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「ハーイ、シスター!」、2019年1月、イギリスのバーミンガムにある化粧品店「Morphe」から若い男性が出て来るやいなや、ショッピングモールに8,000人の少女たちの黄色い声が響き渡った。
その19歳の青年が今Z世代の女性を中心に大人気の美容系YouTuberジェームズ・チャールズであるとすぐにわかる大人は業界人を除いてそう多くはないはずだが、彼はYouTubeとInstagramのアカウントを合わせて3,000万人以上のフォロワーを抱える、その人気ぶりは社会現象といっても差し支えないほどのインフルエンサーだ。
男性の美意識の向上やLGBTQ+コミュニティーの拡大も伴い、化粧自体が男女両性のものという新時代に突入した。シャネルやジバンシーといったビッグネームもメンズ向けコスメ事業に乗り出し、アメリカ発のMilk Makeupなどジェンダーニュートラルなブランドイメージのコスメ企業の躍進が目立つ。
データ会社Editedによると、2019年のビューティー関連のマーケット規模は5,320億USドル(約59兆円)にものぼり、今後も拡大を続けると予測されている成長市場だ。アメリカのビューティーコンなど美容に特化したイベントは年々規模を増し、各企業が虎視眈々と商機を狙う。
美容市場が盛り上がる中、ジェームズ氏は抜群に優れた色彩感覚とメイクテクニックを武器に、顔をキャンバスに見立て、まるで舞台化粧のように奇抜を究めたメイクアップで一躍有名になった。
今この色彩溢れる「エクストリーム・メイクアップ」とも言われるメイク手法がZ世代の間で大人気だという。この新たなサブカルチャーがZ世代の心を捉えた理由とは。一方でそのカルチャーが生み出す弊害とはーー。
メイクの常識を覆す”ノー・ルール”な表現者たち
今はYouTubeなどの動画プラットフォームが発展したことも手伝い、メイクのチュートリアル動画を見たりユーザー同士で技術を教えあったりして、難しい技術を習得することが昔より容易になった。
むしろ、ティーンがメイクアップ技術を学ぶ際に利用するコンテンツのほとんどがYouTubeやInstagramだという。
アメリカを中心とした英語圏で人気なのが、同国のセレブリティ、カイリー・ジェンナーに代表されるような、丁寧に作りこまれたベースにシャープな眉、ふっくらしたリップといった”全方位完璧メイク”をレクチャーする動画アカウントで、毎日のメイクからちょっと気合を入れたいときまで使えるメイクテクが学べる。
もともと美容系のYouTubeチャンネルといえばこちらのタイプの方がポピュラーだった。新作コスメのレビュー動画を多く投稿し、自身がプロデュースするコスメブランドも好調な美容系YouTuberの王者ことジェフェリー・スター氏もそのタイプだろう。
一方、今人気が高まっているエクストリーム・メイクアップは、よりアーティスティックで独特な表現手法が特徴だ。
例えば、冒頭で述べたチャーリー氏が10月上旬にYouTubeに投稿したのは、彼が考案したスターバックスの裏メニュー「Pinkity Drinkity」をイメージしたメイクアップのチュートリアル動画。
この動画は公開後わずか2週間で360万回再生を記録。約22分の間にメイクアップの手法が解説されるが、彼のキャッチーなキャラクターや早口で明け透けなトークも面白く、彼が人気であるのも頷ける。
ジェームズ・チャールズ氏の「Pinkity Drinkityメイクアップ」。Pinkity Drinkityとはストロベリーアサイードリンクにココナッツミルクと水を追加したもので、彼のファンを中心にブームになっているという(ジェームズ・チャールズ公式Instagramアカウントより)
またジャスミン・アフマダ氏はメイクアップに昆虫の死骸を用いて自己表現を行うアーティストとして知られる。
彼女が用いるのは、ミツバチにカブトムシ、時にはタランチュラやサソリなど本来毒を持つものまで多岐に渡るが、全ての昆虫は既に死んだものを使用しており人道的に採集されたものだと公表している。
彼女の奇抜すぎるメイクアップ方法には賛否両論があるが、自身が運営するInstagramアカウントは6万2千人のフォロワーを擁する人気アカウントだ。
本物の蝶を目元にあしらったメイクアップ(ジャスミン氏公式Instagramアカウントより)
スピリチュアルムードもZ世代の価値観にフィット
フリマアプリ「Depop」上で”Facial Matter”名義で活動するカップル、ハナ・ローズ・ダルトン氏とスティーブン・ラジ・バスカラン氏もエクストリームなメイクアップと独特のファッションで、唯一無二の存在感を発揮している。
日本のホラー漫画からメイクアップのヒントを得ることもあるというダルトン氏は、エイリアンなどSF的な要素をベースに独自の世界観を築く。ある日の装いは、全身に白いエイリアンのようなメイクアップにグリーンのマント。
バスカラン氏は死神のような黒のケープを身にまとい、口から何かを垂れさがらせている。ハロウィンの仮装を意識したものかと思いきや、彼女らは年間を通してこういった装いを徹底しているという。
「ブームに便乗してインフルエンサーになりたい願望があるわけじゃない。ただ、これまでのメイクの枠組みから抜け出して自分を表現したいだけ。
私たちが内面に抱える恐れや不安を何かポジティブで美しいものに昇華したかった」とバスカラン氏はNew York Timesに語る。
グローバルトレンドを予測するWGSNでシニアビューティーエディターを務めるテレッサ・イー氏は、「若年層は昨今の経済的、政治的不安から脱却し自分を取り戻すために、スピリチュアルな経験を求めている」と語る。
世界観を完全に作りこむために、二人とも頭髪や眉はきれいに剃っているという。一回のメイクにかかる時間は3時間~5時間だとも(同氏公式Instagramアカウントより)
ブームの裏で問われるインフルエンサーの倫理観
一定の情報拡散力を手に入れた後、自身で商品のプロデュースを始める美容系インフルエンサーは多いが、一方でそのビジネスが問題視されるケースも散見される。
例えば、美容系YouTuberのジャクリン・ヒル氏が2019年5月に彼女のブランドからリリースした口紅は、発売後すぐに髪やプラスチック、金属片などの異物混入のクレームが相次ぎ、6月中旬には本人が謝罪動画を投稿、全消費者に返金と交換を申し出る事態へ発展した。
この一件はインフルエンサ-の倫理観が問われる大問題として取り上げられ、消費者側にもインフルエンサービジネスに潜む問題について再考すべきという風潮を加速させた。
ちなみに、ヒル氏が運営するジャクリンヒル・コスメティックのWebサイトは今でも閉鎖されたまま。失った信頼はまだ取り戻せていない。
また、インフルエンサーが自身のアカウントで商品を宣伝する代わりにブランドから広告料、もしくは無料で商品を受け取るマーケティングが一般的であることから、テレビCMなどと異なり広告と純粋な商品レビューの区別がつきにくく、ステルスマーケティングにつながりやすい問題をはらんでいる。
その対策として、アメリカの連邦取引委員会は強い影響力を持つインフルエンサーにはブランドから収入を得ていることを開示する警告を出し、イギリスの競争・市場庁(日本の公正取引委員会に該当)も、同国のセレブが有料で商品の広告をする場合には、その注釈をつける旨の取り決めを行った。
このように、同ムーブメントに付随するネガティブな側面も指摘され、透明性を向上させる動きもみられる。
影響力の大きいセレブが広告投稿である旨を明記しているインスタグラム投稿の例。写真はレディー・ガガ氏(レディー・ガガ公式Instagramアカウントより)
「人生はキャンバス。私は私のやりたいように色を重ねる」とはチャールズ氏の言葉。
このエクストリーム・メイクアップブームは、これまで多くのシーンでメイクアップが担っていた「マイナスをカバーする」機能やマナーという意味合いよりも、自己の内面を表現するツールとしての側面がよりメインストリームになってきたことを示唆している。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)