現在の小学生が大人になる頃には、65%の人が「今はまだ存在しない仕事」に就くと言われている。そのうちの多くは、プログラミングなどのコンピュータスキルを必要とするものになる見通しだ。

将来の「デジタルエコノミー」を見据え、欧米や韓国、中国などではすでに小学校からこうしたスキルを身に着けるプログラムが導入されている。中でもイギリスの「デジタル・スクールハウス」プログラムはゲーム産業組織が主導しており、子供達が遊びながら学べるプログラムとして注目されている。


イギリスの小学校で導入されている「デジタル・スクールハウス」プログラムで、子供達は遊びながらコンピュータスキルを学んでいる(写真:Digital Schoolhouse)

イギリスの小学校で「デジタル・スクールハウス」

イギリスでは56の小学校で「デジタル・スクールハウス(DSH)」というプログラムが導入されている。このプログラムは、遊びをベースとしながら小学生にコンピュータスキルを教授するというもので、学校での人材育成と産業界のニーズとのギャップを埋める試みだ。

英ゲーム産業組織の「Ukie」が運営し、同国のデジタル・文化・メディア・スポーツ省が支援している。すでに約6万人の小学生が同プログラムに参加し、7,600人以上の教師がサポートを受けた。

DSHは小学校に無料でダウンロードできるワークショップの教材を提供。子供達は遊びながらプログラミングやアルゴリズムのほか、インターネットやコミュニケーションのキーコンセプト、ハードウェアとプロセシング、データ表現(コンピュータがどのように情報を表示するか)、オンラインセーフティなど、デジタルスキルの基本を学ぶことができる。

これらのワークショップは必ずしもコンピュータを使ったものではなく、例えば、子供達は折り紙を折りながら、問題を解決するために正確に従うべき一連のルール、つまりアルゴリズムの原理を知る。また、「レゴ」を使ったワークショップは、各人に配られた6つのブロックを使って、「アヒルを作る」というというシンプルなゲーム。

これにより子供達はアルゴリズムや抽象化、論理的推論などを学ぶというものだ。また、プログラミングに必要な「配列」を学ぶために、簡単なストーリーの空欄を埋めるための単語のを並べるというワークショップもある。これは配列を学ぶと同時に、文法の理解や語彙の増加にもつながり、従来からの教育課程を含む形となっている。

DSHを取り入れた小学校の教員は同ブログラムについて、「とてもクリエイティブです。テキストの羅列だけでなく、それはカラフルで創造的でイノベーティブです」と、満足感を示している。

任天堂UKも参画、eスポーツ大会で人材育成


DSHの「eスポーツ」トーナメントには、任天堂UKが協賛。決勝戦は、プロが使う「Gfinity Esports Arena」が会場となる(写真:Digital Schoolhouse)

DSHには産業界からセガやUBISOFTなどが参画しているが、このたび任天堂UKがこれに加わり、注目を集めた。

同社はDSHを導入した小学校にハードウエアを提供するほか、12~18歳の中高生を対象に、対戦型オンラインゲームを競う「eスポーツ」の学校対抗トーナメントを主催する。そこでは任天堂のゲーム機「ニンテンドースイッチ」を使って、格闘型ゲーム『大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL』が競われる。

トーナメントでは、子供達はゲームで対戦するだけではなく、イベント全体の運営も担うことになる。

そこではチームマネジメントやイベントプロダクションのほか、学校のテクニカルスタッフとともにシステムの構成やセットアップを手伝ったり、コミュニケーションスキルや芸術的才能を生かして、学校のチームブランドを作ったりすることも含まれており、こうした体験を通じて、学生達はゲーム産業やeスポーツに必要な様々なスキルを身に着けることができる。

トーナメントのオーディエンスのうち20%は産業界から招待されることになっており、業界内のプロと学生が交流する場にもなっているという。

eスポーツ産業は、2020年までに売上高20億ドル(約2,100億円)に達し、オーディエンス人口は全世界で4億人を超えるとみられている。この成長産業を支える人材確保は同業界の大きな課題となっているが、学校対抗トーナメントを通じた学生達の反応は上々だ。

約2,000人の学生が参加した2018年のトーナメント後に実施された調査によると、同イベントへの参加を通じて「コミュニケーションスキル」と「チームワーキングのスキル」が向上したと答えた学生は、それぞれ75.5%、79.4%に上った。

また、「ビデオゲーム産業でのキャリアに対する関心が高まった」とする学生は87.9%、「コンピュータやコンピューティングへの関心が高まった」と答えた学生は93.9%に上った。2019年のトーナメントには、6,000人の学生の参加が見込まれている。

オランダのでも「コードアワー」


FUTURE NLのプログラミング教材。玩具や動画を使って楽しく(写真:FUTURE NLのホームページより)

教育にイノベーションをいち早く取り入れるオランダにも、遊びながらコーディングを学べるプログラムがある。

「FUTURE NL」財団が提供する「Codeuur(コードアワー)」というプログラムで、これは小学校から高校まで各校の申請に応じて、毎週金曜日の午前中、FUTURE NLが派遣した教員が無料でプログラミングの授業を行うというもの。

同財団は来るデジタル社会で役に立つ人材を育成するため、独自の学習ラインと教材を開発しており、学生だけでなく教員にもワークショップを通じて、コーディングなどのコンピュータスキルを教授している。

オランダの大手通信事業者KPNも同財団との協力で、プログラミング教育に貢献している。

同社は週1回、本社で開催する「School of Code(コードの学校)」に近所の50校から5〜6年生を招待し、コーディングを学ぶプログラムを実施。招かれた小学生達は2時間半のプログラムの中で、イギリスで開発された小さなコンピュータ「micro:bit」に指示を与えながら遊んでいるうちに、簡単なコーディングの基本を習得する。

KPNのネットワーク・ITディレクター兼CIOのBouke Hoving氏は、「オンラインワールドの成長は著しく、プログラミングへの需要もまた高まっています。

そのためKPNはオランダのすべての子供達にプログラミングやコーディングを知ってもらいたいのです。それはコードを入力できるということだけではなく、考え方も含みます」と述べている。

日本の小学校でスーパーマリオが活躍する日も?


「電気を無駄なく使うにはどうしたらよいかを考えよう」という理科の課題に取り組む小学生(写真:「未来の学びコンソーシアム事務局」ホームページより)

小学校教育にプログラミングやコーディングを取り入れる動きが広がる背景には、コンピュータスキルを持つ人材に対する世界的な需要の高まりがある。

また、パソコンやスマホ、各種電化製品など、我々の暮らしはデジタル製品に囲まれており、それらが機能する仕組みを知ることは、こうした製品やサービスを能動的に使って暮らすために必須となる。

アメリカの労働統計局によると、高度な科学技術の知識やスキルが必要とされる「STEM職種(STEMとは「科学(Science)」「技術(Technology)」「工学(Engineering)」「数学(Mathematics)」のこと)」に就く人は2018年に970万人、非STEM職種に就く人は1億5,100万人だった。2028年にはSTEM職種が8.8%増加、非STEM職種が5%増加すると見込まれている。

特筆するべきなのはその年収で、STEM職種の平均年収は8万4,880ドル(約900万円)と、非STEM職種の3万7,020ドルの倍以上。STEMの中でも特にソフトウエアやアプリの開発者は平均年収が10万3,620ドル(1,100万円)と高く、求人枠も大きい。

Googleと調査会社Gallupが2014年以来実施している共同調査によると、アメリカの小中学校(K-12 School:幼稚園から12年生までの公的教育機関)のうち、ウェブサイトやアプリ、ビデオゲームを作るためのプログラミングやコーディングを導入している学校は、2016年時点ですでに全体の40%に達した。

プログラミング/コーディングを使ったロボティクスやAIに関する授業は、全体の30%が導入済み。同調査からすでに数年が経過していることを考慮すると、現在の浸透率はさらに高まっていることが推測される。

世界的な潮流を受け、日本でもついに2020年から小学校でプログラミング教育が必修となる。

小学校にコンピューターを導入し、子供達に基本的なコンピュータの使い方や、プログラミングの基本などを学ばせる内容となる見通しで、文科省が発表した「小学校プログラミング教育の手引」によれば、プログラミングを通して正多角形を描いたり、リズムやパターンの組み合わせで音楽を作ったりすることが盛り込まれている。

欧米のようにゲーム産業とのコラボレーションについては賛否が分かれそうなところだが、せっかく「スーパーマリオ」を生み出した国。願わくば子供達が遊びながら楽しく学べるプログラムを導入してもらいたいものだ。

文:山本直子
編集:岡徳之(Livit