今、農業が危機に瀕している。温暖化に起因する異常気象により、世界各地で干ばつや洪水などの災害が発生し、農業への被害が深刻化。2050年には世界人口が90億人を超え、食料需要量が2010年比で70%も増加すると言われている中での危機的状況だ。

農業にとって有害な海水を活用するという逆転の発想

地球温暖化による被害の中でも農業にとって致命的なのが、水や土壌の塩化だ。現在世界中で10億ヘクタール以上もの農地が、塩化の被害を受けているといわれている。

海面上昇によって海水が地下水面に浸透すると、海岸線より遠く離れた内陸でも地下水が塩化されてしまう。さらに一度洪水や高潮などで海水を被った土壌は、二度と農業ができなくなってしまうこともある。

地球上の水の97%以上が海水である以上、農業においても海水を活用する必要があるのは明らかだ。これまで行われてきた方法の多くは、淡水化装置を使って海水から塩分を除去し、農業用水として使えるようにするというものだった。

しかし海水の淡水化には莫大なコストが掛かり、エネルギー消費も激しいため、国連サミットで定められたSDGs(持続可能な開発目標)の方向性とは相容れない部分も多い。

それに対しこの数年で活発になってきているのが、農作物を海水でも育てられるようにするというアプローチだ。農業にとって有害とされてきた海水を活かし、塩化をチャンスと捉える。この逆転の発想にチャレンジしている、オランダとスコットランドでの事例を見てみよう。

塩水でのジャガイモ栽培を可能にしたオランダのSalt Farm Texel


Salt Farm Texelが手掛ける塩水でのジャガイモ栽培

ジャガイモを中心に塩水での穀物・野菜栽培を追求しているのがオランダのSalt Farm Texelだ。国土の25%以上が海抜ゼロメートル以下に位置するオランダにとって、地球温暖化による海面上昇のインパクトは甚大で、国土の3分の1が塩害の危機に瀕しているという。

同社は品種・塩分濃度・作付け時期などの条件を細分化して実験を重ね、塩水や塩化土壌でも可能なジャガイモ栽培のメソッドを確立した。

なお、根から吸い上げられた塩分はジャガイモの葉の部分に蓄積されるため、人体への影響はほぼ無いという。現在ではジャガイモだけでなく、ニンジン、タマネギ、キャベツ、大麦などに関しても海水農業の実験が進んでいる。

彼らの実験により、これまで限界とされてきた塩分濃度の数倍以上の土壌でも農作物の栽培が可能なことがわかり、1年間で28カ国もの国から問い合わせが殺到した。

彼らのメソッドを利用し、すでにパキスタン、バングラデシュでジャガイモの栽培が、ケニアでニンジンの栽培が行われており、土壌に恵まれない途上国での食糧生産量増加にも貢献し始めている。

塩生植物の食用普及を目指すスコットランドのSeawater Solutions


塩生植物を野菜としてファーマーズマーケットで販売

海水農業への取り組みで2018〜19年のスコットランドのビジネスアワードを総なめにしたスタートアップがSeawater Solutionsだ。彼らは海水で育つ塩生植物の食料としての可能性に注目し、その栽培を広めようとしている。

海岸や内陸の塩地で生育する塩生植物は、これまで食用として栽培されることはほとんど無かった。しかしその中には栄養満点のスーパーフード候補も隠れているという。

たとえばサンフィアはビタミンA、B、C、カルシウム、マグネシウム、食物繊維、アミノ酸などを豊富に含んでいる。さらに低カロリーで脂質もゼロのため、ダイエット食材としても優秀だ。

Seawater Solutionsは塩生植物を農作物として効率的に育成する仕組みを構築し、サンフィアを中心にSea Blite(ハママツナ)やSea Aster(ウラギク)、Sea Cress、Sea Rocketなどを海水のみで栽培。

スコットランドでは塩生植物が持続可能な農業に寄与する存在として徐々に認知され始めていて、2019年後半にはスコットランドの複数の食材店で、彼らの収穫した塩生植物の販売が開始されている。

現在はパイロット農場での栽培だが、近々淡水不足に苦しむスコットランド西海岸で商業生産が始まる予定だ。         
                               

海水農業が水害の予防や生態系作りにも貢献


Seawater Solutionsの手掛ける海水農業の仕組み

Seawater Solutionsの手掛ける海水農業には、塩生植物の食料化以外にも大きな意義があるという。塩生植物の栽培によって土壌が強くなることで生態系が生み出され、野生の動植物の生育が促進される。

塩生植物は雨の30倍もの二酸化炭素を吸収すると言われ、直接的にも温暖化抑制に寄与することとなる。さらに水際にある海水農地は、海水面の上昇や洪水、海岸浸食からの防波堤の役割も果たす。

彼らの海水農業の技術は、気候変動ですでに大きなダメージを受けているアジアの農業にも活かされ始めている。サイクロンや海面上昇の被害を受けたインドの水田や、ベトナムのメコンデルタ地帯にあるエビの養殖場を塩生植物の農地に転用するプロジェクトが進行中だ。

収穫した塩生植物は食用に留まらず、植物油や飼料、ベジタリアン用サプリメントとして活用する研究も進んでおり、小~中規模農家が生計を立てる方法を多様化するという点でも期待されている。

今回取り上げたオランダとスコットランドの事例以外にも、海水でも育つ米の開発が中国で進んでいたりと、海水を淡水に変えることにエネルギーを使うのではなく、海水を活かした農業への取り組みが、世界各地で前進していることが感じられる。

持続可能な形での食料増産へ、そしてSDGsの達成へ向けて、海水農業の持つ可能性はまだまだ広がりそうだ。

文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit