国内屈指の化学メーカー「花王」。洗たく洗剤「アタックZERO」、ヘアケアシリーズ「メリット」などで知られ、多くの人が製品を手にしたことがあるはずだ。

その花王がいま力を注いでいるのが「ESG(環境・社会・ガバナンス)戦略」だ。2018年7月にはESG部門を立ち上げ、2019年4月22日には独自の戦略プランである「Kirei Lifestyle Plan(キレイライフスタイルプラン)」を発表し、人や環境に配慮した“よきモノづくり”を加速させるとしている。

花王のESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」にまとめられたアクションとは

9月26日、花王株式会社の本社ビルにて戦略の具体的な内容について紹介する発表会が行われた。社長執行役員の澤田道隆氏は、まず「2025年、2030年を見据えた継続的な成長のための基盤構築が必須」と語った。

澤田氏「私たちは花王の使命である『豊かな生活文化の実現』を使命としてこれまで企業活動を行ってきました。しかし、この使命をこれからも果たすためにはその手段を時代の変化に合わせて変えていく必要があります。その変化に対応できない企業は取り残されるでしょう」

気候変動や海洋ゴミ問題などが連日ニュースでも取り上げられ、環境への関心は大きく高まっている。またテクノロジーの発展や価値観の多様化など、社会や人も加速度的に変化しているのだ。

澤田氏「こうした変化に対応するため、花王らしいESG戦略として『Kirei Lifestyle Plan』を公表しました。人・社会・地球の3テーマについてのアクションプランを4つ、また花王の企業理念の根幹をなす『正道を歩む』にもとづいた7つのアクションプランを策定し、各部門で取り組みを進めています」


花王が発表した 『Kirei Lifestyle Plan』

「Kirei Lifestyle Plan」実行のために必要な3つの決意

また、戦略は掲げるだけでなく、実行されることが必須だ。澤田氏は今回のESG戦略を実行するためにある決意表明をした。

・これまでのありかたを抜本的に変える
従来の手法の積み上げだけでは限界があり、解決困難な課題も生まれている。異なる視点から突き抜けた取り組みに挑戦する必要がある。

・廃棄まで責任をもつ
「製品の開発から製造・販売」で終わりではなく、その先の「廃棄」にまで責任を持ち、リサイクル技術の研究や環境に配慮した製品設計を行う。

・ESG本質研究によって社会にインパクトを与える
本質研究によってもたらされるイノベーション「Kireiイノベーション」によって事業領域を拡大する。

澤田氏「特に3つめの本質研究については、これまで花王としてまとまった形で取り組めていませんでした。研究予算のうち半分は基礎研究に振り分けていますが、この研究もどちらかといえば製品開発のためのもの。今後はよりESGを意識し、社会や地球にやさしい技術づくり『Kireiイノベーション』に取り組んでいきます」

ESGを意識した3つの「Kireiイノベーション」

Kireiイノベーションへの取り組みは既に始まっている。Kireiイノベーションの注力アクション第一弾として挙げられたのが「リデュースイノベーション」「リサイクルイノベーション」、そして「ソーシャルイノベーション」の3点だ。

●リデュースイノベーション

花王の「リデュース(ゴミ削減)」への挑戦は、プラスチック量の削減が主眼といえる。

澤田氏「製品に用いるプラスチックを薄くしたり、詰め替え製品の販売促進などはこれまで通り続けていきます。さらに今後はプラボトルレス化の加速、店頭で販促に用いられるプラスチック製アイキャッチシールの使用廃止、廃棄物ゼロ化、ホワイト物流促進の4点にも注力していきたいと考えています」

花王では詰め替え容器の利用促進や製品の濃縮によるコンパクト化によって、プラスチック容器包装材料の使用量を大きく削減してきた。それだけでなく、さらに本体容器を減らすとしている。

澤田氏「詰め替え容器をそのまま本体ボトルのように使えるような製品開発を進めています。『AFB Air-in Film Bottle』のように、容器に巻いた薄いフィルム内に空気を入れることであたかもボトルのように自立するもの、また詰め替え容器から1回分の適量を出せるポンプなど、詰め替え容器だけで使用できる製品を増やしていきます」

詰め替え容器は日本での普及率は80%以上と一般的なものになっているが、世界では未だに本体ボトルが主流の国も多いという。グローバルな問題解決のためにも、海外向けにこれらの詰め替え容器の販売に乗り出したいと語った。

澤田氏「CO2削減の観点から、店頭で使用するプラスチック製アイキャッチシールや短期使用の販促物も廃止していきます。購買にもつながる重要なツールでは非常に重要ですが、デジタル技術で置き換えるなどの施策を打ち出していく予定です」

廃棄物ゼロ化については、店舗からの返品時に発生する商品のムダ、さらに廃棄=焼却にかかるコスト面からも減らしていく必要があるという。これまでの「在庫を切らさない」価値観から脱却し、出荷数や商品の切り替えタイミングなどを正確に分析することで在庫過剰による廃棄を減らしていきたいとした。

澤田氏「商品を全国へ届ける物流システムにも見直しの余地があります。我々だけでなくあらゆる業界の課題ですが、とにかく早く届けることが価値とされている状況で、モノが多くてトラックとドライバーが足りていません。より計画的に輸送量とスケジュールの調整を行えば、14~15%ほど車両の台数を減らして運用できるという試算があり、物流のホワイト化にも取り組んでいく必要があります」

●リサイクルイノベーション

ゴミを減らすとともに、リサイクルの促進も忘れてはならない。

澤田氏「プラスチック問題は量を減らすことに目がいきがちですが、プラゴミを完全にゼロにすることはできません。また、プラスチックは排出される限り環境中に蓄積されていきます。それをリサイクルする以外に解決策はありません」

プラスチックは原料から製品となって販売され、使用され、消費者のもとで役目を終える。もちろん多くの自治体ではプラスチックの分別回収も行われているが、日本ではほとんどのプラスチックが焼却され、残りも埋め立て処理されるかもしくは海へ流出している。

澤田氏「日本で廃棄されたプラスチックは2017年の時点でおよそ420万トン。プラスチックがゴミにならず再生利用される『プラスチック循環社会』の実現には、プラスチックの“使用”のフェーズからいかにゴミ化させずに分別・回収とリサイクルへと動かすかがカギになります」

年間約60万トンになる飲料用のペットボトルは、ボトルからボトルへリサイクルしようという動きが活発になっており、花王グループでも基礎技術をはじめリサイクルイノベーションへ向けた研究を進めているが、これらの取り組みには消費者による理解の向上も必要になるという。

澤田氏「プラスチックは軽くて強くて加工しやすく、そして安価なことが大きな特徴です。ところが、再生プラスチックはコストがかかっている分値段が上がり、また質も下がります。例えば透明なプラスチックは再生をくり返すと濁っていきます。これをどこまで許容できるか、安全性は保証できるか、そして誰がリサイクルのコストを負担するのか、といった課題をクリアする必要もあります」

●ソーシャルイノベーション

3つめのアクションとして掲げられた「ソーシャルイノベーション」。これまでに行われてきた本質研究の活用領域を広げ、生活者のQOL向上をめざすというものだ。

澤田氏「非常に難しいですが、これも果敢に取り組んでいきます。我々はこれまで『清潔・美・健康』の3点から研究開発を行ってきました。それらの技術を新たな視点から、新たな分野へと応用していきたいと考えています」

2018年11月に「技術イノベーション説明会」で公開され、大きな話題を呼んだ“皮膚”のような極薄フィルム「Fine Fiber(ファインファイバー)」は製品化の直前段階までブラッシュアップが進んでいるという。また、皮膚の状態から皮膚疾患リスクを判定する「RNA Monitoring(RNAモニタリング)」も応用技術の実用化も目前だ。


花王が以前発表した 『Fine Fiber』

澤田氏「清潔・美・健康を広げていくと、その境界にある領域でトライできることが増えていきます。例えば『清潔』と『美』の境界にある『衛生』領域に切り込むことも可能です」

衛生領域に属する『感染症予防』について、これまで花王の事業としてはあまり深くアプローチしてこなかった。インフルエンザなどのウイルスは口や鼻から喉に吸着し増殖する。そこで、喉にウイルスの吸着をさせないために“バリア”を張れば発症を防げるのではないかと考え、研究の末に唾液中の抗インフルエンザウイルス成分の特定にいたった。こうした研究の成果を活かし、消費者の生活に役立っていきたいと締めくくった。

事業領域の拡大とともに、外部との連携も重視

清潔・美・健康の3つの価値観から事業を展開し、国内でも指折りの大手メーカーとなった花王。ESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」のもと、これらの3分野をさらに深化させていくとともに、その境界にあるプレミアムトイレタリー領域(清潔+美)、治療・医療領域(美+健康)、衛生領域(清潔+健康)にも期待ができる。

澤田氏「さらにこれらの領域の外側にもさまざまな可能性が広がっています。これまでに花王がアプローチしてこなかった事業にも取り組むことで社会へ与えるインパクトも大きくなり、継続的な利益成長にも結びついていきます」

発表の最後に、澤田氏は「こうした社会に大きなインパクトを与える取り組みは、花王だけではなしえない」と語った。

澤田氏「我々は、今日お話しした“決意”をもとに先駆的な見本を示したいのです。花王だけがプラスチックの量を減らしても、総量の1%にしかなりません。ですが、大きなムーブメントを起こすことができれば活動は広がっていきます。1社だけでなく、同業他社や異業種との連携、さらに産官学連携、行政も巻き込んで取り組きたいと思っています」

環境問題や社会環境など、大きな変化に見舞われている世界。ESGは決して他人事ではなく、すべての企業が向き合うべき問題でもある。企業の活動を通してよりよい選択と心豊かな暮らしを消費者へ提示する──花王の展開する「Kirei Lifestyle Plan」のこれからに期待したい。

取材・文:藤堂真衣