女性特有の体の悩みをテクノロジーで解決する

現在、欧米を中心に盛んな動きを見せている市場にFemtech(フェムテック)がある。

フェムテックとは、女性の健康課題を解決するために開発されたテクノロジーを使用するソフトウェア、診断キット等のプロダクトやサービス、およびその市場のこと。

2013年、ドイツの生理管理サービス・Clueの開発者でCEOのイダ・ティン氏によって作られた、「female(意味:女性)」と「technology」を組み合わせた造語だ。

つまり、フェムテックを簡単に言えば、「女性のカラダの悩みを解決するために開発された、テクノロジーのこと」となる。

この5年間で、世界全体でのフェムテック業界への投資額は2012年の60億円から2019年上期の400億円と、約6.6倍に大きく増加している。

こうした状況の中、マーケティングリサーチを専門にする調査会社のAbsolute Markets Insightsは、「世界のフェムテック市場は、2027年までに530億ドル(約5兆7000億円)規模まで成長する」と見立てている。そのため現在、世界の投資家たちは熱く注目しているのだ。

フェムテックを提供するさまざまな企業

フェムテックの代表格として知られるのは、デンマークのスタートアップ「Clue」だ。

Clueは、次の生理がいつなのか計算し、PMS(月経前症候群)の予測に役立つトラッキングができるアプリ。生理の日を記録しておくだけで、分析と予測をしてくれる。

日本でも生理周期のトラッキングアプリ(「ルナルナ」など)は非常によく知られており、多くの女性たちが実際に活用しているが、Clueはそうしたサービスの先駆けでもある。

そのほかフェムテックは、不妊、家庭用排卵日検査器、妊産婦のサポートケア、骨盤ヘルスケア、遠隔の診療・治療サービス、生理用品、セクシャルウエルネスなどさまざまなカテゴリでサービスが展開されている。いくつか実例をあげてみよう。

1.THINX

THINX

THINX(シンクス)は、2014年にNYで創業。従来の生理用品をつけず、生理期間中でも快適に生活できる下着を開発し、世界中から支持されている。ミッションとして「For People with Period」を掲げ、女性に限らずトランスジェンダーにも考慮されたブランド展開を行っているのが特徴。

2.Cora

Cora

月経周期、月経量に合わせてカスタマイズし、月額8〜16ドルで毎月生理用品を送るサービスを展開。いわば生理用品のサブスクだ。2015年にローンチ。料金は生理の期間(3日以下、4〜6日、7日以上)や、出血量(ライト、ミディアム、ヘビー)によって異なる。

3.Elvie

Elvie

女性の骨盤底筋は、妊娠や出産を機に筋力が衰えやすいが、これが衰えると尿漏れや頻尿の原因にもなる。

この骨盤底筋を鍛えるトレーニングは、通常、骨盤底筋トレーニング、もしくはケーゲル体操と呼ばれているが、テクノロジーを使ってこの運動を快適に行えるように開発されたのがElvie。小さなキットを膣内に挿入しておくとアプリと連動し、骨盤底筋を絞めるトレーニングをすることができる。

4.Ava

Ava

Avaは妊娠を目指すすべての人を応援する、ブレスレット型のウェアラブルデバイス。2014年に設立されたスイス発のスタートアップが開発した。ユーザーは、就寝中にブレスレットを着けるだけで排卵日を確認することができる。実験によれば、平均で妊娠可能期間を5.3日予測し、その正確さは89%だった。

ほかにも、医療用シリコン製のカップをナプキンがわりに使うことで、生理の管理が可能なIoT月経カップ「LOON CUP」や、紙でできたトイレに流せる妊娠検査薬「Lia」、スウェーデン発の避妊アプリでFDAにも承認された「Natural Cycles」など、さまざまなサービスが登場している。

いずれも、これまでは「あまり人前で語るべきではない」とタブー視されてきた女性特有の問題を、テクノロジーの力で解決しようとして生まれたビジネスである。

フェムテックの分野で起業する女性が(もちろん、男性も)増え、同時に、それを応援するベンチャーキャピタルなどの投資家も増えてきたことが、フェムテック市場が一気に活発化してきた大きな理由である。

膨大な蓄積データが、フェムテック最大の価値に繋がる

フェムテック

今後、このようなフェムテックはどのように進化していくのか。

現在、ウェアラブルとメディカルのスタートアップは、シリコンバレーでもっとも投資を受けやすい分野といわれている。

健康に関心を持つのは個人ばかりではなく、メディカルサービスを提供する医療機関や、保険金を支払う生命保険会社、さらに、社会保障機関や政府、自治体、メディアなど、さまざまな組織や団体が人々の健康度合いや健康への意識に多大な影響を受けるためだ。

デジタルヘルス専門ベンチャーファンドのロックヘルスによれば、2018年に同セクターの米国スタートアップへの投資総額は81億ドルに達した。これは、2017年の57億ドルから42%も増加したことになる数字だ。

このようなデジタルヘルステックのブームのなかで、なぜ今、ウェアラブルの分野が最も注目を集めるのか。

それは、ウェアラブルデバイスを活用して集積されたビッグデータが、健康予測や予防医学の観点で大きく貢献するためだ。

各種のセンサーを使ったウェアラブルデバイスは、人間のあらゆる個体数値を記録する。記録された生体データがビッグデータ化されれば、一人一人の持病の改善や健康管理に当然、役立つ。

それだけでなく、そうした大規模なビッグデータをAIで解析すれば、健康予測や予防医学の観点からも役立つことは間違いない。

世界的に見て、フェムテックのスタートアップでは多くの女性が主役となって活躍しているが、一方、ウェアラブルの開発分野においてはまだ男性優位の状態が続いており、女性がその開発に関わっている例はまだ少ない。

このような状況を考えれば、今後、女性がどのようにしてウェアラブル開発に関わってくるか、そこに、フェムテックの未来を占う鍵があると言えるだろう。

日本おけるフェムテックサービスは、なぜ伸び悩むのか?

もう一つ、追加しておきたいのが日本におけるフェムテックの行く末だ。
海外ではすぐれたサービスが続々と登場しているが、現在、日本生まれのサービスはほとんどない。

一体、なぜか?

これには、ジェンダー問題に対して日本全体の意識が低いことが影響していると考えられる。2019年12月17日、世界経済フォーラム(WEF、本部スイス・ジュネーブ)は、各国の男女平等の度合いを調査した2019年の「ジェンダー・ギャップ指数」を発表した。

この指数は、経済、教育、健康、政治の4分野14項目に分類され、0が完全不平等、1が完全平等を意味している。それによれば、日本の指数は0.652で、総合順位は対象の153カ国中121位。前年の110位からランクを落としており、06年の指数算出開始以来、過去最低の順位となった。

しかも、先進主要国首脳会議参加国(G7)で見ても最低の順位であり、中国や韓国よりも低い。

欧米を中心に隆盛をみせるフェムテックの分野で日本発のサービスが誕生していないことは、こうした現状と関係があることは疑いようのない事実である。

特に、先ほどの「ジェンダー・ギャップ指数」で日本の点数が他国に比べて低いのが、「政治」の分野である。

「教育」と「健康」は従来、完全平等である「1」に近い数字を記録しており、比較的好成績だ。また、「経済」のスコアは前年よりわずかに上昇し、2018年の調査では117位だったが、2019年は115位だった。他の先進国に比べたら依然として低い数字であり、女性の管理職やリーダーの少なさや、低収入が響いているとはいえ、やや改善の兆しが見られている。

一方、政治は144位であり、2018年の125位から、順位を19も落としている。この背景としては、世界で女性の参画が進んだことによって、日本との差がさらに広がってしまったという事実がある。

フェムテックの分野では女性ならではの意見や視点が不可欠であり、社会的に女性が活躍できる環境作りを進めなければ、日本におけるフェムテック市場は成長スピードを伸ばすことができない。

日本において、今後、フェムテックの市場が成長する可能性があるとしたら、それは政府がある程度、旗振り役となって、業界全体を主導していく動きを見せることが必要ではないか。

かつて、ITやデジタル化が政府主導のもと、強力に推し進められ、現在では政府を挙げて5GやAIの取り組みを加速させているように、フェムテック市場を今後活性化させるためには、業界全体を牽引する推進力が必要だ。

そのためには、女性ならではの視点でフェムテックを考え、必要性の有無などを検討できる女性議員の存在が不可欠であるのかもしれない。

今後、日本がフェムテックをどう受け入れ、また、どう、サービスを開発していくか。その過程は、日本におけるジェンダー問題解決のプロセスと、多く重なり合っている。

文:鈴木博子