INDEX
15期にわたって増収増益を続け、データテクノロジー事業やEC・ライセンス事業を手がけているイングリウッド。EC領域のコンサルやデジタルマーケティングを中心に突き進んできた同社は近年、AI(人工知能)の活用にも力を入れる。
チームを率いるのは、AI戦略事業本部でゼネラルマネージャーを務めるヴァーラディ・ゾルタン氏だ。高校時代、ハンガリーの化学オリンピックで2位に入り、日本の国費留学制度を使い、筑波大学で学んだ俊英だ。
ゾルタン氏が描く、イングリウッドの未来とは――。
——————————————————
データ活用の専門家としてイングリウッドに加わった
ゾルタン氏:ECの世界で重要なポイントは2つで、新規顧客の獲得と既存顧客の維持です。しかし多くの企業は新規顧客の獲得を重視して、既存顧客に対応しきれず顧客の解約率を高めてしまっている傾向があります。そのような現状に注目し、私たちAI戦略部門はCRM(顧客関係管理)に焦点を当てています。
EC業界を見渡すと、データがたくさんある一方で、まだ活用しきれていません。そのうちの1つの理由は、データが別々の場所に格納されていて、アクセスしにくい点にあります。
例えば、サイト上の顧客の行動はGoogleアナリティクスに蓄積され、顧客のメタデータはECのカートシステムに保存されます。また、他にも通話を管理するシステムなど様々です。最近ではLINE@を使う企業も増えてきましたが、そのデータもうまく蓄積できていないんです。
そこで私たちは、この課題を解決するシステムを開発しました。私たちのシステムは、メールやLINE@、電話などのインタラクションデータと、ECサイト上での詳細なユーザーの行動データを、1つの場所に収集します。
それだけではありません。私たちはAI技術を活用することで、商品の購買予測システムを開発しました。これは、顧客のメタデータ、コミュニケーション内容、アイテムの価格と外観、その他アイテムとの相互作用を考慮して、顧客が特定の製品を購入する可能性を予測することができます。
細かな話になりますが、LTV予測、マーチャンダイジングAI、アクティビティスコア予測はすべてこのエコシステムの一部となっています。簡単に言えば、可能な限りすべてのデータをひとつの場所に収集し、AIによって分析からアクションまで行っていきます。
これまでのシステムはすべての顧客に同じコンテンツを届ける傾向がありました。しかし、私たちのシステムは顧客ごとにそれぞれ最適化し、いつ、誰に、何を届ければ良いかを予測し、顧客ひとりひとりに寄り添った1on1マーケティングを可能にします。
広告に関する研究も行うAIチーム
ゾルタン氏:デジタル広告の場合、コンバージョンが命です。しかし、コンバージョン予測はそう簡単ではありません。顧客のその日そのときの気分、商品、値段、オファー、天気、経済、景気など、あらゆることが関係していきます。私たちデータ・サイエンティストにとって、考慮すべき要素が多すぎるんです。
上記の関係で、その入り口であるデジタル広告自体の良さをどう測るか、どう改善して行くかに関して深く研究しています。どんなクリエイティブで、どんなタイトルで、どんな説明文が表現されるかによって、クリックされる回数は当然変わります。
これは機械学習を活用すれば勝ちパターンを見つけ出すことができると考えています。一定期間内の平均クリック率を予測するモデルを学習することによって、ABテストする前に広告効果が計測できます。
AIチームは5人に拡大。ハンガリー人のゾルタン氏、イタリア人のデータサイエンティスト、日本人、カナダ人と国籍も幅広い
ゾルタン氏:イタリア人のデータサイエンティストは、10年以上のデータサイエンティスト経験がある有能な人材です。実は、日本で暮らす外国人の中には、こうしたタレントがあちこちで眠っていると思っています。
私は、一緒に仕事をする上で実力と人間性を重視します。極端に言えば、英語ができなくても、日本語ができなくても、コミュニケーションはGoogle翻訳だって構いません。ぼくたちにとって、共通言語はPythonなんです。
私は日本で長く暮らしていますから、日本文化を知っていますし、日本語もできます。日本語ができない、日本をよく理解していない外国人の社員と、日本人の社員との間に入ることも意識しています。
最近、ダイバーシティとよく言われますが、同じような人材を集めていると、考えが偏りがちです。いろんな国のいろんな人が一つのチームにいますから、多様な考え方ができます。その代わり、考え方がちがうので、けんかも増えます。そんな時でも、しっかり議論をして意見を合わせる必要があります。そのコントロールは難しいですね。
なぜ日本で学び、日本で働き続けているのか
ゾルタン氏:化学オリンピックで2位になったことで、ハンガリー国内の大学なら、どこでも試験なしで入学できたんです。
しかし、それではハードルがなさすぎてつまらない。海外に行こうと思って、スウェーデン、イギリス、アメリカ、日本の大使館を回ってみました。当時、日本のイメージは「ロボットとサムライの国」というものでした。
ほかの大使館は冷たかったのですが、日本大使館に行ったらお茶が出てきた。それから、「こんな奨学金制度があるから、ぜひ受けてください」と教えてくれました。それで、「日本、すごい!」って感じました。
400人に1人の奨学金でしたが、応募したら無事に受かることができました。そして日本に行ったら、サムライもロボットもいませんでしたが、人も自然も食事もいい。すっかりはまってしまいました。大学を卒業する頃には、そろそろ結婚したいなと思う彼女もいました。そこで、日本で就職することにしたんです。
しかし当時、外国人を受け入れてくれる日本企業はごくわずかでした。競争は激しかったのですが、ドメインネームや商標権を専門にしているコンサルティング会社に就職することができました。その会社では、データ処理、自動化などのスキルを身につけることができました。
その会社が、カンボジアに子会社をつくることになり、社内に公募が出たのですが、家族に相談せずに、すぐに応募しました。結果、カンボジアに派遣されることになり、カンボジアでゼロから会社を立ち上げて、現地の人材とともにデータ構築の業務を始めたのですが、本社の業績悪化で海外拠点を閉鎖することになってしまいました。
そこで、独立の道を選び自分で事業を始めました。カンボジアでAI系の企業を始めたのは、ぼくが最初だったと思います。2年ほどはなんとか会社を経営していましたが、手元の資金がなくなってしまいました。
そこでイングリウッドのカンボジア法人(当時)がカンボジア向けのECモールを立ち上げる予定で、投資してくれないかとお願いに行ったら、「投資することは難しいが、ちょっとした仕事をやってみないか」と紹介され、仕事の受注を頂きました。それがイングリウッドとの縁の始まりです。
データの専門家集団としての人材もそろってきた今、イングリウッドの未来をどう描いているのだろうか
ゾルタン氏:最終的には、AIチームが会社の頭脳としての中核になれたらいいなと思っています。テックは人です。いい人を集めることができれば、いいプロダクト、いいサービスをつくることができる。
勉強熱心で、どんどん自分でやるタイプの人を採用できるかどうかが、AIチームの命です。
AIのスキルセットはユニバーサルなので、今はECと広告のみであっても、今後は教育・金融・ロボティックス・ヘルスケアなどの分野に横展していきたいと考えます。これから、優秀な人たちをもっともっと集めて、いろんな会社のR&D機能を担う存在になれたらいいなと考えています。
取材・文 小島寛明
編集 AMP編集部
写真 西村克也
関連:
・イングリウッドが、15年も成長を続けられるその理由とは
・転職当たり前の時代に“社員教育”に力を入れる。イングリウッドCEO黒川氏の経営マインド