日本を代表する経営者の一人であり、クオンタムリープ株式会社 代表取締役ファウンダー&CEO、NPOアジア・イノベーターズ・イニシアティブ 代表理事として、有望なベンチャー企業や若手起業家への支援活動を積極的に続ける、出井伸之氏。

そんな出井氏が、2019年11月末、日本のベンチャー界を揺るがす一大プロジェクトを発足すると発表した。それが、『アドベンチャービレッジ』構想だ。

アドベンチャービレッジの目的は、アクセラレーターやインキュベーター同士をつなげ、新興企業への包括的な支援ができる強固な基盤(エコシステム)を構築することにある。

「冬の時代を過ごしてきた日本に、春をもたらしたい」–そう語る出井氏が描く、アドベンチャービレッジの未来予想図とは。

日本は社会変革を起こすべき時が来た

いまGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)を中心に、これまでの常識を大きく変えるようなビジネスモデルや新規事業が、世界各都市から生まれている。

一方で、日本の状況はどうだろうか。1990年代後半からのIT革命に乗り遅れたことや、過去の成功体験からくる安定志向など、さまざまな要因が重なり長い冬の時代を過ごしている。

かつての日本はベンチャー大国だった。敗戦直後の日本はチャレンジ精神に富み、ソニーのような世界有数の企業を多数生み出した。テクノロジーの進化によって後進国と捉えられていたアジア各国が急成長を遂げる今、日本もその時流に乗ることで冬の時代を脱することができる可能性がある。出井氏はそれを“春”と表現する。

「春に向けてたくさんの種をまき、スタートアップや大企業から優れた事業やビジネスモデルを数多く創出し、新しい産業を生み出していくことが、これからの日本には必要になってきます。それには、スタートアップを多く生み出している、米国シリコンバレーやイスラエル、そして中国などのように、“失敗を恐れず新しいことに挑戦していける社会”を作っていくことがとても重要だと考え、行動を起こしました」

出井氏は、『アドベンチャービレッジ』を始動させた背景をそのように語った。

ちなみにプロジェクト名の由来は、ベンチャー(Venture)の語源がアドベンチャー(Adventure)つまり「冒険」という点に着目。さらに、アフリカの古いことわざにある〜it takes a village to raise a child.〜(子どもが生まれたら村全体で育てよう)の精神を持ち、挑戦者がどんどん湧き出るような社会をつくっていく、という思いから『アドベンチャービレッジ』は生まれたという。

「Giver(ギバー)」の存在が社会には不可欠

アドベンチャービレッジの目指すビジョンは、主に二つある。

一つ目の目標は、「失敗を恐れず挑戦することの価値を認める社会をつくる」こと。

出井氏はこの構想の中で、ある一つのキーワードを中心に据えている。それが「Giver(ギバー)」という概念だ。Giverとは、「受け取る以上に与えようとする人」のこと。

新しいビジネスモデルや新規事業を創出するには、新しいことに挑戦する人がいて、Giverの存在がある。そして、失敗を恐れず挑戦することの価値を認める“社会”がベースとしてあらねばならない。

アドベンチャービレッジでは、Giverの精神を持ち活動している人や、エコシステムビルダーがつながっていく場をつくるという活動を継続して、新しい産業の創出に理想的な社会風土や環境をつくっていくもくろみだ。

そして二つ目の目標。それは、「東京ベイエリアを世界有数のイノベーションハブの一つにする」ということ。

東京のベイエリア(東京湾周辺)は、世界的規模を誇る産業集積地帯である。ここを米国のシリコンバレー(サンフランシスコ)や中国のグレーターベイエリア(広東・香港・マカオ)にも匹敵するような、ユニコーン企業を創出するスタートアップエコシステムの拠点とすることを目指す。まずは日本で新たな挑戦の価値を認める社会風土を醸成させ、ゆくゆくはこの場所を、アジアのイノベーションハブに発展させるねらいだ。

このエコシステムを社会運動化していく

ではこれらのビジョンをどのように達成していくのか。現在想定されている活動内容は、主に3つ。エコシステムビルダーのコミュニティー形成、海外ネットワークの拡大、社会への啓発を目的とした大規模イベントの開催だ。

エコシステムビルダーがつながる場をつくる

アドベンチャービレッジという存在は、言い換えれば、「カタライザー(触媒)」とも表現できる。

アドベンチャービレッジは、おのおのが独立しているエコシステムビルダーを仲間としてつなぎ合わせ、まさに触媒としての役割を担おうとしている。それぞれの領域を補完し合い、拡大していく。

具体的につながる方法として、日々の情報共有はWebやSNSなどのデジタルベースで行い、四半期に一度のペースでミートアップを開催。参加者同士が情報や意見を交換しながら、お互いを知り、広めていく活動を継続的に行う。またコミュニティー内では、Giverが活躍できるような環境整備や貢献が可視化される仕組みを、ブロックチェーン技術などを用いながら構築していくという。

海外ネットワークの拡大と連携

またこのネットワークでは、国内だけでなく海外のエコシステムビルダーとも連携を深めていく。例えば、海外のスタートアップが東京ベイエリアで起業したり、海外の企業が日本を新規事業やイノベーションの拠点にするなど、日本と海外諸国の双方においてグローバルに活躍できる挑戦者を生み出していく環境に力を入れていく。

実際に出井氏が日本側の議長として就任し2019年から始まった、フランスと日本間でスタートアップ発展のための環境整備を目的としたプロジェクト“日仏 スタートアップ・クリエイティビティ・チャレンジ”では、フランスと日本のカタライザー(触媒)としての役割をすでにスタートさせている。

社会運動へとつなげるための大規模イベントの開催

そうしたつながりの場を社会の大きな“うねり”として実現するためには、一団体の影響力では到底足りない。東京ベイエリアを新たなビジネス創出のプラットフォームにするだけの、社会運動に発展させる必要がある。

社会的な機運(ムード)を高めるにあたって、アドベンチャービレッジは、継続的に大規模な情報発信が重要であると考えている。

その実現手段の一つが、大規模イベントの構想である。志を同じくするエコシステムビルダー同士をつなぎ、それぞれの活動や成果、失敗を共有する場の創出。将来的には日本国内だけでなく、世界各国から参加者が集うようなイベントの開催を視野に入れているという。

先日行われた発表会にて、出井氏は、「長らく冬の時代にさらされ、凍りついた日本を溶かすには、熱い思いとアクション(イノベーション)が必要。次の春に向け、ベンチャーや大企業が活発に動ける社会をつくる、これが『アドベンチャービレッジ』の目指すところ」と、メッセージを発信した。

今年で82歳を迎える出井氏の新たな挑戦は始まったばかり。時代の潮流を捉え、挑戦者が安心して「冒険」できるエコシステムを創り出すことができるのか。アドベンチャービレッジの今後の活動に注目したい。

文:水落 絵理香
編集:花岡 郁
撮影:松井 サトシ