ビデオゲームにハマる人たちが増えていく中、WHO世界保健機関は今年5月、ゲーム中毒を「疾患」として分類。アルコール依存症などと同じ、精神の疾患として位置づけすることによって研究治療や専門医の育成などをバックアップする方針だ。発効されるのは2022年1月から。
北京のホテルのロビーでゲームに熱中する男性。*本文と写真は関係ありません。
撮影:YPOSTH
疾患としてのゲーム障害
疾患として「ゲーム障害」が国際疾病分類に追加されたことを受けて、ゲーム産業界から大きな反発の声が上がった。
ビデオゲーム業界最大の組織「エンターテイメント・ソフトウェア協会」は、WHOがゲーム中毒を疾病として分類したのは因果関係があいまいで不適切、とした上でゲーム業界は精神疾患や、認知症、がんなどの分野の研究に貢献していると大胆なコメントを付け加えた。
日本ではこのほど、国立病院機構久里浜医療センターが初めてゲーム依存についての調査を実施。
「学業や仕事、社会生活に悪影響を及ぼしてもなおゲームをし続けた」という依存行動を起こしている人たちが初めて数値化されて明らかになるなど、世界的にも注目が集まっている。同センターによると、依存症の症状を抱える受診患者のほぼ100%がオンラインゲームの依存症状とのこと。
政府が規制するゲーム時間
そんななか、中国では政府が未成年者のゲーム利用を規制する通知を公布し、話題となっている。
具体的な制限の内容は、夜22時から翌朝8時までの未成年(18歳未満)のオンラインゲームを禁止。1日あたりのプレイ時間は国の定める休日には3時間、通常の日は1時間半までとしたもの。
全ユーザーは、実名で身分登録しなければプレイできないように設定を厳格化、ゲーム上での課金額は8歳以上16歳までの未成年が1回50人民元(約780円)、月額200人民元(約3,120円)。16歳以上18歳未満は1回100人民元(約1,560円)、月額400人民元(約6,240円)に制限した。
なお課金制のあるオンラインゲームに8歳未満の子供がアクセスできないようにしなければならないとされている。
この通知にともない、ゲーム配信側はシャットダウン機能を強化し、家庭や学校などの社会組織は未成年の監視を強化する責任があり、未成年に正しいオンラインゲームの楽しみ方や行動習慣を指導するようにと呼び掛けている。
人気オンラインゲーム「王者栄耀」とコラボしたファーストフード店。別のハンバーガーチェーン店もコラボしている。
政府通達にどれほどの効力があるか?
まずは実名制の問題だ。通達が発表される以前より、多くの未成年が親の身分証明書で登録された携帯電話番号やSNSアカウントを使用していたため、コントロール不能であった。これを今回厳格化することによって、より正確に規制・監視できるようにしたい考えだ。
時間の制限に関して政府は、未成年が正常な睡眠をとり、食事や学習、休息の時間を正しく配分する必要があり、そのためには家族や学校側の積極的な指導が欠かせないとしている。
また企業側は多様化するゲームの遊び方やテーマ、ストーリーが未成年に不適切とならないよう、適切な年齢制限を設定するよう注意を呼び掛けている。
ゲームの内容は発売元の西側諸国が定めるPGやR指定の年齢制限にかかわらず、中国独自の制限が必要であるとして、暴力やポルノ、血、賭博といった有害な内容は成人指定にすることとした。
課金制度も社会問題になっていた。中国だけに限らないが、子供がゲームに夢中になり両親の目の届かないところで多額の課金がされていたり、子供同士でお金を巡るもめごとが発生したりと話題に事欠かない。
これを1日あたりいくら、1カ月あたりいくら、と政府が通達することによって「泣く子も黙る」基準が設定されたことになる。
近視対策
また中国では近眼の問題がより深刻化していることも今回の規制に乗り出した理由の一つとしている。
幼少のころからコンピューターの画面を見る時間が長くなる傾向にある現代。このままいけば、2020年までに中国は人口の半分にあたる7億人が眼鏡を必要とする近眼になる、と警鐘を鳴らしている。
子供の近眼率は世界一という不名誉な記録もあり、習近平主席が対策に乗り出すと発表したのが2018年。この時、中国で発売される新規ゲームの認可取得を難しくすることによって規制しようとしていた。
これによってゲーム開発を手掛ける会社の株価が下がり、国内最大手のテンセントは200億ドル(約2兆2千億円)の損失との報道も出た。
だが一方で、大人気のオンラインゲーム「オーナー・オブ・キングス(王者栄耀)」を実名登録プレイ制度とし、未成年は1日2時間以上ゲームを継続することが出来ないように設定し、政府当局の動きへ歩み寄りを見せた。
これによって規制されている新規ゲームの認可も同社には下りやすくなり、一時期大幅に下落した株価も上昇しているとの見方もある。
高まるeスポーツ熱との葛藤
テンセント社の発表によると、2017年に中国国内のオンラインゲームの利用者は2億7千万人。eスポーツ界で活躍するゲーマーはアメリカの人口を越え、2019年には賞金獲得ランキングで首位だったアメリカの座を中国がさらった。
世界で高まるeスポーツ人気と国際大会の開催、賞金額の上昇によってますますゲームに熱中、プロを目指す若者が増えているのも現実。2017年に7億6,000万ドル(約830億円)だった中国市場は2020年に15億ドル(約1,650億円)規模へと成長するとテンセントが報告書で発表。
©Tencent社
中国では江蘇省の杭州にeスポーツ・スタジアムが完成。上海や広州、西安、成都ではすでに、eスポーツセンターが稼働している。同センターでは世界大会に出場できるレベルの選手育成トレーニング制度や、支援金の出資などのサポート事業がメイン。
中国北部のeスポーツセンターを設立すると発表した北京の海淀区では、中国文化を重んじた高品質のゲーム開発や、大きなeスポーツ大会などを政府が積極的にサポートすると発表。
企業あたり最高1,000万元(約1億5千万円)までの支援金を拠出すると公布し、eスポーツ市場への参入と選手育成への強化が推し進められている。
青少年の人間形成、また学業や仕事への悪影響とともに健康被害が懸念されるゲーム依存症。一方で中国経済の柱ともいえるテンセントのような大企業にとって、現在のオンラインゲームのムーブメントは市場拡大のまたとないチャンスだ。
現在200カ国に配信されている同社の480種のゲームは、8億人のユーザー登録を誇る。これが規制されるとなると、中国国内経済への影響も避けられないだろう。
それまで世界一の規模とレベルを保っていた韓国のゲーム・プレイヤーたちが徐々に勢いを失っていったのは、同国で規制が始まった2011年以降。この現象からも、政府の規制と産業の発展が表裏一体であることがわかる。
日本でも子供を持つ親が便宜上スマートフォンやタブレットなどを手渡し、動画やゲームで子供の注意をそらしていることが多い現代社会。
世の中がますます便利になる一方で、人とのふれあいやコミュニケーションが希薄になりつつある社会は、「公共の場で騒ぐ子供」と「注意をする大人(他人)」や「相手をする大人(他人)」の不在、「子供との会話やしつけの代わりにスマートフォンを手渡す親」といった堂々巡りを経て、さらに人への関心を薄れさせているのではないだろうか。
偶然にも12月1日からは携帯電話と顔認証システムをリンクづけることを法規制に盛り込んだ中国。より強まる監視社会への警戒心よりも生活の便利さを優先するのは中国ならではの気質といえる。
新華社通信の報道で、今回の中国政府の試みを他国も追随すべきだとしているこの法規制が、どのような影響をもたらすのか、様々な視点で世界は間違いなく注目している。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)