「英国で最も厳しい学校」が「国平均の4倍高い」成績を達成。その実態は?

学力評価で驚異のスコアをたたき出した「英国で最も厳しい学校」

教育についてちょっと考えてしまう話題が飛び込んできた。

その規律の細かさ・厳格さから「英国で最も厳しい学校」と称されていたMichaela school(ミカエラ中学)が、「貧困地域に位置する」「創立からわずか5年」というハンデを覆し、今年のイギリスの全国中等教育修了一般資格試験で全国でトップクラスに入る脅威の結果を叩き出して話題になったのだ。

同校生徒の成績は、54%がレベル7以上との判定(AまたはAプラス)で全国平均22%の2倍以上。

すべての教科の成績がレベル9以上の生徒の割合は18%と全国平均4.5%を大きく上回っており、イギリスのメディアは「『あの』ミカエラ中学が全国平均の4倍高い成績を記録」「タイガー・ティーチャーの勝利」と書き立てた。


全国学力テストの結果に喜びを爆発させる同校の生徒たち(公式HPより)

授業内容や選抜ではなくその「厳しい愛情」に基づいた超厳格な教育方針のみで生徒の学業成績を上げようとする同校の方針は設立当初から賛否両論の議論を巻き起こし、校長をして「教育よりも部外者からのクレーム対応の方がはるかに大変だ」と言わしめていた同校だが、今回の学力テストの結果に関係者は勝利の喜びを爆発させている。

ミカエラ中学の「普通ではない(イギリスでは)」規則と学校生活

各メディアでよく「unusual(普通ではない)」という冠詞付きで語られる、英国一厳しい同校の校則とポリシーとはどんなものなのか見てみよう。

まず全てのベースにあるのは、校長の「学校とは、教師から知識を学ぶ場所である」という信念である。生徒はその活動に意識を100%集中させることを求められ、妨害する可能性のある態度、行動、持ち物すべてが禁止されている。

そして全ての規則・課題に「言い訳なし(No excuse)」のポリシーが適用され、違反したり成果の乏しい生徒にはどんな事情があろうが例外なく罰(教室の後ろに立つ、居残り、反省文、家庭への連絡、指導など)が下される。

最も重視されるのは教師と学習への敬意と、それに基づいた態度。授業中の態度は「背中を丸める」「反抗的な表情をする」「机を指で叩く」「ものを没収される際にすぐに渡さない」などの細かな仕草からポイント制で減点され、マイナスが3ポイントに達すると罰が実行される。

ガムを噛んだら2ポイント、「持っていない」とうそをついた後に噛んでいるのが見つかったら3ポイントのサドンデスである。

すべての学習課題をこなすことにももちろん容赦はない。「宿題・文具を忘れる」「授業中の課題をやらない」は2ポイント、「遅刻」は遅刻した分数に応じて4ポイントまでが加算。

服装も1日に2回チェックされる。ネクタイなど制服のアイテムが欠けている場合は貸与もしくは家族に持ってきてもらうまで別室待機、コートやアクセサリーなど余分なものは没収、シャツがはみ出ていれば1ポイント減点。髪型も「学習にそぐわない」場合は減点。

持ち物も全て決まっており、校舎内で身に着けて持っていてよいものは「手指用の除菌ジェルとティッシュ、ヴァセリンかカルメックス(色も匂いもない)のリップクリーム、薬、電源を切った携帯、現金とオイスター(公共交通機関用ICカード)、保湿クリームのみ」、カバンに入れて持っていてよいものは「クシ・鏡・制汗スプレーや香水のみ」である(ここで『現金も香水もいいとかけっこう緩いじゃん』『保湿グッズにやたら寛容なあたり日本との気候の違いを感じるなあ』と思った日本人は筆者だけではあるまい)。

同校の雰囲気を象徴するとして最もよく引き合いに出されるのは「静かな廊下」と呼ばれるルールで、生徒は廊下では一切声を出してはならず、移動教室の際は廊下に描かれた線の上を歩く。「移動時間を最短にし、次の教室に到着するまで集中力を保つため」だ。

ランチタイムも例外ではない。6人の班ごとに分かれて協力して準備した給食を食べる間に話す話題は、「その日の学び」もしくは学校により決められた教育的な議題。


日本では普通だが、給食班・当番は欧米では珍しいのだ(同校公式Facebookより)

午前と午後のスナックも含め一日の給食代は2,5ポンドだが、給食費を滞納した生徒に罰として別室で給食を摂らせたことが社会問題になった(校長は『保護者も含め自己責任を学ばせるため』と説明し、謝罪はしていない)。

創立者(校長)の背景とポリシー

さてここで問題、この「イギリスで最も厳格な学校」の校長先生はどんな人でしょう?

ひげを蓄えた気難しい顔の白人老紳士を思い浮かべた人は筆者のお仲間だが、残念ながら不正解。ミカエラ中学の創立者であり現校長でもある別名「英国最恐の女校長」は、「女性・移民・有色人種・まだ40代・なのに保守派」という、意外が5拍子そろった人物だ。

しかしこの背景こそが、彼女を「英国で最も厳格な学校」の設立に駆り立てたともいえる。結論をざっくり言ってしまうと、彼女の原動力は「貧しい地域の有色人種の子どもは、社会からの善意の寛容によりそのポテンシャルを見過ごされている」という思いだった。


Katharine Birbalsingh氏(公式Facebookより)

ニュージーランドで生まれ、その後カナダを経て15歳でイギリスに移り住んだ同校創立者/現校長のKatharine Birbalsingh氏の父親はインド系ガイアナ人で猛勉強の末にイギリスの大学で教鞭を執った教育者、母親はジャマイカ人の看護師だった。

オックスフォード大在学中に体験プログラムで街中の貧困地区の学校で教壇に立った経験から教職を目指し、卒業後も同様の地区で中学校の教卓に立ちながら先生としての体験を綴るブログをスタート。

インテリ、教育者、女性、人種的マイノリティいう自らの属性から当然リベラルな左派を自認していたが、ブログ上での読者のやり取りの中で煩悶しながら自分の教育観は保守派であると自覚するに至る(同氏はキャリアのスタートから生徒には『厳しい愛情』をもって接し、子どもや保護者から好かれていた)。

特に貧困地区にある勤務校に有色人種の生徒が多かったことから、いわゆる「ブラック・パワー」を鼓舞する趣旨の教育者の集会にも頻繁に参加したが、そこで教育者たちが黒人の生徒に「貧しいから」「社会から差別されているから」「片親だから」と「できない言い訳」を与え続けている姿に強く疑問を持ち始める。

彼女の運命が大きく動いたのは2010年、イギリス保守党の集会でスピーチを行った時。

「英国の教育制度は崩壊している」「教育には自由と個性ではなく、秩序と競争が必要だ」と主張した彼女は保守派の政治家(や、その他同様のことを感じていても口に出せずにいた同業者)から熱烈な支持を得るが、その結果当時の職を追われたのみならず、今後一切公立校で教えることができなくなってしまった。

ちょうどそのころに英国政府が開始した「フリースクール(独立機関が政府から認可を得て学校を創立できる)制度」を利用して自身のポリシーに沿う私立学校を設立することを決意。2014年開校に至るが、その道のりは決して平坦ではなかった。同氏は初めての入学希望者説明会の様子をこう振り返る。

「黒人のシングルマザーたちが泣きながら『自分の子には、ナイフが飛び交ったりしない学校に行ってほしい。

まともな教育を受けてほしい。あなたの学校ならそれができるんでしょう? お願い助けて』と訴えている背後で、裕福そうなリベラル派の白人たちが私を頭の古い保守派となじり、ヤジを飛ばして私の話を妨害しているのです。

私はつくづく思いました、『この人たちは、黒人の子どもたちにはいつまでもかわいそうで、何もできず、自分たちの施しを受ける対象であってほしいのだ』と」。

開校には政府との間にも相当の戦いが必要だったという。

それからの5年間も絶えず社会から批判と疑問を投げかけられる中での学校運営に「精神を消耗してきた」Birbarsingh校長にとって、今回の全国テストで「同校の規律厳しい学校生活が学習効果を上げた」ことを証明できたことが、特別な意味を持っていたことは想像に難くない。

「言い訳なし」ポリシーの意義

さて、私たち日本人は基本的におそらくイギリスの一般社会よりはこうした集団規律の厳しい学校になじみがある。

それでも時代が下るにつれ個人重視に傾いていく教育の価値観は当然学校現場にもなだれこみ、集団指導という伝統的な役割と、一人一人の個性を伸ばすという新しいニーズの狭間で学校が疲弊している現実は、程度の差はあれ少なからぬ先進国が共通して抱える問題だ。

実際日本でも各地で学級崩壊が起きたり、ゆとり教育の弊害が叫ばれる中、主に指導困難校でゼロ・トレランス方式(1990年代アメリカで『割れ窓理論』に依拠して始まった、規律違反を一切許容しない教育方式)などの規律重視の方針が導入され、一定の成果が確認されている。

Birbarsingh校長が語る彼女の教育方針の意義は、第一に安全性の確保だ。ミカエラ中学の学校説明会のエピソードで地域の母親が心配していたような「ナイフが飛び交っている」学校では、学習以前に生徒の身の安全が保証されない。

同校のモットーは「知識は力なり」だが、今回のテストで「証明」されたような学習効果は、生徒の成功体験としての力も侮れない。

また、特に基本的なしつけができない家庭の多い地域において、社会的に望ましい態度や行動、ひいては価値観を涵養することの意義は大きい。規律を細かく守らせるということは、それだけ常に子どもたちに目を配り、手をかけるということだ。彼女はそれらを包括して「厳しい愛情」と表現している。

そういう意味では、ミカエラ中学はそのタイプの教育のメリットが大きい地域に開いたからこそ成功を収めたという見方もできるだろう。

実際校長はTVでのインタビューで「ミカエラ中学の地域のような30%の生徒が政府から給食代の補助を受けているような貧困地区以外でも、学校はミカエラ中学のようでないといけないと思いますか?」と問われ、「裕福な地域ではそうである必要はありません。そうであった方がいいとは思いますが」と答えている。

「子どもが世界一幸福な国」のとある校長のコメント

今回このニュースを読んで筆者は、現在生活する「子ども幸福度世界一(UNICEF・2013)」の国・オランダの教育者がこの件についてどんなことを思うのか興味がわき、オランダ南部にある小学校の校長・Peusie Tinnemans氏に話を聞いた。自称「古風な教育者」の彼女のコメントは以下の通り。
 
筆者:イギリスのミカエラ中学が、全国学力テストで好成績を収めて話題になっています。先生は個人的に彼らの教育方針をどのように考えていますか。

校長:私はオランダの中では「古き良き教育」の支持者なので、彼女の方針の多くを理解できます。子どもたちに快適な学習環境を提供するために、私たちも「平和な学校づくり」に心を砕いています。そのためには規律は重要です。特に多くの家庭が規律を重視しなくなった現代においては。

筆者:でも、この学校はミカエラ中学のようではありませんね? ファッションは完全に自由だし、行動規律も格段にゆったりとしています。

校長:それは私たちが「自律」を重視するからです。子どもたちは間違いから学びます。あのように一挙手一投足を規律で規定されたら、子どもたちはいつ間違いを犯せるのですか?

例えば私たちの学校には、「廊下で走ってはいけません」というきまりがあります。でも子どもなんて、そう言われても走るものです。それで転んだり、持っていたものを落としたりする。そこで子どもは初めて「だから走ってはいけなかったのか」と規律の意味を知るのです。

私たちが育てたいのは外からの命令で動くロボットではなく、自分の内側から湧くモチベーションによって望ましい行動をとる個人です。そのためには「制限の中の自由(マリア・モンテッソーリ)」が非常に重要なのです。

筆者:ある程度強制的に学習に集中させることにより、学業成績が上がることを歓迎する保護者も多くいると思いますが。

校長:みんなが学者になって社会が成り立ちますか? お勉強は、自分の持てる力を発揮するため、自分が最も得意なことを見つけるためにベストを尽くすものです。外部からの圧力によって無理やり引き伸ばすものではありません。

筆者:………(今まで子どもの学習教材の『学力がグングン伸びる』みたいなキャッチフレーズに弱かった自分が恥ずかしい…)

オランダの校長先生には、支持と一蹴を同時にされるような複雑なコメントを頂いてしまったミカエラ中学の教育方針。あなたはどう感じるだろうか? 今回は犯罪多発地域のケースだったが、逆に上流階級の子女を対象とした規律厳しい学校もヨーロッパには伝統的に数多くある。

筆者はニュースを見た時は戸惑ったが、色々調べた結果こんな学校がいいケースも確かにあるかもなあという感想を抱いている。まあなんというか、うちはどちらでもない庶民なので、子どもは普通の学校でいいですが。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit

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