中国ではGoogleもAmazonもFacebookもない、独自のインターネットが発展している。特にここ数年はAlipay、WeChat Payといったスマートフォンを用いた電子決済が浸透し、それらとつながる様々なオンラインサービスが数多く起ち上がっていて、デジタル化が一気に加速している印象だ。

急速にデジタル化が進む中国の裏側で今急成長を遂げているのが、中国のIT大手アリババグループの「Alibaba Cloud」だ。アリババはBtoB向けの「Alibaba.com」や「Taobao」、BtoC向けの「Tmall」などのEC事業を中心に事業を拡大。今や世界の時価総額ランキングのトップテンに名を連ねる、中国を代表する巨大IT企業だ。Alibaba Cloudはその事業を技術面で支えてきたITインフラを、パブリッククラウドサービスとして広く提供するもの。ECからパブリッククラウドへという事業の成り立ちは、AmazonにおけるAWS(Amazon Web Services)と非常によく似ている。

AmazonにとってのAWSがそうであるように、Alibaba Cloudも今やアリババグループの屋台骨を支える中核事業のひとつとなっている。昨年度の売上高は、前年比76%増の7兆7,300元(約105兆8,435億円)。すでに中国ではトップシェアのクラウドベンダーであるのはもちろん、近年は香港やシンガポール、マレーシア、インドネシア、インド、日本、オーストリア、中東、ヨーロッパにもグローバルに事業を展開している。

調査会社ガードナーのレポートによれば、昨年のIaaS(Infrastructure as a Service)パブリッククラウドの市場シェアにおいて、Alibaba Cloudはトップを独走するAmazonのAWS、マイクロソフトのAzureに次ぐ、世界第3位。ただしアジア太平洋地域ではAWSを抜いてトップシェアを獲得するなど、急速に存在感を増している。

当初はクラウドコンピューティングのインフラを提供するIaaSからスタートしたが、ものすごいスピードでサービスを拡充。ビッグデータ、AI、IoTからSaaS(Software as a Service)製品にも注力。2019年4~6月の四半期には、コアクラウドサービス、セキュリティ、データインテリジェンス、AIアプリケーションなど、300以上の新製品および新機能が発表されている。

中でも近年特に注力しているのがAI、機械学習で、9月には自社製のAIチップ「HanGuang 800」も発表。機械学習のタスクをより高速に処理できるこのチップは、すでに同社のECでの商品検索やレコメンド機能、広告、自動翻訳などの処理に活用されているという。

アリババグループCTO兼アリババクラウドCEOのジェフ・チャン氏は、「近い将来には我々のクラウド事業を通して、クライアントにこのチップを用いたより高度なコンピューティングサービスを提供する」と説明している。


「HanGuang 800」を発表するアリババグループCTO兼アリババクラウドCEOのジェフ・チャン氏。

最大の魅力は14億人が利用する中国インターネットで積み重ねた実績

Alibaba Cloudはこれから中国でオンラインサービスを提供しようと考える日本の企業にとって、実に頼もしい存在だ。まだ日本での知名度や実績は少ないかもしれないが、アリババグループが展開する幅広いサービスのインフラとして、現在進行形で使用されているという、強力な“実績”があるからだ。

たとえばトラフィック。アリババでは毎年11月11日の中国の独身の日にあわせて、オンラインで大規模なセールを実施している。昨年のセールでは1日の流通総額が史上初めて2,135億元(約3.5兆円)を超え、日本でも大きく取り上げられたので、記憶に残っている人もいるだろう。

アリババによればこのセールの期間中、Alibaba Cloudは3.5億件の会話、10億件の翻訳、453億件の製品レコメンドをサポートしたという。なお昨年の独身の日には、多いときで1秒間に49.1万件という驚異的な注文数を処理しなければならなかったが、大きなトラブルもなく処理されている。14億人のアクセスが集中する状況など日本では想像がつかないが、それに耐えうる環境が整えられているというわけだ。


「Apsara Conference 2019」では杭州市と取り組む電子政府から小売店向けのサービスまで、Alibaba Cloudも活用した事例も多数紹介されていた。

9月末にアリババグループの本拠地である、中国・杭州市で開催されたAlibaba Cloudの開発者向けの年次イベント「Apsara Conference 2019」には、実際に日本からも多くのエンジニアが参加していた。中国人参加者が大多数を占めるイベントだが、イベント期間中に表示されていたインフォメーションによれば、国別の来場者数では中国、米国に次いで日本人が3番目に多くなっていた。それだけ多くの日本企業がデジタル化の進む中国市場とAlibaba Cloudに、注目し始めているということだろう。

今日本国内では、Alibaba Cloudの国内データセンターの運用やサポートを行う「SBクラウド」が主体となり、ユーザーグループによる勉強会なども活発に行われている。筆者は今回、そんな日本人エンジニアが参加するユーザーグループの、「Apsara Conference 2019」視察ツアーに同行。Alibaba Cloudへの関心の高まりを肌で感じることができた。

MM総研が公開している「2019年国内クラウドサービス需要動向調査」では、日本企業が利用しているIaaSパブリッククラウドサービスの上位5社を紹介している。ここでもダントツのAWSに続いて、マイクロソフトのAzure、IBM、GCP(Google Cloud Platform)、富士通といった、蒼々たるサービスが並ぶそのリストにはまだ、Alibaba Cloudの名前はない。しかし数年後はどうだろうか?ひょっとしたら順位が大きく入れ替わっているかもしれない。

取材・文:太田百合子