。野菜も同様。島内での消費が少なく儲けも少ないことから、ほとんど栽培されていませんでした。


個人所有の牧場としては全米最大の広さを持つハワイ島、パーカー牧場


オアフ島の東部、ワイマナロの山側に広がるナロファーム

そんな状況の中でシェフ達が先ず始めたのは、良質な素材の育成と栽培及び、それらを提供してくれる農家と牧場のネットワーク作り。

その結果ハワイ島やマウイ島の高地で牧草のみで育てた良質な牛肉、マウイ島の豊かな火山性土壌で栽培した果物、ハワイの野菜作りに画期的変化をもたらしたオアフ島ナロファームの野菜、ホノルルの魚市場に水揚げされた新鮮で高品質な魚、さらにはデザートのチョコレートの原料となるカカオまで(近年ではお酒までも)。

ハワイ産の高品質な素材が調達できるようになり、ハワイリージョナルキュイジーヌの完成へと繋がっていったのです。


マウイ島のOoファームのように、子どもたちやツアー客にファームツアーを実施して「食育」を行っている農場も


「リージョナルキュイジーヌ」の拡がりから誕生したマウイのチーズ工場

多様性のあるハワイ文化だからこそ実現できた料理

こだわった“地域性”は素材だけではありません。狭い島に様々な国の人が暮らすハワイには、それぞれの国の文化が共存しています。

そんなハワイ文化の多様性をも料理に活かすことで(素材はハワイ産を使い、味付けや調理法は世界各国のスタイルを取り入れるなど)、世界に類を見ないメニューを確立。

シェフたちの「料理の代表的な場所としてハワイが地図に載る」という夢を実現させたのです(その後、ロイ山口氏が全米TVレギュラー料理番組に出演したこともあり、ハワイリージョナルキュイジーヌはまたたく間に世界中に知れ渡っていきます)。


ディナーは高めのメリマンズですが、ハッピーアワーならかなりお得な料金で利用することが可能


ハワイアンのソウルフードといえば、ポイ、ロミロミ、ラウラウ、カルアピグ

ハワイリージョナルキュイジーヌの始まりから、今年で約30年。

多くのハワイのレストランが、島内から素材を調達する(できる)ようになったのは、12名のシェフたちがRegionalにこだわり、多くのMade in HAWAIIの素材を生み出すことに成功したからにほかなりません。
 
料理が新たな需要と供給を生み出しただけでなく、それまで多くの食材を島の外に頼っていたのをやめ、自分たちのものは自分たちで作るという人々の意識の変化まで掘り起こしたとも言えるのです(実際ハワイの野菜農家の数はこの活動後に倍以上増加)。


当初は観光客相手の高いレストランだけだったのが、こちらのマウイ島の「FARMACY HEALTH BAR」のようなローカルをターゲットとした野菜中心のレストランも登場

そんな料理の持つ奥深い力と可能性を感じさせてくれる、ハワイのシェフと生産者達の熱い思いの詰まったハワイアンリージョナルキュイジーヌ。是非次のハワイで体験してみてください。え?いったいどこに行けば食べられるのかって・・・?

アラン ウォンズハリマイレジェネラルストアロイズメリマンズなどから行かれてみてはどうでしょうか?

取材・文:山下マヌー