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ドラッグストアの陳列スペースの中でも、ピンクや紫で埋め尽くされ、どこか異質な雰囲気をまとっているスペースがある。「ナプキン売り場」だ。
私がまだ10代の頃「あの棚」の前にしばらく留まっているのはとても勇気のいる行為だった。「羽あり」か「羽なし」なのか、昼用か夜用なのか。そんな細かいところまで見ている余裕はなく、目についたものをひったくり、レジに持って行き、そそくさと会計を済ませていた。
店員も店員で、マニュアルに則って「紙の袋にお入れしますね」と気を遣ってくれる。配慮なのは分かっている。しかし、まるで人に見られてはいけない何かを買っているかのような、気まずさや後ろめたさを感じていた。
私が堂々と生理用品を買い、「紙袋はもったいないので要りません」と店員に伝えらえるようになったのは、ごく最近の話だ。
しかし、これは約20年間、女性として生理と人生を共にしてきた筆者のケースにすぎない。世の中には身体の性と心の性が一致しないトランスジェンダーや、女性でも男性でもないノンバイナリーと呼ばれる人たちもいる。
実は今、アメリカやイギリスで、「現行の生理用品のパッケージはそういった人たちの気持ちを汲んだものといえるだろうか?」という議論が巻き起こっている。
そして、消費者の声を受け入れ、実際にパッケージの刷新に踏み切った企業もある。本記事ではそういった事例と挙げるとともに、これからの女性生理用品のあるべき姿について考えてみたい。
P&Gがパッケージから女性マークを削除
女性マーク付きのAlways(PinkNewsより)
2019年10月、消費財大手のP&Gは生理用品の「Always」に関して、これまでナプキンの包み紙に描かれていた”女性マーク”のイラストを取り除く考えを明らかにした。
この動きは2019年6月に、イギリス在住のジェンダー活動家、ベン・サウンダー氏がAlwaysに対し、「製品パッケージに描かれている女性マークは、トランスジェンダーやノンバイナリー層への配慮に欠けないか」と抗議したことに端を発する。
時を同じくして、別の活動家メリー・ブーム氏もツイッター上で、「ご存知の通り、生理用品はいろんな人が使用する。なぜ、御社のパッケージはこのように抑圧的なのか誰か教えて下さい」と同社に向けて、サウンダー氏を援護射撃した(当ツイートは現在削除済み)。
After having contacted @Always back in June about their packaging that discriminated against their transgender customers through its design that featured the female symbol, I’m thrilled to hear back that they’ve now redesigned the packaging which will go out in December!! pic.twitter.com/JF2daYECFt
— Ben Saunders (@bensaunders44) October 16, 2019
ベン・サウンダー氏によるツイッター
こうしたコメントを受けたP&Gは10月、サウンダー氏に、12月にパッケージのリブランドを行い、新デザインから女性マークを削除する旨、そして2020年2月から市場に出回るものに関してはその新デザインが適応される旨を回答した。
また、P&Gの担当者は「我々は35年間、世の女性から支持されてきたと自負しておりますが、これからはダイバーシティと包括性にコミットし、すべてのお客様のニーズにお応えするために絶え間ない変化を続けていく」とUSA TODAYに語った。
同社の公式コメントには、今回のデザイン刷新がトランスジェンダーやノンバイナリーのユーザーへの配慮によるもの、という直接的な言及はなかったものの、SNSユーザーからは歓迎の声が寄せられた。
「包み紙に描かれていた女性マークは”女性らしさの定義”を押し付けているようで、月経がない女性やトランス女性にとっては不快だった。
マークが消えることでそういう女性へのイメージが薄れればいい。印刷に必要なインクも少なく済むし、エコ。いいことずくめだ」とUSA TODAYはとあるユーザーの声を取り上げた。
売れっ子グラフィックデザイナーもムーブメントに呼応
ロサンゼルスを拠点に活動するケリー・ローレン氏は、ポップな色使いとミニマルなデザインを得意とするグラフィックデザイナー。
Youtuberとしても活動しており、これまでスターバックスやスプライトなど有名ブランドのロゴをリブランドする動画を配信してきたチャンネルでは約20万人の視聴者を抱える、売れっ子デザイナーである。
今回彼女がテーマに選んだのはアメリカの消費財大手「Edgewell」が発売するタンポン「Playtex Sports」。1960年代に発売されて以降、P&Gのタンポン「Tampax」と共にシェア争いを繰り広げてきた、長い歴史を持つ商品だ。
「この過剰にまでフェミニンなタンポンのパッケージに対する挑戦として、よりインクルージョンにフォーカスしたリブランドを行う」と、彼女が投稿した動画は、記事執筆時の12月時点で約20万回再生されており、世間の注目を集めた。
動画では、衛生用品で最も大切な清潔感と安心を重要事項とし、フェミニン過ぎないというイメージをテーマに、淡々と作業が進む。完成したパッケージからはジョギングするポニーテールの女性のシルエットが姿を消した。
元々パッケージの中央部に大きく描かれていた黒の曲線がピンクになり、また親しみやすさを感じられる青やオレンジを用いた抽象的なグラフィックが施され、フレンドリーなイメージを与える。
製品の機能として伝えるべき「360°ガード」や「無香料」などの情報はそのままに、レトロさと今っぽさが絶妙なバランスで同居するデザインに仕上がった。
Playtexの現行デザイン(左)ケリーのデザインした新パッケージ(右)
本動画は経口避妊薬(ピル)について医師によるオンラインコンサルティングとデリバリーサービスを提供する「Simple Health」がスポンサーとなって作られたビデオだった。
よって、実際にPlaytexの商品に反映される予定は白紙だが、P&Gもパッケージをリブランドした流れがある中、Edgewellもパッケージデザインを刷新する可能性はゼロではないだろう。
女性生理用品を手掛けるスタートアップも続々
タンポンが挿入されるヴァギナは、人間の身体の中でも最も外部からの刺激を吸収しやすい部位だという。
「肌と身体により安全なものを」というコンセプトをもとに無漂白、無香料のオーガニックコットンを用い、パッケージデザインではダイバーシティを意識した生理用品を手掛ける企業も近年誕生している。
例えば、女性二人組により2014年に設立された「LOLA」は、ナプキンやタンポンなどの生理用品に、オイル、ローションやコンドームなどセックス&ウェルネス用品までを幅広く扱うブランドだ。
初めての月経から日々の性生活の充実まで、女性の性をトータルでサポートするD2Cブランドとして支持を得ている。
LOLA(同社公式WebFacebookページより)
同社のアイテムのパッケージは、紺色や青を基調としたモダンでスタイリッシュなイメージのものばかり。アイテムと使用頻度を選ぶと毎月自宅に商品を届けてくれるサブスクリプションサービスも人気だ。
同社のWebサイトでは、専門家によるPMS(月経前症候群)や卵子凍結など、女性の身体に関する情報を発信し消費者に対する教育も積極的に行っている。
2015年にサンフランシスコで創業された「Cora」も、同じくナプキンやタンポン、月経カップなど生理用品が、サブスクリプションサービスのほか、Amazonや小売り大手のターゲットでも購入できる人気ブランドだ。こちらも白やグレーを基調としたパッケージがクリーンなイメージを与える。
同社が掲げる「世界中の女性をエンパワーする」という理念が表す通り、貧困が原因で適切な生理用品が購入できない少女たちへ自社製品を継続的に寄付しており、その活動範囲はアメリカ国内だけに留まらず、インドやケニアなど発展途上国に対しても積極的に行われている。
環境や社会に配慮した事業活動を行う企業に対して与えられる「コーポレートB」の認証も取得しており、同社が社会的に果たす役割は大きい。
白やグレーをベースにした清潔感のあるパッケージのCora(同社公式Webサイトより)
身体的な負担や精神的な乱高下から、生理期間に憂鬱になる人は多い。
メーカーからすれば「少しでも気持ちがほぐれるよう」との配慮から、現行のような色使いやデザインになったことは理解できるし、可愛いピンク色や花柄に救われている人も中にはいるだろう。だから、そうしたデザインを否定するつもりは毛頭ない。
しかし、今回記事で挙げたようなニュートラルなイメージを持つ製品はあってもいいと思うのだ。
同じことは男性向け衛生用品に黒や青が多い点にも言え、そうした製品が長らく伝えてきた”性のステレオタイプ”から人びとが解放されることは、マイノリティの人たちに寄り添うだけでなく、それ以外の人にも自由を与えることにもつながるはずだ。
J. Walter Thompsonの調査によれば、現在22歳であるローレン氏に代表されるZ世代の82%は性的志向を気にしないといい、また約半数が性別は人を定義する要因にならないと考えているという。
性に関する価値観は常に時代とともに変化するし、我々は今ジェンダー観をアップデートすべき時期に差し掛かっているのだと思う。使う人に寄り添うデザインというものは、これからどう変わっていくのだろう。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)