「起業国家」と呼ばれるイスラエルでは毎年1,000社以上のスタートアップが立ち上がり、その数は現在6,400社あるといわれている。強力な理系教育基盤に加え、テクノロジー企業を育成するエコシステムを有しているため、そのほとんどがハイテク企業で占められている。

世界的にテック人材が不足しているといわれているが、イスラエルのスタートアップ動向の活況ぶりを見ていると、この国ではテック人材が十分に供給されているような印象を受ける。

しかし実際のところは、活況している反面、テック人材需要の急速な高まりや優秀人材の海外流出などによって他国と同じようにテック人材不足問題に直面しているという。

一方、政府主導で人材不足を補う取り組みが増えており、起業国家がどのようにテック人材不足問題を乗り越えるのかに注目が集まり始めている。今回は政府の労働統計や調査を参考に、イスラエルのテック人材を取り巻く状況がどのようになっているのか、その実態に迫ってみたい。

ハイテク人材30万人超えたイスラエル

まずイスラエル・イノベーション庁が2019年8月に公開した統計から見ていきたい。この統計は2018年末までのデータがまとめられている。

それによると、2018年イスラエルの労働人口に占めるテック人材の割合は8.7%で、前年から0.4ポイント上昇したことが分かった。ここ10年8%ほどで推移しており、2018年は若干増加した格好となる。

同年にハイテクセクターで雇用された人数は1万9.000人。このうち70%以上、1万4,000人がソフトウェア分野での雇用となった。ソフトウェアは、ハイテクセクターの中でも最大のサブセクターだ。2019年半ばのハイテクセクターにおける人材数は30万7,000人と推計されている。


イスラエル・ハイテク人材数の推移(イノベーション庁ウェブサイトより)

イスラエルの全人口は約900万人。それに対して30万人、約3%がテック人材ということになる。この比率を日本に当てはめてみると、テック人材数は400万人に達する計算になる。経産省のレポートによると、日本のテック人材供給数は約100万人。テック人材の定義に相違があるため、直接的な比較はできないが、ざっくり見積もってもイスラエルのテック人材比率はかなり高いであろうということが分かるのではないだろうか。

そのイスラエルでもテック人材不足は避けて通れない問題のようだ。

イノベーション庁と同国非営利組織・起業国家セントラルなどが2018年に実施した調査で、そのことが浮き彫りになっている。この調査はイスラエルのテック・スタートアップの人材需給状況を分析するために実施されたもの。

同調査によると、2018年第2四半期時点では1万4,083〜1万6,495件のテック求人があったと推計された。平均1万5,289件のポジションが埋まっていない可能性があるということだ。前年の推計値である1万2,000件を超えており、テック人材需要の高まりに供給が追いついていないことが示唆されている。

どのようなポジションが埋まっていないのか。最大はソフトウェア/プロダクトインフラで、全体の31%を占めていた。このほか、データサイエンス/機械学習(12%)や電子工学(9%)などが高い割合だった。

セクター別で見ると、どの分野で人材不足が発生しているのかが一目瞭然だ。最大はフィンテックで、空白ポジション全体のうち15%を占める結果となった。このほか、サイバーセキュリティ(9%)やバイオメディカル(9%)でも人材供給が足りていないことが判明した。

人材コストの上昇具合からも、労働市場の逼迫度を推察することができる。イスラエル労働市場の賃金は、10年以上右肩上がりで上昇している。2003年を100%とした場合、2016年非ハイテクセクターの賃金上昇は140%。

一方、ハイテクセクターはそれを上回る157%だったのだ。この計算には家賃補助などは含まれていない。イスラエルのハイテクセクターでは一般的に手厚い補助が支払われるため、実際には人材コストはさらに高くなっている可能性があるという。


イスラエルの賃金水準(イノベーション庁ウェブサイトより)

人材不足、イスラエルでは需給の急速な伸びが主な要因に?

人材不足を考えるとき、それが需要の伸びで起こっているのか、供給側の問題で起こっているのか、またはこれらのコンビネーションなのかを知ることが必要だ。イスラエルにおいては、ハイテク人材を輩出する教育インフラは整っており、供給側の問題であるとは考えづらい。

実際、ハイテク分野の大学卒業生の数は、2007〜2009年に落ち込むものの、2010年頃から上昇に転じ、2017年には2004年につけたピークに近い水準に戻っている。

どちらかというと、需要の急速な伸びがイスラエルのハイテク人材不足の主な要因になっていると考えられる。この数年でベンチャーキャピタル投資だけでなく、インテルやグーグル、マイクロソフトなどの大手テクノロジーのプレゼンスが急速に伸びているからだ。

VC投資は2010年10億ドルほどだったが、2017年には50億ドルと5倍増加。大手企業の研究開発拠点の数は2000年に60ほどだったのが、2012年には200を超え、2018年には425に達したのだ。

たとえば、インテルはイスラエル国内で7,000人、マイクロソフトは1,200人、アップルは1,000人、グーグルは800人、IBMは600人を雇用しているといわれている。

またアマゾンもイスラエルでの人材獲得に力を入れ始めたとの報道もある。

起業国家セントラルの調査では、企業規模別に見た場合、人材不足は50人以下の企業でもっとも深刻であるとのデータが示されている。大企業とスタートアップの間でハイテク人材獲得競争が激化していることが考えられるのではないだろうか。

このほか、イスラエルでは修士号や博士号を取得したハイテク人材が国外に流出し始めており、これが人材不足問題を悪化させるかもしれないとの指摘もなされている。

一方、イスラエル政府はハイテク人材不足を認識しており、問題解決のための取り組みを加速させている。

その1つがこれまで同国のハイテクセクターで存在感が小さかったコミュニティを支援し、同セクターにおけるプレゼンスを高めようという取り組みだ。たとえば、イスラエルの民族構成は74%をユダヤ人が占めている一方、約21%はアラブ系。このアラブ系の人々のスキル向上や起業支援を推進しているのだ。

また、ユダヤ系の中でも少数派である超正統派(ユダヤ系住民のうち8%)や女性のコミュニティに対する支援も実施しているという。

冒頭で紹介したイノベーション庁の統計は、イスラエルのハイテク人材増加スピードはこのところ加速傾向を強めていることを示している。政府のハイテク人材育成の取り組みは、人材需要の急速な伸びにどこまで対応できるのか。人材不足に悩む世界各国から注目されることになるだろう。

文:細谷元(Livit