世界情勢を変えるデータの脅威

日本のビジネスシーンでも「データドリブン」という言葉をよく目にするようになった。意思決定を行ったり、イノベーションにつなげたりと、ビジネスにおけるデータの重要性は多くの人々に認識されているといえるだろう。

一方、データがビジネス、経済、社会を超え、国際関係や世界情勢にも影響を及ぼす可能性があることはあまり知られていないかもしれない。

米国防総省・国防長官を務めた経験を持ち、現在ハーバード・ケネディー・スクール・ベルファーセンターの共同代表を務めるエリック・ローゼンバッハ氏らがこのほど発表した論文「The Geopolitics fo Information(情報の地政学)」では、データが国家間関係を形作るほどの影響力を持ち始めていることが議論されている。

たとえば、ソーシャルメディアのデータは世論形成に利用され、選挙結果を大きく左右する可能性がある。

2016年の米大統領選挙におけるソーシャルメディアのフェイクニュース合戦は記憶に新しい。無党派層に特定の情報を発信することで、特定の政党に対する好感や反感を生み出すことができるといわれているが、その特性を利用することで、浮動票を大きく動かすことができる。

先の米大統領選挙では、リベラル系メディアによるトランプ攻撃が顕著だったが、トランプ氏が大統領に選ばれる結果となった。

トランプ大統領が誕生したことで、世界の流れは大きく変わったといえるだろう。特に対中関税の強化やファーウェイに対する一連の制裁的な動きはトランプ大統領だから可能だったものであり、民主党政権では実現していなかったと思われる。

もし米国で民主党政権が誕生していれば、米中貿易戦争には発展せず、まったく異なった世界情勢になっていたことが考えられるだろう。それは、株価や為替などにも影響を及ぼし、ビジネス環境もいまあるものとは大きく異なっていたはずだ。

ローゼンバッハ氏らは同論文の中で、歴史上データがこれほどまでに世界情勢に影響を与えたことはないと指摘した上で、データ(情報)は「国力(パワー)の源泉」になるとの主張も展開。

データドリブンのテクノロジーは、政治・経済への影響を及ぼすだけでなく、国の成長・富を生み出し、競合に勝る意思決定を可能にするものだと説明している。データが「新しい石油」と呼ばれる所以である。

こうした認識が一部で共有され始めており、そのことを示すかのように「データ・ナショナリズム」や「データ主権」といった言葉が散見されるようになってきている。

こうした言葉の登場は、誰が・どこで・どのようにデータを集め・保管・管理しているのかという問題意識のあらわれと見て取ることができるだろう。

ビジネス、国家戦略において重要性を増す「データ・リテラシー」

誰が・どこで・どのようにデータを集め・保管・管理しているのか。これれらの疑問に対する一部の答え、またはヒントはデータセンター市場の動向から得られるかもしれない。

データセンターというのは普段の生活ではあまり意識しない存在だが、データ時代においては、データの所在に対する意識は高めておくのが無難といえるだろう。

不動産サービスのクッシュマン&フィールドが隔年で発表している「世界データセンター市場・競争力ランキング」は市場全体を俯瞰する上で役立つはずだ。

このランキングでは、政治の安定性、ビジネス環境、自然災害リスク、セキュリティ環境などの項目からデータセンター運営における国ごとの競争力を評価。2019年8月に最新版が公表されたばかりだ。

最新ランキングで1位となったのはアイスランド。気温が低いため、冷却のための電気代が低く抑えられることや政治の安定性が高く評価されている。実際、ボーダフォンなど大手企業によるデータセンター開設が相次いでいる。


アイスランド首都レイキャビク

2位以下は次の国々がランクイン。2位ノルウェー、3位シンガポール、4位スウェーデン、5位スイス、6位フィンランド、7位米国、8位カナダ、9位香港、10位英国。

これらの国々は、社会・経済・政治における強固な安定性があり、法規制も整備されていることから、データセンター運営において高く評価されている。ただし、最近中国の介入が激しさを増す9位香港の評価には疑問が残るところだろう。

ランキング上位に名が挙がるのは、欧米の中でも特に安定した国だ。

米国のシンクタンクFund for Peaceが算出している「Fragile State Index(不安定国家指数)」。社会・経済・政治の側面から、国家がどれほど不安定なのかを指数化。

社会面では内紛などが、経済面では汚職や経済格差、政治面では公共サービスの劣悪化や内政干渉の有無などが評価項目となり、指数が高いほど国家基盤が脆弱であるとされる。

最新の指数では、イエメンが113.5ポイントで最大。2位ソマリア、3位南スーダン、4位シリア、5位コンゴとなっている。

一方、指数がもっとも低いのは16.9のフィンランド。指数が低いほど、国家を不安定化させる要素が少なく、安定した国家だと評価できる。

フィンランドのほか、ノルウェー、スイス、デンマーク、オーストラリア、アイスランド、カナダがもっとも安定したグループ「Very Sustainable」に属している。

東南アジアがデータセンターのハブになる可能性

一方で、クッシュマン&フィールドは、今後これら欧米諸国だけでなく、東南アジアがデータセンターのハブになる可能性も指摘している。データセンターランキング3位となったシンガポールのほか、マレーシア、インドネシア、タイ、ベトナムのデータセンター市場が伸びてくるというのだ。

クッシュマン&フィールドが指摘するように、東南アジアのデータセンター市場は活況を呈している。

2018年10月、フェイスブックはシンガポールに東南アジアで同社初となるデータセンターを開設する計画を発表。2022年開業予定で、投資額は10億ドル(約1,100億円)に上るという。

一方、タイではデジタル化の進展にともないデータセンター市場は今後6年間、年率15%の伸びが予想されている。インドネシアでも日系企業などによるデータセンター開設・増設が報じられている。

データの時代、どこにどのようなデータがあり、誰がどのように運営しているのか、そしてそれらのデータが社会・経済・政治、さらには国際関係、世界情勢にどのように影響するのか、こうした意識・リテラシーを高めることが重要になってくるはずだ。

文:細谷元(Livit