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9月末、星野リゾートは、カジュアルホテル「星野リゾート BEB5 土浦」を2020年3月19日にオープンすると発表した。2018年3月に茨城県のJR土浦駅の駅ビル『PLAYatre TSUCHIURA(プレイアトレ土浦)』内に開業する。
同ホテルは、星野リゾートが展開する「BEB」ブランドとしては今年2月に開業した「星野リゾート BEB5 軽井沢」に続く2軒目となる。
この背景には、自治体との協業、そして国が「自転車」の活用を推進する動きがある。ここ数年で急速に広がりつつある「自転車」をキーワードにした新たなビジネスを紹介する。
星野リゾートの「BEB」ブランドとは、同社がこれまで展開してきた、星のや、リゾナーレ、界、OMOといったブランドに続く5つ目のブランドで、「居酒屋以上 旅未満 仲間とルーズに過ごすホテル」がコンセプト。若者が気軽に旅をし、仲間とゆったりくつろげるカジュアルなホテルを目指すものだ。
さらにその中で「星野リゾート BEB5 土浦」は、「ハマる輪泊」を合い言葉に、自転車好きのニーズにも応える宿泊施設を目指すのだという。
ちなみに「輪泊」とは星野リゾートによる造語で、自転車と宿泊を掛け合わせた滞在のこと。「BEB5 土浦」では、カフェなどを備えた24時間利用可能なパブリックスペース「TAMARIBA」などを館内に用意するほか、自転車を持ち込んでチェックイン・チェックアウトができたり、サイクルルームには愛車を部屋に持ち込んで壁面のラックに飾ることができたりするそうだ。
また、愛車メンテナンスサービスのほか、キッズ自転車デビュー、ダイエットライドなどのオリジナル宿泊プランも検討中とのことである。
官民一体で「自転車」を核に地域活性化を目指す
すぐ東に霞ヶ浦が広がり、北西に筑波山を望むJR土浦駅は、霞ヶ浦周回コースと筑波山ヒルクライムコースをつなぐ全長180kmのサイクリングコース「つくば霞ケ浦りんりんロード」の起点だ。
東京都内から電車で1時間ほどの場所にあり、もともとサイクリストに人気の場所でもある。
「BEB5 土浦」が開業予定の駅ビル「プレイアトレ土浦」は、従来の駅ビル「ペルチ土浦」をコンバージョン(用途変更)してつくられたもの。「日本最大級のサイクリングリゾート」をうたい、サイクリングを楽しみに訪れる人たちの“ベースキャンプ”という位置づけで2018年3月に開業した。
シャワールームやコインロッカー、レンタサイクル、サイクルショップ、サイクルカフェなどが段階的に設置され、最後に来春、「星野リゾート BEB5 土浦」が宿泊施設として加わって、全館グランドオープンを迎える形だ。
この「プレイアトレ土浦」はJR東日本、茨城県、アトレが運営している。サイクリングリゾートをつくる構想全体が、官民一体となった地方創生の新しい試みでもあるのだ。
茨城県は2018年6月から「いばらき自転車活用推進計画」の検討を進め、今年の3月に策定を発表。2019〜2021年の3年計画で、自転車を核とした地域活性の取り組みを推進中だ。
また、「BEB5 土浦」は、茨城県が訪日外国人等の獲得や観光消費の増加を図ることを目的に2018年度に新設した「茨城県宿泊施設立地促進事業補助金」の第1号に認定され、県は今後約1億円の補助金拠出を見込んでいるとしている。
国を挙げてのサイクルツーリズム推進の動き
このように「自転車」を地域の観光の促進に生かそうとするサイクルツーリズムの動きは、地方自治体にとどまらない。
国土交通省は9月9日、「ナショナルサイクルルート制度」創設と、「つくば霞ヶ浦りんりんロード(茨城県)」、琵琶湖を一周する「ビワイチ(滋賀県)」、「しまなみ海道サイクリングロード(広島県、愛媛県)」の3ルートを第1次ナショナルサイクルルート候補に選定したことを発表した。
今後、第三者委員会の審査を経て、正式に指定される見通しだ。
選定は「ルート設定」「走行環境」「受入 環境」「情報発信」「取組体制」の5つの観点で行われ、「ナショナルサイクルルート」に指定されると、国や日本政府観光局から、プロモーションや支援金などを受けられるほか、指定されたルートを擁する自治体は、国内外からサイクリスト誘致のために今後策定されるロゴマークやナショナルブランドを活用できる。
国土交通省は、ナショナルサイクルルート制度創設の趣旨を、「自転車活用推進法に基づき、自転車を通じて優れた観光資源を有機的に連携するサイクルツーリズムの推進により、日本における新たな観光価値を創造し、地域の創生を図るため」と説明している。
この冒頭にある「自転車活用推進法」とは、2017年5月に施行された、新しい法律だ。施行時にもあまり大きく報道されなかったため、知らない人も多いかもしれない。
第1条には目的・背景が書かれているが、要約すると「自転車は極めて身近な交通手段で、環境に負荷をかけない乗り物である。災害時の移動手段として期待できるほか、健康にもよい。
だからもっと自転車を活用しましょう」というもの。そして、自転車の活用を総合的かつ計画的に推進するために、国や自治体、事業者、国民の責任と義務を明文化し、自転車活用推進本部の設置を定めたのが、この「自転車活用推進法」なのである。
その中で、自転車専用道路・駐輪場・シェアサイクル施設などのインフラ面の整備や、公共交通機関との連携促進、観光客の来訪など地域活性化につながる施策への支援など、15項目にわたる具体的な方針をうたっている。
サイクルツーリズムの成功例「しまなみサイクリングリゾート」
「プレイアトレ土浦」「星野リゾート BEB5 土浦」のオープンは、こうした機運に乗じた動きだといえるだろう。ただ、法律ができたからという理由だけでいきなり自転車にスポットライトが当たっているわけではない。
しまなみ海道 サイクリングマップの一部
ナショナルサイクルルート候補に選ばれたうちの1つ、広島県尾道市から愛媛県今治市へ通じる「しまなみ海道サイクリングロード」は、2000年代から日本初の「海峡を横断するサイクリングロード」として知られ、「一度は走ってみたい」全国のサイクリストの聖地となっている。
日本の自転車道の中で初めて『ロンリープラネット』『ミシュランガイド』の両方に掲載されたほか、2014年にはCNNから世界7大サイクリングルートに選定され、広島県・愛媛県とで官民一体となったサイクルツーリズムによる地方創生・インバウンドの好例とされている。
日本各地には、40年以上前の1973年から整備されてきた「大規模自転車道」が135ルートある。今後この中から、既存のインフラをベースにサイクルツーリズムによる地域活性化を狙う自治体が出てくる可能性は大きい。
「バイシクルフレンドリー」がキーワード
JR東日本は2018年1月から「BOSO BICYCLE BASE(房総バイシクルベース/略称:B.B.BASE)」の運行を始めた。
B.B.BASEとは、東京・両国駅を起点に千葉県の房総地区を走る、自転車をそのまま車内に持ち込める電車のことだ。土日祝日に運行している。
通常、自転車を電車に持ち込む場合、分解するか折りたんで輪行袋に収納しなければ持ち込めない決まりだが、B.B.BASEには車両内にサイクルラックがあり、スタンドが付いていないスポーツ自転車を立てて置ける。
今年の5月には群馬県高崎市で行われた「榛名山ヒルクライム」の開催に合わせて、B.B.BASEが初めて群馬への乗り入れを実現した。両国駅にはレンタルサイクルのサービスを始め、本格派のサイクリストから、旅先でちょっと自転車に乗ってみたい人まで人気を博している。
電車となると大がかりな例だが、それ以外にも「バイシクルフレンドリー」「サイクリストフレンドリー」をアピールして集客を図るカフェなどの飲食店が都内やサイクリングロード沿いのエリアを中心に増えてきている。
今年の2月、埼玉県・越谷市観光協会は市内の平坦な地形を生かし、地元の自転車メーカーなどと連携して「こしがやサイクルカフェ」を始めた。市内の10店舗が「登録カフェ」となり、同協会からはそのことを示すタペストリーや、サイクルラック、修理工具、空気入れなどの備品が貸し出される。
ロードバイクには通常スタンドが付いていないため、壁などに立てかけるかサドルを引っかけるラックがないと駐輪できない。そして数km、長い場合は100kmを越えてペダルを漕ぐから、たいてい大汗をかいている。ペダルと靴を固定するビンディングシューズの底には固い金具が付いており、床の材質によっては傷を付けてしまう。
そんなことから、サイクリストは飲食店には歓迎されない傾向が一部にはあったし、サイクリストの側も利用を遠慮していたところがある。そこへ、自転車をかけておけるサイクルラックを店の前に置き、「サイクリスト歓迎」をうたう店があれば、彼らは率先してその店に向かうだろう。サイクリスト同士のコミュニティでの口コミ効果も期待できる。
サイクルツーリズム市場のポテンシャル
自転車をレジャーとして楽しむ人に向けて、レースイベントやツーリング、観光サイクリングまでさまざまなコンテンツを発信している「ツール・ド・ニッポン」(一般社団法人ルーツ・スポーツ・ジャパン)は、平成30年度観光庁「テーマ別観光による地方誘客事業」の一環として「サイクリスト国勢調査2018」を実施し、その結果をレポートしている。
この調査は、「サイクルツーリズム」を「『⽣活圏ではない地域』を訪れ、⾃転⾞で⾛ること」と定義した上で、15〜69歳の男女を対象に実施された。
調査結果レポートによると、サイクルツーリズムを経験したことがある人は約4,143万⼈、そのうち1年以内に経験した人は約1,581万⼈いるという結果だった。また、サイクルツーリズムで地域を訪れる際の予算は、1人につき、1回当たり平均約3.1万円だという。
「サイクリスト国勢調査2018」より
訪れた先で宿泊施設や休憩施設などを選ぶ時には、「価格が安いこと」を最も重視しながら、「⾃転⾞を安全に保管できること」や「フリーWi-Fiが利⽤できること」といった設備⾯についても重視度が⾼い。また、「その⼟地ならではの名物」を求める観光要素の重要性も示唆された。
さらに、サイクルツーリズム経験者は、⾛った地域について、84%が「⾃転⾞でまた⾛りに来たい」と考え、 また、77%が「この地域のことを友⼈にお薦めしたい」、69%が「⾃転⾞以外でまた観光しに来たい」と考えているそうだ。
自転車は一番身近で、手軽な乗り物・交通手段。ママチャリと呼ばれる軽快車に乗る人まで含めれば、自転車人口の裾野は広く、彼らがサイクルツーリズムの観光客に転ずるポテンシャルは小さくないはずだ。
サイクリストの視点で、彼らがどのような不便を感じているかを考えてみると、新たなビジネスチャンスが見えてくるのではないだろうか。
文:畑邊康浩