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国立社会保障・人口問題研究所によると、2015年1億2,709万人だった日本の総人口は、50年後の2065年には8,808万人まで減少する見込みだ。また老年人口割合は2015年の26.6%から2065年には38.4%に上昇する。
一方国連の予測によると、現時点で77億人といわれる世界人口は2050年には97億人に達する見込みだ。インドやアフリカでの人口増がけん引するという。
日本企業がビジネスの持続的な成長を考えるのなら、海外市場へのリーチは必須といえるだろう。
これは特に、SaaSやコンテンツサブスクリプションなど比較的低額でサービスを提供する企業にとって死活問題といえるかもしれない。事業が成長するかどうかは、ユーザー数のボリュームにかかっているからだ。
しかし、言語・文化の壁が大きな海外市場。日本のやり方をそのまま適用してもうまくいかない場合がほとんど。またブランドの認知やユーザーベースがゼロ、もしくは限りなく少ないところからのスタートとなる。
ユーザー数が少ない場合、最初は定性データ(ユーザーインタビュー、アンケートなど)を使用することになるが、統計的に有意な結果を得るのに十分なトラフィックを得られないなど、データドリブンなマーケティングができず、右往左往してしまうことも起こりうる。
このゼロの状態で何をするのかが海外市場で「スタートダッシュ」できるかどうかを決めるカギとなる。
この点で、プロジェクト管理などのSaaSツールを提供する株式会社ヌーラボ(以下、ヌーラボ)の経験は、他の日本企業にとって有益なヒントとなるかもしれない。
福岡発、国内では京都と東京に拠点を構えている。2018年には日本の「働きがいのある会社」ランキングで8位に選出されるなど、国内での注目度高まる新進気鋭のスタートアップだ。
海外ではニューヨーク、シンガポール、アムステルダムに子会社を開設し、試行錯誤しながらユーザー数を着実に増やしている。認知度ゼロ、ユーザーベースゼロの状態から、どのようにして海外市場での足場固めを行ったのか。
今回は、ヌーラボのアムステルダム・オフィスでプロダクト・マネジャーを務めるサンディープ・ムコパディア氏に、海外で成長するサービスのマーケティングという観点から、その知見を語ってもらった。
サンディープ・ムコパディア氏
インド・欧州・オーストラリアを渡り歩いたグローバル人材がヌーラボを選んだ理由
ーーヌーラボは日本発のスタートアップですが、どのような経緯で、ヌーラボのことを知り、入社することを決めたのでしょうか。
私はインド生まれのインド育ち。大学卒業後はインド国内で5年間、ソフトウェアエンジニアとして働いていました。
その後、修士課程でベルギーに渡り、修士課程を修了した後、ベルギー、オーストラリア、オランダで働きました。旅行、通信、金融サービスなどさまざまな業界に携わりました。
プロダクト・マネジャーとしてこれらの企業で多くのことを学び、次のキャリアを考えたとき、規模が小さい会社で学んだことを実戦に活かし、より大きな裁量を持って働きたいと考えたのです。
そこで検索してヒットしたのが「ヌーラボ(アムステルダム・オフィス)」という会社でした。
ヌーラボのアムステルダムオフィス
企業研究したところ、スタートアップでありながらも、しっかりとした基盤を持つ企業であること、またワクワクする成長フェーズであることが分かり、自分のこれまでの経験とスキルをフル活用できるのではと考え、プロダクト・マネジャー職に応募しました。
もともと日本への興味もあり、一度日本企業で働いてみたいという思いがあったことも後押ししました。
ーーインド、欧州、オーストラリアで働いた経験を踏まえ、日本企業で働いてみてどのような印象を持ったのでしょうか。
福岡のヌーラボオフィスに1週間ほど滞在しましたが、とてもすばらしい経験でした。福岡の人びとは非常に親切で、質の高いサービスを提供することに力を入れていました。
ヌーラボは、クオリティや完成度に重点を置いています。 もちろん、そのこだわりは時としてスピードを遅くしてしまうため、クオリティとスピード感の適切なバランスを維持することはとても大事だと考えています。
こうした新しい環境のなか、マーケティングチームや開発チームと協力して、プロダクトマネージャーとして日本国外の製品のユーザーベースと収益拡大に取り組んでいます。
認知度・ユーザーゼロの日本企業が海外市場で実施すべきこと
ーー日本企業が海外でユーザーを獲得していくために、まずどのようなことが重要になってくるのでしょうか。
認知度やユーザーベースがゼロの状態という前提であれば、まず市場の「アウェアネス=存在感(aweaness)」を高めることにフォーカスすべきでしょう。
アフィリエイトやアドキャンペーンなどのオンライン・マーケティング、さらにはブログを展開するということが考えられます。ヌーラボでもブログを運営していますが、読者はけっこういます。こうした施策で、海外市場でその存在を知ってもらうことが大事だといえます。
ただし、どのようなコンテンツが「刺さる」のかは、国やユーザーによって異なるので、いろいろ試すことが重要になります。ユーザーのサクセスストーリーや導入事例などで説得力をもたせることなども考えられるでしょう。
日本と海外の顧客ニーズの違いをすばやく理解することはとても重要です。ユーザーインタビューや調査などの定性データを使用して、コンバージョン率、日本と海外の顧客のエンゲージメント指標などを比較し、顧客のニーズと改善の機会に関する違いを特定できます。
実験のファーストステップでは何らかの仮説が必要になりますが、海外市場に関する情報がまったくない状態だと、仮説すら構築することが難しいと思うかもしれません。
ただし、日本ですでにプロダクト/サービスを展開している場合、そこで得られた知見から仮説をつくり、新市場で試してみることができます。
ーーアウェアネスがある程度高まり、サイトのアクセスが伸び始めたフェーズではどのようなことに注意すべきでしょう。
そのようなフェーズでは、高い満足度を保ったまま、多くのユーザーのアクセスを保持したいと思うはずです。
サイトに十分な数のユーザーを集められれば、A/Bテストを開始し、ランディングページやサインアップフロー、オンボーディングなど、プロダクトのさまざまな部分を最適化することができます。
ヌーラボのような、無料試用版を持つサブスクリプションベースのビジネスでは、私たちプロダクトチームは次のようなことに注力します。
-トライアルユーザーから有料ユーザーへのコンバージョン率の改善
-顧客満足度の指標であるネットプロモータースコアの改善
-アクティブユーザー数の改善
一方、マーケティングチームは、ウェブサイトを訪れるユーザー数や、トライアルユーザー数の改善に取り組むのです。
ヌーラボでは30日の無料トライアルを提供することで、より深いユーザーインサイトを得られるよう心がけています。
30日間の無料トライアル後、プロダクトに満足していれば、有料ユーザーにアップグレードすることになるのですが、この間に得られる知見は非常に重要となります。
ヌーラボの場合、どんなアクションがユーザーを満足させるかを判断し、そのアクションの完了のために最適化を図っています。
新しい市場で強力なブランドを持っていないケースでは特に、ユーザーがプロダクトに満足しなかった場合、ほとんどは1〜2日で離れてしまいます。この1〜2日の間にユーザーを満足させることがとても重要なのです。
定量的な分析としては、統計的に有意とみなせる調査サンプル数が集まれば可能となります。おそらく数百人分の調査データがあれば、なんらかの傾向をつかみとることができるでしょう。行動分析だけでなく、オンラインでの聞き取り調査も可能です。
データの数が不足していると感じるのであれば、定性分析を行うとよいでしょう。ユーザーに時間をとってもらい、45分〜1時間ほどじっくり話しを聞き、ユーザーの悩み、解決したい問題を深掘っていきます。
そうしたインサイトをもとに、自社のプロダクト/サービスがそのユーザーにどうフィットするのかを考えます。ユーザーに対する理解を得るため、ユーザーとの会話を重ね、どんな風にサービスが使われているかを観察し続けるのです。
ーー得られたインサイトが基となったヌーラボの施策事例はあるのでしょうか。
たとえばヌーラボのプロジェクト管理ツール「Backlog」。日本ではトライアルから有料ユーザーへのコンバージョン率はかなり高かったのですが、海外では思ったほどコンバージョン率が高くなかったのです。
そこで、無料トライアルで利用を開始し有料ユーザーにならなかったユーザーへのアンケートを実施し、何を必要としているのか、Backlogに何が足りないのかをあぶり出しました。
その結果「プロジェクト全体把握が難しい」などの声が多いことが判明。Backlogに「カンバンボード」という新機能を追加するきっかけとなりました。
また、ユーザーは、チームのニーズに基づいてワークフローを調整したいと考えていることも分かりました。そこで、Backlogに「状態の追加機能」をリリース。
ユーザーが、課題の状態を自由に追加して、チームのワークフローに柔軟に対応できるようにしました。 これらのリリースがもたらしたコンバージョン率への変化は、今のところ好調です。
ユーザーアンケート
共通認識の醸成とラディカル変化への順応性の大切さ
ーーある程度のボリュームと深いインサイトが得られると、海外市場における顧客像、つまりペルソナが見えてくると思います。ペルソナを考える際に、重要な点はあるのでしょうか。
実はペルソナに関しては、私たちもまだ研究を続けているところですし、ずっと研究を続ける必要があると私は思います。
ただ、明確にしていることは、通常ユーザーと管理者のニーズは異なり、それによって抱える問題、解決したい問題は違うということ。ユーザーがエンジニアなのか、非エンジニアなのか、またはマネジャーや経営層、それぞれ異なった視点を持っているためです。
こうした軸でペルソナを分析していき、その輪郭がくっきりしてきたとき、開発チーム、マーケティングチーム、カスタマーサクセスチームなど社内で共有することも重要でしょう。
どのようなユーザーがどういった問題を抱えているのか。特に海外市場を対象にするのなら、ユーザーの国籍・文化が多様になるだけでなく、プロダクト/サービスを提供する側の国籍・文化も多様になります。共通の認識を持つという意味でも、ペルソナの共有は大事だといえます。
また、ペルソナをアップデートし続けることも重要です。海外市場では特にトレンドが変わりやすく、1〜2年でトレンドが変化することはよくあることです。
たとえば新しい市場セグメントにサービスを提供したい場合、ペルソナはその都度再考される必要があります。Backlogに関しても、マーケティングや営業、人事チームなど、開発チーム以外のユーザーのニーズが高まっていて、新たにユーザーペルソナを構築しようとしています。
ある時期うまくいっていた施策やペルソナに固執せず、必要なときには視点や思考をドラスティックに変えることが必要でしょう。日本だと大胆なマインドシフトが苦手な人は多いかもしれませんが、実験を継続的に続けることで、トレンドの大きな変化にも対応できるようになるはずです。
日本は完璧主義的なところがあります。これは良い側面でもあると思いますが、スピードとクオリティの適切なバランスを取ろうとすることはとても大事です。できるなら、良くないフィードバックも含め、ユーザーの「リアルな声」を拾うことに注力するのが良いと思います。
そして最後に。ヌーラボで働いて気づいたことですが、もし小さな組織で海外市場に挑戦するのなら、小さなマイルストーンを設定し、それを達成したらチーム全体でセレブレートする(祝う)ことが大事だと感じました。
海外市場への挑戦は簡単なことではありませんが、そうした小さな達成をチームで共有することで、モチベーションを維持し、ポジティブなモメンタム(勢い)を保つことができます。
取材・文:岡徳之、細谷元(Livit)