米中貿易摩擦の長期化が予測されるなか、中国に製造拠点を構えている国内外の企業は東南アジアへの移転を検討しているといわれている。これをきっかけとして中国−東南アジア間の経済活動がさらに飛躍する可能性がある。
ASEAN(東南アジア諸国連合)を専門とするシンクタンクAMROがこのほど発表したレポートによると、2018年中国の対ASEAN投資はストックベースで1,500億ドル(約17兆円)に達する見込みだが、米中貿易摩擦の影響で2035年には3倍以上拡大し5,000億ドル(約56兆円)近くに達する可能性があるという。一方、ASEANから中国への投資も2018年の600億ドル(約6兆7,000億円)から2035年には2,000億ドル(約22兆4,000億円)に達する見込みだ。
すでに韓国のLGとサムスンは関税を避けるために、中国の製造拠点の一部をベトナムに移転したと報じられている。また中国から東南アジアへのシフトを検討する香港企業が増えているともいわれている。
中国の東南アジア投資に関しては「一帯一路」構想の下、この数年着々と基盤が整備されてきたが、貿易摩擦の悪化により想定以上の規模に拡大する可能性が見えてきた格好となる。ロイター通信が2018年1月に関係筋の話として報じたところでは、中国輸出入銀行が支援する東南アジア特化型ファンド「中国・ASEAN投資協力ファンド(CAF)」が目標調達額を当初の10億ドル(約1,120億円)から3倍の30億ドル(約3,360億円)に引き上げるという。
中国からシンガポールへのコンテナ輸送日数は4週間から1週間に大幅短縮
このように中国−ASEAN間の投資の活況が予想されるなか、モノの輸出入に関しても新たな貿易ルートが開設され、中国−ASEAN間の貿易、さらには欧州−中国−ASEAN間の貿易が一層拡大する可能性も見えてきた。
シンガポールと中国・重慶市が共同で進める「重慶コネクティビティ・イニシアチブ−南方回廊(Chongqing Connectivity Initiative – Southern Transport Corridor = CCI- STC)」プロジェクト。「蘇州インダストリアルパーク」「天津エコシティ」に続く、中国とシンガポールの3つ目の共同プロジェクトだ。
CCI−STCは、鉄道と船舶による陸海複合輸送ルートで、これまで3〜4週間かかっていた重慶−シンガポール間の輸送日数を1週間にまで短縮することが可能となった。シンガポール地元紙ビジネスタイムズによると、今後税関プロセスのデジタル化などを進め、所要日数を1週間からさらに2日短縮し5日を目指すという。
これまで重慶からシンガポールへのコンテナ輸送は、重慶から中国国内の川をフェリーで下り、上海の港でコンテナ船に積み替えられシンガポールに輸送されていた。内陸部の重慶から西部の上海までその距離は1,800キロメートル以上。この距離をスピードの出ないフェリーで輸送していたため多大な時間を要していた。
新ルートでは、重慶から中国南部に位置する広西チワン自治区の港まで鉄道で輸送できるようになり、大幅な時間短縮を実現。またチワン自治区は中国南部に位置し東南アジアに近く、海上輸送距離は上海から出発するより2,000キロメートル以上短縮されることになる。上海から欽州市までは陸路で約2,200キロメートル。
新ルート開設によって大幅な時間短縮だけでなく、輸送コストも大幅減が見込まれ、今後シンガポールを通じた中国−ASEAN貿易の一層の拡大が見込まれている。特にフルーツや食肉など鮮度が重要となる商品の輸出入が増えると予想されている。
また重慶は欧州−中国間鉄道の重要拠点となっており、重慶を介した欧州−ASEAN貿易の促進につながる可能性もある。欧州側ではドイツ・デュースブルクが欧州−中国間鉄道の拠点となっており、現在デュースブルクと重慶を行き来する列車と物資の量は数年前に比べ大幅に増えている状況だ。
米国シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)によると、10年前欧州・中国間における直通列車の数はゼロだったが、現在では欧州34都市と中国35都市が鉄道網で結ばれ、2017年には中国から欧州へ1,470本、欧州から中国へ730本の直通列車が運行されたという。
また中国新聞網は、2016年コンテナ列車による欧州からの自動車輸入は1,000台を超え、輸入額は2億9,300万元(約47億円)に達したと伝えている。2014年は数十台のみだった。
欧州−ASEAN間の貿易に関して、2017年3月に自由貿易協定(FTA)の交渉が再開され、さらに2018年7月にはFTAの具体的な枠組みに関して話し合いを進めるとの報道があり、両地域の貿易は拡大に向けた機運が醸成されているところだ。
一方、新華社通信によると中国−ASEAN間の2017年の貿易額は、前年比13.8%増の5,148億ドル(57兆6,500億円)となり過去最高を記録。また、成長率は中国の貿易相手国・地域のなかで最大となり、こちらも活況の様相を見せている。
シンガポール銀行UOBの予測によると、ASEANの総人口は現在6億4,300万人だが、2030年には7億4,900万人に増加、GDPは2兆8,000万ドル(約313兆円)から6兆6,000万ドル(約740兆円)に拡大する見込みだ。また2030年の1人あたりGDPはシンガポールが8万ドル、マレーシアが2万ドル、タイが1万ドルなどと現在比で2倍近く増加するという。OECDの予想では、2022年までにASEANでは平均5%以上の経済成長が見込まれており、ASEANの市場としての価値は今後さらに高まっていくことになる。
ASEANはもともと米国の影響が強かった地域だが、中国の影響力が強まり米国のプレゼンスは相対的に弱まっている。外交メディア・ディプロマットは、ASEANにおける米中の競争は始まったばかりだが、両国ともに有利・不利な点を抱えており、どのような展開になるかは未知数だと指摘している。中国、欧州、米国による働きかけが一層強くなることが予想されるASEAN、経済だけでなく政治の面でもダイナミックな変化が起こっていくことになるはずだ。
文:細谷元(Livit)