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カナダがいち早く大麻解禁した理由
アメリカをはじめ、欧米各国では大麻の合法化が続いている。
それに伴い、大麻ビジネスも躍進を続けており、とりわけ、先進諸国の中で、最も早く医療用のみならず嗜好用大麻も合法化したカナダではその勢いがめざましい。
カナダにおいて大麻所持は1923年以来違法であったが、医療目的での大麻使用は2001年に合法化された。その後2018年6月、カナダ議会は全国で娯楽目的の大麻使用を認める法案を可決。賛成52反対29の投票結果を得て、大麻合法化案はカナダ議会上院を通過した。
カナダが大麻を合法化した背景には、すでに法律で取り締まるのは難しいほど、国民に大麻が蔓延している事情があった。
カナダ社会では以前から大麻が広く浸透しており、調査では、2017年の時点で、15歳以上の約16%が3か月以内に大麻を使用したと回答。大麻の生涯経験率は40%を超える。
一方、日本の生涯経験率は1.4%という調査があり、日本と比較して、カナダはずいぶん大麻に寛容な国であったことがわかるだろう。
こうした事情に対し、トルドー首相は大麻の流通の透明化を推進。生産や販売を行政の許可を受けた業者に限定することで、未成年者の使用を防ぎ、闇市場で取引する犯罪組織の資金源を断つため、大麻合法化に踏み切ったのだ。
そもそもトルドー首相は2015年に行われた選挙前、犯罪組織への資金源断絶のほか、多くの国民が非合法で使用していた大麻の生産、流通、消費を規制下に置くことを目的に、大麻合法化を公約のひとつに掲げていた。
そのため首相は、大麻合法化案が可決された6月19日の夜、「子供たちが大麻を手に入れたり、犯罪者が大麻で利益を手にしたりするのが簡単すぎる状態だ。今日、我々はそれを変える。大麻を合法化し規制する我々の法案がついさっき、上院を通過した。公約は守られた」とツイートした。
そしてとうとう、2018年10月17日。
カナダではこの日から、マリフアナなどの大麻を大人1人30グラムまで持ち歩けるようになった。
カナダ最大の都市・トロント市内の公園には、娯楽用大麻の合法化を祝う人たちが集まり、「Happy Legalization!(合法化おめでとう!)」 と、ハイタッチを交わしたという。
大麻耐性遺伝子研究の先行事例
こうして、カナダは先進諸国のなかでいち早く大麻合法化に踏み切ったわけだが、それに伴い、大麻ビジネスが大きな盛り上がりを見せた。
特に注目を集めた企業のひとつがロボ・ジェネティクス社だ。
ちなみに、ロボ(Lobo)とはウルフ(Wolf=狼)という意味があり、ラテンアメリカでは大麻の隠語として使われている。このロボ・ジェネティクス社が手がけているのは、人間が、大麻に対してどのような反応を示すのかという検査だ。すなわち、人間の「大麻耐性遺伝子」を調べ、科学的エビデンスに基づいて、大麻の効率的な活用法を可能にしようというのだ。
大麻耐性遺伝子の研究は、カナダで最も注目を集めている分野のひとつである。
大麻にはカンナビノイドとして知られている113種類以上の化合物が含まれていて、なかでもよく知られたものとして、THC(テトラヒドロカンナビノール)やCBD(カンナビジオール)がある。
THCには精神活性作用があるため、摂取するといわゆる「ハイ」の状態になって陶酔作用を引き起こす。そのため、一般には危険な物質と受け取られがちだが、その反面、THCは重い病気を患う人たちにとっては良い作用をもたらすことがある。
陶酔作用、多幸福感、痛みの緩和、吐き気の抑制、けいれんの抑制、食欲増進などの多様な効果は、患者に対して直接的に症状を緩和し、さらに、気持ちをポジティブにするなど精神面でも功を奏する可能性がある。
一方、CBDはTHCと異なり、精神作用はない。
むしろ潜在的に、健康面で高い効能を持っていることが最近の研究によってわかっており、特に医療の側面から大きな注目を集めている。たとえば、痛みや炎症の緩和、不安の抑制、発作作用の抑制、神経の保護、免疫バランスの調整などだ。
そして近年の研究により、THCやCBDなど大麻に含まれる化学物質は人間が持っているDNAと相互に関連し合うことがわかった。
DNAの内容は、個々人によってまるっきり異なっている。そのため、大麻と関連するDNAを調べれば、その人の体内で大麻がどのように機能するのか、事前に判断できるというわけだ。現在、人間が持っているDNAのうち、大麻に関係するものとして、3種類が発見されている。
ロボ・ジェネティクス社は、このDNAに目をつけた。そして、世界最小のDNAテストデバイスと呼ばれる検査機器を開発。これを使って、その人が大麻に対してどのような反応を示すのか、大麻を摂取する前に調べるサービスを提供しはじめた。
現在、ロボ・ジェネティクス社は自社のウェブサイトで、検査キットを59カナダドル(約4,970円)で販売している。
検査は専用の棒で口腔内の頬の部分を数回こすって、返送用封筒に入れて投函するだけ。その後、検査結果がメールで送られてくるという仕組みだ。
診断はMetabolism(どれだけ大麻に対して代謝能力が高いか)・メンタルヘルス(短期的あるいは長期的に大麻を使用した場合、精神に対してどのようなリスクを与えるか)・Memory(記憶力に対してどれくらい影響を及ぼすか)の3つのカテゴリーに区分されており、大麻の摂取により、体・精神面でどれほど影響を受けやすいかが書かれている。
この検査を受けることで、元来、自分は大麻の影響を受けやすいのか、長期的に使用した場合メンタルに異常が現れやすいのか、大麻を使用したときの副作用として不安やめまいなどが現れるリスクが高いのか、など多くのことが明らかになる。さらに、どの種類の大麻を使うと最も高い効果が得られるのかもわかる。
そのため、たとえば「健康維持のために大麻を使ってみたが、思った以上に大麻の悪影響が出てしまった」というようなリスクは軽減されるだろう。つまりこの検査によって、大麻がより安全に、効率的に利用できるようになるのだ。
大麻バブル崩壊。遺伝子技術が勝ち組の切り札になるのか?
カナダよりも一足早く、嗜好用大麻を合法化したアメリカの各州を見てみると、ブラックマーケットで取引され、犯罪組織の資金源として活用されてきた大麻を公の場に引きずり出したことで、治安が改善されたり、犯罪件数が減少したり、社会環境が改善された例も少なくない。
当然、カナダ国民もそうした事例を知っており、また国内で大麻産業が活気付くに伴って、雇用が増えたり、税収が潤ったりする様子を目の当たりにしていたこともあって、カナダでは大麻が合法化される前から大麻に対して肯定的な見方をする人も多かった。
そうした社会的事情に加え、国が嗜好用大麻合法化に踏み切ったことで、カナダでは大麻ビジネスが急激に加速。それに伴い、大麻企業の株価は一気に上昇した。
しかし結論からいえば、こうした“大麻バブル”は2019年第1四半期の後に急激に崩壊している。
なかでもオンタリオ州に本拠を置くキャントラスト・ホールディングスは、過去3カ月間で74%も株価が下落するという最悪のパフォーマンスを記録した。
これを受け、世界では、“大麻バブルは完全に崩壊した”“世界中の機関投資家は大麻ビジネスから手を引いている”などと報道されたが、冷静に考えてみれば、こうした“バブル崩壊”は、決して珍しいことではない。
過去にも多くの例が見られたように、新たなイノベーションや新興市場の興亡に伴い、株価が急激な値動きを見せただけのことだ。確かに、大麻バブルの熱はいっときの過熱ぶりから冷めつつあるかもしれないが、とはいえ今後、大麻ビジネスにまったく可能性が残されていないわけでもない。
では今後、どのような動きが予測されるかといえば、まず、考えられるのが大麻企業の選択集中と淘汰である。合法的なマリファナ市場は、今後数年で買収および倒産が相次ぎ、少数の大企業によってシェアが独占されるだろう。
そうした時、どの企業が買収側に回るのか。おそらく、ただ「大麻を育て、加工して売る」だけではない、テクノロジーの存在が付加価値となるのは間違いない。
2019年11月、先述のロボ・ジェネティクス社の創設者・CEOであるジョン・レムは、「消費者の遺伝子に基づいて、パーソナライズされた大麻製品の選択が可能になった」と語っており、今後も遺伝子研究をベースにした大麻産業は成長の可能性があることを示唆している。
果たして、“大麻バブル”の再興はあるのか。それは、遺伝子検査という先端テクノロジーが鍵を握っているだろう。
文:鈴木博子