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『データ活用社会』が謳われる昨今。これまで注目されてこなかった個人や企業のデータをビジネスに活用していこうという機運はますます大きくなり、フィンテックの最前線もデータ活用にシフトしている。
データを活用した法人向けフィンテックは、専門知識と業界ネットワークが求められ、困難な領域という印象も強い。そうした領域で、ユーザーを着実に増やしているスタートアップがある。
企業のデータを収集、分析、提供するプラットフォームを提供するのが、澤村帝我(さわむら・たいが)氏らが2016年に立ち上げた、エメラダだ。
同社は、プロダクトの正式リリース後、地域金融機関数十行と協業を開始。急速にネットワークを拡大している。
その成功の秘訣は、強い世界観と軸を持つことと、プロダクト志向を徹底することだそうだ。
野村證券とゴールドマン・サックス証券を経て、エメラダ株式会社を起業した代表取締役社長兼CEO 澤村氏(以下、敬称略)に話を聞いた。
法人データのプラットフォームが、企業取引の情報非対称性をなくす
――エメラダが実現しようとしている世界観はどのようなものでしょうか?
澤村 エメラダの社会的役割は、小規模企業が自らのデータを活用することで、360万社を超える小規模企業ネットワークに潤滑油を与えることです。
上場会社であれば、会社側が毎月・毎四半期で情報開示を行いますし、メディアが日々記事に取り上げ、株価は毎秒更新されます。自らの信用を取引先や金融機関が理解しているので、ビジネス展開と資金調達はスムーズです。
ところが、360万社を超える小規模企業は、会社側に情報開示体制が整っていません。メディアが取り上げるには数が膨大ですし、株式市場のように信用評価をリアルタイム更新する制度はありません。小規模企業は、自らの信用だけではなく、その存在を社会に知らしめることが難しい状況です。
小規模企業と社会の接点が少ないということは、大企業に比べて小規模企業が過小評価されているとも言えます。ただし、特定の市場を見てみると、小規模企業の過小評価問題が解決されているセグメントがあります。
イーコマースが普及する以前の商品市場は、市場全体の80%が20%の企業の有名ブランドで占められていたと言われています。逆を言えば、80%の企業の非有名ブランドは市場全体の20%しか占めていなかったということです。
その原因は、消費者が過剰に有名ブランドに集中してしまう、バイアスの問題でした。ただ、アマゾン、アリババ、楽天の登場は、小規模企業のオンライン認知度を向上させ、シェアが拡大しました。いわゆるロングテール戦略ですね。
テクノロジーの恩恵は、このような有形商品だけでなく、無形商品にも波及しています。ネットフリックスやアマゾンは、これまで日の目を見なかった世界中の原作を映画化・ドラマ化し、世界中の消費者に送り届けています。
小さいものの過小評価問題を解決するテクノロジーは、有形商品や無形商品の次に、何を解決するのか。私は、これまで意味を持たなかった情報だと思っています。
例えば、個人の滞在位置や健康状態の情報などは、これまで経済的な価値を有していませんでした。
しかし、最近はこれらの情報を集約・整理するネットワーク環境やクラウド基盤が普及しています。機械学習が無意味だと思われた情報から意味のある法則性を見いだせると判明してるということです。
そのおかげで、様々な個人情報を集めてビジネスに結び付けるプレーヤーとして「情報銀行」が登場しつつあります。エメラダは、個人情報ではなく企業情報の活用に注力しているので、法人版「情報銀行」とも言えるかもしれません。
企業情報の潜在市場はとても大きいものです。イーコマース/有形商品や、動画ストリーミング/無形商品の市場は全産業のごく一部ですが、企業情報は全産業に影響します。
また、日本は0.3%の大企業が50%の売上を作っており、バイアス問題はとても大きいです。エメラダは、このような大きな社会課題に対峙していきたいと思っています。
――具体的にはどのようなサービスを展開しているのでしょうか。
澤村 私たちが提供する『エメラダ・マーケットプレイス』は、小規模企業の口座情報を中心としたリアルタイム情報を様々な情報元から収集して、信用評価や借入に関する分析を算出しています。そして、これを小規模企業や金融機関に対して提供しています。
これまで、小規模企業の信用評価は、年1回の決算書に依存してきました。小規模企業や金融機関が、年1回だけ借入のコミュニケーションを取るならいいのですが、実際には小規模企業の事業環境は日々変動するため、情報のアップデートも高頻度で行う必要があるんです。
ただし、金融機関は小規模企業に対して大企業と等しい手間をかけられません。そのため、金融機関が手間をかけなくても大企業並みに小規模企業にアクセスできる仕組みが求められるんです。
『エメラダ・マーケットプレイス』は、このような情報アップデートの頻度や企業カバー範囲の広さの問題を解決します。
もちろん、分析の質も大切です。信用評価や借入に関する分析は、金融機関担当者が納得のいく水準にするため、財務や融資の専門家と協議して作られたアルゴリズムに基づいて提供されています。
さらにここから一歩先に進めるため、エメラダでは億単位のデータポイントを機械学習にかけるプロジェクトを日本と米国のチームに分かれて進行しています。2020年前半には『エメラダ・マーケットプレイス』上でより高度な分析を提供できると思っています。
『エメラダ・マーケットプレイス』の中期的なユースケースは、小規模企業と金融機関の関係に留まらず、新しい仕入れ先や販売先と取引を開始する企業取引全般にも応用できます。
エメラダが新しいオフィスに入居するなら、オフィスの運営会社による審査が行われ、晴れて入居できるということになります。
もちろん、信用調査会社などは存在します。ただ、既存のビジネスモデルは人力の作業に依存しています。
360万社という膨大な企業数が相手だと、データ収集と分析を処理するスケーラビリティに課題もあるかもしれません。スケーラブルなプラットフォームは、デジタル完結する必要があり、そこまで持っていければ、小規模企業の過小評価問題は、飛躍的に解決されると考えています。
世界観と顧客をしっかり捉える、短期的課題や周辺には振り回されない
――『エメラダ・マーケットプレイス』は、最初から金融機関が理解してくれましたか?
澤村 『エメラダ・マーケットプレイス』を宣伝し始めたのは、1年半ほど前でした。今でこそ優秀なメンバーに恵まれているので、私がいなくとも宣伝活動もしやすいです。ただ、開始当時は私自身が北海道から沖縄まで日本中の金融機関を回りました。
金融機関は、公的インフラの側面があるので、慎重です。そう簡単にYESとは言ってもらえません。最初は「エメラダってだれ?」「クラウドってなに?」「口座情報って意味あるの?」という感じの質問をたくさん受けました。
日本全国を行脚すると、各都市の景色には毎回魅了されるのですが、面談の結果しょんぼりして帰ってくることもありましたね(笑)
でも、金融機関の人たちは頭もよく合理的でもあります。疑問に対して一つ一つ丁寧に対応していたら、話が前に進みはじめました。信頼関係は一長一短では築けませんので、諦めずに続けることが大事です。ただ、諦めないためには実現したい世界観に確信を持つ必要がありますよね。
セキュリティの質問も多く受けました。情報管理体制や過去に大きなシステム障害が起きていないことは大事です。
また『エメラダ・マーケットプレイス』は、マイクロソフトが提供するクラウドプラットフォーム『Microsoft Azure』をベースに開発しています。金融機関もマイクロソフトには馴染みがあるので、信頼を獲得しやすかったと思います。
自分自身を知り、最適なリーダーシップ・スタイルをプログラミングする
――金融の経験を積まれて起業されていますが、プロダクト開発にはどのように関わっているのでしょうか?
澤村 コーディングはしていませんが、それ以外のことは可能な限り関わるようにしています。
昨今のシリコンバレーでは、「創業者はエンジニアであるべきだ」という論調に偏重していました。ここ1-2年は「創業者は自分の得意な領域にフォーカスすべきだ」という論調にシフトしつつあると感じています。
ただ、CEOがコーディングをしないということは、CEOがプロダクトを人任せにしてよいということではありません。
むしろ、CEOはプロダクトの最終責任者であり、プロダクトの機能がリリースされるその1回1回と真剣に向き合わなければなりません。私はこれを「プロダクト志向型CEO」と呼んでいます。
私は証券会社出身で、プロダクト開発の経験はゼロでした。最初、私自身は得意な営業や会社経営全般にフォーカスして、プロダクト開発は「信頼するからエンジニアに任せます」というスタンスで臨んでいました。
しかし、その結果は期待とアウトプットの差やスピード感の違いについて、強い違和感を覚えるもので、「なんでこんなプロダクトなんだ」と憤慨してしまったんですね。
そうすると、当然ですが、様々な反論をされます。その反論は正しいものが多かったと思います。何よりも、反論が正しいかどうか判断するのに足る情報を私が持ち合わせてなかったんです。
つまり、原因はコードを書いてくれたエンジニアにあるのではなく、私が明確なディレクションを出し、並走しなかったことだったんです。
他人を信頼するという言葉の意味をはき違えていたんですね。信頼とは、盲目的なものではなく、熱量のある意見交換の上に成り立つものだとその時気づきました。
プログラミングの専門家でない自分と、その道の専門家である他人との距離の取り方は、絶妙なバランスが求められます。ただし、CEOが最終責任者です。
リーダーシップのスタイルは様々ですが、全体感としては、日本はプロダクト志向型CEOが少ないかもしれません。これからは、コーディングをするかしないかは問わず、プロダクト志向型CEOが増えていくのではないでしょうか。
――起業はいつから考えてこられたのですか?
澤村 小さい頃から起業家になりたい、とは思っていませんでした。そのようなロールモデルが身近になかったからかもしれませんね。
生まれてこれまで、何をするかを主体的に選択し、選択した環境で最大限の努力をしてきました。ただ、自分は何が得意なのか、何がしたいのか、ということを理解できたのは、ごく最近かもしれません。今の役割は天職だと思っています。
20代をがむしゃらに働いた感想は、ルールの決まった組織の中では活躍できないということですね。私よりも活躍する人は本当にたくさんいました。
組織の中では、プロセス・マネジメント(工程管理)が求められます。求められた範囲内で高いクオリティの仕事を安定的に提供すること。日本や世界の最高水準の環境で、高いエグゼキュ―ションを学べたことは今も活きています。ただ、窮屈な感じもしました。
いずれにせよ、私の場合は、テストを100点取り続けるより波乱万丈の冒険が向いていると思っています。公序良俗の範囲内であれば、ときには0点をたたき出すくらいがいいと思います。
そのような感覚を、社会という圧力と自分という可能性の相互作用を経て、起業に至りました。今の世の中であれば、大学をドロップアウトして起業というのでもよかったかもしれません。
輝いた人生を送るには、とにかく自分を理解すること。そして、パッションを持てて、得意なことに専念すること。まだまだ私も四苦八苦しながらもがいていますが、これの一点に尽きますよね。
※この記事は日本マイクロソフトからの寄稿記事です