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昨今、世界中のあちこちから庶民の悲鳴が聞こえてくる。住宅価格の高騰は国を問わず、続いている。先ごろ発表となった報告書、「第16回デモグラフィア・インターナショナル・ハウジング・アフォーダビリティ・サーベイ2020年版」は、そんな各国の状況を裏打ちする。
同報告書は簡単にいえば「世界住宅購入難度ランキング」ともいえる。現在、世界で最もマイホーム購入に苦労しているのは、中国(香港)在住者だ。中央値でみた場合、住宅価格は世帯年収の20.8倍にもなるという。
例年通り、8カ国/エリア、309都市の住宅市場を調査
「デモグラフィア・インターナショナル・ハウジング・アフォーダビリティ・サーベイ2020年版」は、住宅購入にあたっての難易度を調査・分析し、まとめたもので、都市計画の分析・調査・コンサルティングを行うデモグラフィア社が毎年発表している。
第16回目にあたる2020年版の調査対象は前回と変わらず、オーストラリア、カナダ、中国(香港)、アイルランド、ニュージーランド、シンガポール、英国、米国の8カ国/エリア、309都市の住宅市場だ。
報告書では、住宅価格の中央値を世帯年収の中央値で割って算出されるメディアン・マルチプルを採用している。つまり、中央値を採用した年収倍率だ。
メディアン・マルチプル3.0倍以下を「手頃な価格で購入できる」、3.1から4.0倍を「やや購入しにくい」、4.1から5.0倍を「かなり購入しにくい」、5.1倍以上を「非常に購入しにくい」というように分類している。
同報告書によると、20.8倍の中国(香港)に次いで、「非常に購入しにくい」のは、カナダのバンクーバーで11.9倍。第3位はオーストラリアのシドニーが11倍、以下メルボルンが9.5倍、米国ロサンゼルスが9倍、カナダのトロントとニュージーランドのオークランドが8.6倍、米国サンノゼが8.5倍、サンフランシスコが8.4倍、英国ロンドンが8.2倍となっている。
ただし、昨年の第3四半期までの1年間においては、主要市場の一部で住宅価格の上昇は緩やかになったのも事実。とはいっても、「手頃な」価格といえるには程遠い。
中国本土の深セン市からも遠くない、香港の粉嶺にある公営住宅の1つ、嘉盛苑
© Exploringlife (CC BY-SA 4.0)
貧富の差が激しい香港では「棺おけハウス」も登場
デモグラフィアの報告書で、香港は世界で最も住宅が購入しにくいという不名誉な座に10年間い続けている。人口密度が高いのは、周知の事実。ドイツの調査会社、スタティスタによれば、2019年現在1平方キロメートルあたりの人口は7,100人と、世界3位だ。
香港の貧富の差は激しく、2017年には裕福な世帯が最貧層の世帯の44倍もの収入を得、過去の記録を塗り替えている。その差を最もよく表しているのが、住宅事情においてだといわれている。
海を見下ろす丘の上に立つ豪邸に住む人がいる一方で、狭いアパートをさらに区切った、まさに棺おけほどのスペースしかない「棺おけハウス」で暮らす人もいる。
公営住宅を提供する政府機関、香港ハウジング・オーソリティによる、住宅事情を数字で見た報告書、「ハウジング・イン・フィギュアズ・2019」では、市民の居住タイプについて解説している。
それによると2018年現在、賃貸住宅と補助金付きアパートを含む、公営恒久住宅に住む人は全人口の44.6%を占める。一方、民間恒久住宅に住む人は54.8%、暫定住宅は0.6%となっている。
土地・住宅不足を補うために人工島も
香港の住宅価格の高さは、土地不足に起因するというのはよくいわれることだ。
そのほかにも、1997年に始まったアジア通貨危機が原因で、政府が住宅建設計画を中止してしまったことも大きな影響を及ぼした。2004年までに景気は回復したものの、通貨危機以前のレベルまでの建設は行われることはなかった。
昨年10月中旬に発表された、2019年施政方針演説で、林鄭月娥行政長官は住宅問題に焦点を当てた政策を発表している。土地不足解決のために、新界に4.5平方キロメートルの土地を用意。また、人工島建設プロジェクト、「ランタウ・トゥモロー・ビジョン」にも触れている。
土地を確保するために、香港島とランタウ島の間に複数の人工島を造る計画だ。最初に造成される島には、ビジネス街と26万戸の住宅が設けられる。うち70%が公営住宅になる予定。インフラ整備を含め、同プロジェクトには6兆2,400億HKドル(約88兆円)がかかると予想されている。
しかし、最初の入居者が移転できるのは2032年とまだ先で、土地獲得のための「即戦力」にはならない。加えて高いコストと環境への悪影響が懸念され、批判する人は多い。
公営住宅用の土地を獲得するために、ほかに土地収容法を積極的に活用していくことや、低所得層向けに1回限りの生活補助金を支給すること、50億HKドル(約708憶円)をかけて、計10万戸の暫定住宅を建築することなどが盛り込まれている。
オーストラリアのシドニー郊外、ページウッドにある公営住宅
© Sardaka (CC BY 3.0)
オーストラリアでは「ネガティブ・ギアリング」が住宅不足を加速
デモグラフィアの調査で、世界で3番目に住宅購入が難しいシドニーと4番目のメルボルンを抱えるのがオーストラリアだ。そのほかの主要市場、アデレード、ブリスベン、パース(各6~7倍)も、国内14の市場を合わせた場合も、「非常に難しい」というカテゴリーに入る。
過熱気味な国内住宅市場は、昨年、シドニーとメルボルンを中心に、若干陰りを見せたといわれる。それでも、収入に対する住宅価格の割合は1980年代初期の2倍にもなる。
過去数十年にわたる住宅危機の大きな原因として、住宅不足が挙げられる。住宅関連政策立案の手助けをする、オーストラリア住宅都市研究所(AHURI)の推定では、手頃な賃貸住宅52万5,000戸が不足しているといわれる。
この状況の引き金になっているのが、「ネガティブ・ギアリング」などだ。「ネガティブ・ギアリング」とは、物件購入後、賃貸収支を損益にし、課税対象所得を下げ、納税額を減額すること。
同法が、専門の開発業者だけでなく、中高所得者層の一般人を投資不動産購入にあおっている。より多くの物件が買われてしまうと、住宅の需要が高くなり、価格は上がる。
住宅不足には、ほかにも人口増加の割合に住宅建設が追い付かないという理由もある。
ホームレスや、「ハウジング・ストレス」経験者への対応
現在、オーストラリア国内でホームレスとなっている人の数は約12万人。
収入の30%以上を住宅費に費やし、「ハウジング・ストレス」を経験している人は、全世帯の11%だそうだ。住宅費が世帯所得の30%という割合を超えると、生活必需品が買えなくなるなどの不具合が出てストレスになる。これを「ハウジング・ストレス」と呼ぶ。
オーストラリアの住宅危機の解決には、住宅数の増加が不可欠とみられており、現段階で少なくとも10万戸が必要といわれる。
特に州管理の公営住宅や、地元の議会やコミュニティ組織によるコミュニティ住宅を増やすことが望まれている。コミュニティ住宅に居住している場合、賃貸料の支援を国から受けられるケースもある。
2007/2008年から約10年の間に公営・コミュニティ住宅は約2万7,000軒増加していることを、健康・福祉情報と統計を提供する、オーストラリア健康福祉研究所(AIHW)が確認している。
しかし、これではまだ需要に追い付かない。ほかの場所に公営・コミュニティ住宅を新たに建てると称し、両住宅が立つ土地を開発業者に売ってしまうケースも見られ、批判を浴びている。
2018年6月現在で公営住宅への入居待ちをしている人は14万人以上。うち4万6,000人がホームレスや「ハウジング・ストレス」を経験している人たちだ。さらにその4分の1は、すでに1年以上待っているそう。またうまく入居できても、その約4%が過密居住に悩まされており、問題は尽きない。
「すべての人間は適切な住居に居住することができる」。これは「居住の権利」と呼ばれ、人権に関する複数の国際条約で基本的人権として認められている。
「家に住む」ということは、雨露がしのげる以上のことを意味する。家は健康、仕事、経済状態、安全の面など、私たちが満足な生活を営む上で不可欠。住宅価格の高騰は、お財布の中身の問題だけではない。私たちの幸せに深く関わる問題なのだ。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)