睡眠不足が国の経済にどのような影響を与えるのか。この疑問に米ランド研究所が興味深い推計を示している。

睡眠不足によって、労働者の健康状態が悪化するだけでなく、生産性が大幅に低下し、国の経済に大きな損失をもたらすというのだ。

その損失額は、調査対象となった国の中では米国が最大で、GDPの2.28%に相当する4111億ドル(約44兆円)が失われている。米国に次いで大きな損失を生み出しているのが日本で、その額は1380億ドル(約15兆円)。

このほか、ドイツ600億ドル(約6兆5,000億円)、英国500億ドル(約5兆4,000億円)、カナダ214億ドル(約2兆3,000億円)などと睡眠不足によって軒並み大きな損失を生み出している。

睡眠不足は世界的に広がる健康問題であり、これらの国々以外でも問題視されている。

クルーズ会社による世界睡眠不足調査

世界最大級のクルーズ会社プリンセス・クルーズと米調査会社ウェイクフィールドが2019年8月に発表した調査は、世界の睡眠不足問題に関する最新状況を伝えている。

今回で10回目となる同調査は、米国、英国、中国、オーストラリア、インドネシア、シンガポール、ベトナム、メキシコの8カ国・1,000人を対象に実施。

睡眠不足だと回答した人の割合が最大だったのは英国だ。実に66%が睡眠不足と回答し、昨年の63%から3ポイント上昇する結果となった。次いで睡眠不足の割合が高かったのはシンガポールで、61%が睡眠不足と回答(前年は62%)。

以下睡眠不足の割合は、オーストラリア59%、米国53%、中国51%、メキシコ44%、ベトナム37%、インドネシア35%となった。全体では52%が睡眠不足という。


プリンセス・クルーズ、ウェイクフィールによる睡眠不足調査(PRnewswireより)

全体の半数以上が睡眠不足という状況だが、どのように睡眠不足を解消しているのか気になるところだ。同調査で分かったのは、81%もの人々が有給をとって睡眠不足を解消していることが判明。

睡眠不足解消のための有給日数は国ごとに異なっている。有給日数最多は、ベトナム、中国、メキシコでそれぞれ10日。次いでインドネシア(9日)、シンガポール(8日)、オーストラリア(7日)、米国(7日)、英国(4日)という結果になった。

興味深いのは、英国の睡眠不足割合が66%で調査対象国の中で最大だったにもかかわらず、有給日数が最小となったことだ。

英国では、何らかの要因によって、睡眠不足になりやすく、睡眠不足解消のための有給も取りづらい環境が生み出されていることが示唆されている。

英国の睡眠不足が解消しないのは企業の「体育会系の体質」が理由?

英国では睡眠不足問題を悪化させる固有の問題があるのだろうか。

英国の睡眠不足問題に詳しいビッキー・カルピン教授が2018年3月に発表した著書『The Business of Sleep』では、同国の睡眠不足問題が詳細に分析されている。

カルピン教授は著書の中で、英国の睡眠不足人口の増加に触れ、歴史上これほど睡眠不足問題が悪くなったことはないと強調。

睡眠不足によって免疫力が下がり風邪をひきやすくなるだけでなく、うつ、脳卒中や心臓発作、さらには肥満、がん、糖尿病のリスクを高めると指摘している。

経済への影響については、英国では睡眠不足によっておよそ計20万日の労働日数が失われているという。

カルピン教授は、適切な睡眠が実現すれば、死亡率の低下や生産性の向上が期待でき、367億ポンド(約4兆9,000億円)〜500億ポンド(約6兆7,000億円)の経済損失を回避できると述べている。GDP比では1.36〜1.86%に相当する額だ。

英国の睡眠不足問題が過去最悪の状態になっている理由として、アルコール飲料の摂取、過剰な運動、カフェイン、騒音、子育て、シフト労働、電子機器の利用などさまざまな要因が出てきたことに加え、これらが複合的に作用していることが考えられるという。

一方でカルピン教授は、企業・組織における「体育会系の文化・体質(macho attitudes)」が睡眠不足問題を悪化させている最大の要因になっていると指摘している。睡眠不足や病気でも出勤したり、長時間労働を称える企業文化・体質のことだ。

上記で紹介したプリンセス・クルーズの調査では、英国が最大の睡眠不足国家である一方、睡眠不足解消のための有給日数では同国が最下位だった。カルピン教授が指摘する状況を如実に示している数字といえるだろう。

ちなみに体調不良でも出勤することは「presenteeism」と呼ばれ、英国では社会問題としてメディアに取り上げられることが増えている。

BBCは2019年4月に「The rise of ‘presenteeism’ in the workplace」と題した記事を公開。同記事が紹介した英・人事教育協会(CPID)の調査によると、回答者の83%が自分が働く企業・組織でpresenteeismを見たと回答、また25%が問題は悪化していると答えているのだ。睡眠や健康を軽視する傾向があることが見て取れる。


英国では体調不良でも出勤する「presenteeism」が社会問題に

カルピン教授が著書の中で引用している米睡眠財団(NSF)の統計によると、英国に加え米国と日本も睡眠不足問題が深刻であることが示されている。

睡眠時間が6時間未満の割合は、英国が16%であるのに対し米国は18%なのだ。日本は英国と同じ16%。7時間未満の割合では、日本が最大で56%。次いで米国が45%、英国が35%となっている。

米国人の平均睡眠時間は現在6.8時間。1910年の9時間から2時間以上も少なくなっている。また睡眠が6時間未満の割合は1985年比で、31%も増加しているという。

米国10代にいたっては、97%が推奨される時間睡眠できていないということなども調査で明らかになっている。

こうした国々では経済成長や生産性に関する議論は活発になされているようだが、それらに多大な影響を与える睡眠にはあまり触れられていない印象がある。

一方、カルピン教授など睡眠の重要性を説く専門家、睡眠の重要性を理解する人々、睡眠に関するトピックを扱うメディアが増えているのも事実。今後は生産性向上などに関して、企業側に睡眠の影響を理解する努力が求められるのかもしれない。

文:細谷元(Livit