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いまどき中国の街なかを駆け巡っているのは、かつてのような足こぎ自転車ではない。音もなく歩行者のすぐ横をすり抜ける電動バイクの軍団だ。
ランチ時などのピーク時には、先を争うようにさまざまな色の制服を着た「配達人」が車道や歩道をジグザグ運転で駆け抜ける。そんな中国の風景、格段に便利になった社会の裏でいま沸きあがっているのが、包装ごみの問題だ。
世界でも注目のイベント・セール
毎年恒例、日本や世界のニュースでも取り上げられるようになった中国の11月11日「独身の日セール」。当日は大体的な売り上げ発表イベントがライブ配信され、2019年はアメリカの歌姫テイラー・スイフトが登場するなど、年々派手さを増している。
2018年の売り上げ発表イベントの様子。2135の単位は「億人民元」。
2019年には同日の売上高が過去最高の約2,700億人民元(約4兆円超)を記録。この記録は毎年更新中、もはや自分が購入しようとしまいと誰もが気になるエンターテイメントの域に達している。
中国国内では数カ月前からこのセールに向けての予告やプロモーションが始まり、人々の購買意欲を煽る。友人や知り合い間でしばらくは「11月11日に何を買うか」が話題となるほど社会を席巻し、「何か買わなければ損だ」という気持ちにさせるほどのフィーバーぶりだ。
通常の買い物を控え、この日の値下げまで待つ人もいるほど。数量限定お値打ち品の争奪戦も行われるので、夜中0時にクリックするのが必勝法と、開始わずか1分半で1,500億円以上の売り上げを記録するほどだ。
消費者はあらかじめ買い物かごを欲しいものリストでいっぱいにして0時に備えると言われる狂騒ぶりだ。
しかしこの巨大な経済活動の裏には弊害もある。それが包装用のゴミだ。
中国生活の一部、宅配便
オンラインで注文した商品は早ければ翌日に、玄関先や職場に届く。バイクの荷台を満載にした快梯(クアイディー)と呼ばれる宅配便業者が、玄関先まで届けてくれる。
ありとあらゆるものが玄関先に届く、と言っても過言ではない現在の中国。もはや日用品はオンラインで注文しない方が珍しいほど、日常生活に密着した存在。
トイレットペーパーのように持ち運びにかさばる商品や、重量のある酒類はもちろんのこと、乾電池1つだけでも配達してくれる。
そして、大小にかかわらず商品のほとんどが段ボールの箱に入った頑丈な包装で届く。中身にそぐわない大きな箱に入ってくることも多く、いったい自分が何を注文した箱なのか?と受取の際に戸惑うこともしばしば。箱を開けると緩衝材や、ビニール袋、2重の箱、といった具合なのだ。
これは、大量の荷物をさばかなければならない配達人や配送センターが、多少乱暴に扱うことを想定してのパッケージ。なるべく商品にダメージが無いよう、大きめの段ボールやパッケージを利用しているからだ。
2019年の建国70周年パレードに登場した「快梯」配達員の演出。これほどまでに中国生活で欠かせない存在となっている。xinmin.cn ©
例えば、前述の独身の日の売り上げ分だけでも、包装ごみは約18億8,000万個、重量にして実に25万トンに上るとの試算もある。実際、同じサイトから注文しても販売業者が異なると、それぞれが別々の段ボールで厳重に梱包されて手元に届く。
しかし現時点でその箱類を回収するシステムは、構築されていないのが現実。配達人はデリバリーで手一杯、回収なんて物理的に無理だという一方、販売元は厳重に梱包しなければ配送途中で破損する心配がある。
万が一破損した商品が客の手元に届けば、包装に時間をかける以上の手間暇をかけてクレーム処理をしなければならない。それに、SNSやプラットフォーム上に悪評価を載せられたら、一巻の終わりだ。
お粥一杯でも届けてくれる驚異のデリバリー網
出前は地下鉄の駅にも届くらしい。撮影:Y POSTH
デリバリーの発達した中国では、出前のサービスもまた充実している。ある一定の金額以上は送料も無料で数十分後には手元に温かい食事が自宅や職場に届くのだ。
メニューはお粥やタピオカミルクティーだけではない。火鍋の注文をすれば食材はもとより鍋やコンロ、テーブルクロスまで全部出前でまとめて玄関先に届く。
店によっては鍋を作ってくれる人すら注文可能なほどだ。スーパーのネット注文、有機野菜の注文販売も全てスマホのアプリからオーダーすると、配達してくれる。
また、外食では食べきれない量の料理を注文するのが中国の食文化。当然食べ残しも出るが、大抵のものは持ち帰りが許されている。
汁物であろうと、揚げ物であろうと、食べきれなかった料理を持ち帰らせてくれるので、レストランが用意するプラスチックの使い捨て容器に自分で詰めてもよいし、店側が目の前で詰めてくれることも。
さらに、ビニールや紙の手提げ袋とプラスチックのフォークやスプーンを付けてくれることも多く、便利なシステムだ。
過剰包装が生みだす大量の包装ごみ
このように中国では宅配便の段ボールや緩衝材といった包装資源、出前の使い捨てプラスチック容器や食器のゴミが大量に発生している。プラスチックごみだけで見ても、中国では年間6,000万トン近くを産出し、そのうち出前に関連したプラスチックだけで100万トンにも上るという試算がある。
世界全体で見ると、プラスチックの年間生産量は4億トン以上、1年で約800万トンのプラスチックごみが海に流出しているという国連の統計がある。ちなみに日本では、年間700万トンのプラスチックごみを生産し、うち14万トン以上がごみとして廃棄されている。
世界的にリサイクルの潮流がある中で、中国ではまだその仕組みが追い付いていない。プラスチックや紙ごみを収集する個人業者を街のあちこちで見かけるものの、換金できそうなものを雑多なごみの中から手作業で選別しているのが現実。
まだ人々のリサイクルへの関心や、ごみが与える環境へのインパクトに対する意識は低く、広く浸透していないため、ごみはほぼ分別されずに捨てられてきた。
飲食店の試み
特に深刻なのは、食べ物の入ったプラスチック容器だ。リサイクルにはこの容器を洗浄する必要があるからだ。中国では、汁物や油分の多い料理が多く、自宅で片付けや準備が面倒だという理由で出前を注文しているケースもあるため、わざわざ容器を洗浄する人はほとんどいない。
それでも、在住欧米人が多く利用する飲食店や国際チェーンホテルを中心にこの動きも変わりつつある。上海発のカフェでは出前や持ち帰り用に木製のフォークを導入、容器も生体分解可能なものや焼却しても有毒ガスの発生しない材料を使用している。
イタリア料理のデリバリーで知られるチェーン店舗は、陶器の皿でデリバリーをしている。戻ってこないこともあるだろうに、と心配に思うが「10枚集めたらピザ1枚無料」の設定や、リピーターの多さでそれほどの損失はないという。
また、北京の5つ星ホテルではプラスチックのストローを廃止した。ストローで飲むドリンクには紙製のストローを付けているが、これは飲んでいるうちにふやけて非常に飲みにくい。不便に思いつつも、クレームを言う客はいないそうだ。
プラスチックの代わりに木や紙でできた容器が増えてきた飲食店のデリバリー 撮影:Y POSTH
ゴミ分別条例の施行
もちろん、このような飲食店個々の努力だけでは焼け石に水だ。
そんななか、国内ではいち早く上海市が2019年7月1日よりごみ分別を条例として施行した。これは2000年ごろに、ごみの分別収集を「呼びかけた」ものからのアップグレード。というのも、強制力がなかったためにことごとく無視され続けてきたからだ。
それが今回、分別をしなければ罰金(200元、約3,000円)が科せられることになり人々も意識を変えた。
同時にホテルでは歯ブラシやカミソリといった使い捨てのアメニティは、客の申し出がなければ提供してはいけないことになり、市内の飲食店では出前やテイクアウトの食事に対して、自発的にフォークやスプーンをつけてはいけないことになった。
中国政府もいよいよ我慢の限界であったのだろう。ついに本気を見せた政策には一定の効果が既にみられ人々の意識に変化が表れてきているという。
同条例は北京でも2020年5月から施行される予定だ。準備が始まった北京では、アパートや団地のごみ集積所に分別ごみの明確な表示がされ始めている。ただ、ごみ箱の蓋を開けるとがっかりする。これまでとさほど変わりなく、すべてのゴミが1つの袋に詰め込まれているのが現状だからだ。
「自分がやらなくても、アパートの管理会社がやってくれるだろう」「適当に捨てれば、個人業者がリサイクルできるものだけど拾っていくだろう」という意識があるからに他ならない。
また、廃品を回収していた個人業者の行く末を案じる声も高まったが、このような低所得者たちを救うべくリサイクルセンターで就職のあっせんをすることも発表され、着々と意識改革が行われてきている。
Eコマース大手の動き
一方のEコマースでは、アリババとシェアを二分する京東(ジンドン)が、2017年末に宅配用段ボールを再利用可能なプラスチックの箱に代替する試験運用を北京や広州など4つの都市で開始した。
少なくとも10回は再使用できるとされ、これを利用する顧客は同店のポイント付与をすると推進。利用はもちろん無料だ。これにより2019年12月までに3万トン近くの使い捨て段ボール使用を減らし、100万トン近くの紙を節約したと発表している。
同社はまた先日のダボス会議で、コカ・コーラ社とのリサイクリング業務提携を発表。上海の5万世帯からPETボトルを回収し、同社の制服や日用品に再生するとし、成果のほどを国の内外が注目している。
10回は再利用ができるとされる、段ボールの代替箱。 ©JD.com
便利な生活と環境破壊との闘い
生活が便利になるのと引き換えに発生する大量のごみ問題は、経済発展と引き換えに起こした大気汚染にも似ている。しかし、かつて恐ろしいほどに汚染していた大気を、あらゆる方法で改善し、昨今の北京に青空を取り戻した中国政府が本腰を入れたのなら、必ず結果が伴ってくる気がする。
ただ、国内14億人の人民の意識が完全に高まるまでにはまだ少し時間がかかりそうだということも、同時に感じている。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)