起業国家イスラエルで盛り上がるAIスタートアップ投資とエコシステム醸成

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VC投資の40%がAI関連に、イスラエルのスタートアップ事情

米中間で激しさを増すAI覇権競争。グーグルが北京に開設したAIラボを巡ってペイパル共同創業者のピーター・ティール氏が激しく非難するなどし物議を醸している。

AIスタートアップの数では米中が他国を大きく引き離している状況だが、これに追随するプレーヤーの動向にも関心が寄せられている。

スタートアップエコシステム分析のStartup Genomeによると、都市別AIエコシステムランキングで世界3位に位置しているのがイスラエル・テルアビブだ。

イスラエルは起業国家と呼ばれるほど、スタートアップ数が多い国。1年間に1,400社のスタートアップが設立されているといわれている。もちろん生き残るのはその一部。Startup Nation Central(SNC)のデータによると、現在イスラエル国内のスタートアップ数は6,400社を超えている。

AI企業はこのうち17%を占める。つまり約1,080社ほどがAI関連のスタートアップということになる。

イスラエル発のAI企業への注目が高まっているという状況は、これらAI企業に流れ込む投資資金のデータから見てとることができる。SNCによると、2018年イスラエル国内のベンチャーキャピタル投資額は、60億ドル(約6,400億円)。前年の52億ドルから15%増加。

2014年比では140%の増加となった。右肩上りに増加するイスラエル・スタートアップへの投資だが、その多くがAI企業に流れ込んでいる。イスラエルのスタートアップ全体に占めるAI企業の割合は17%だが、投資額全体に占めるAI企業への投資割合は37%に上るのだ。

イスラエル・テルアビブ

イスラエル発の注目AIスタートアップ

イスラエルではどのようなAI企業が注目されているのか。

ソフトウェア自動アップデートシステムを開発するJFrog。2018年10月にはシリーズDラウンドで1億6,500万ドル(約175億円)を調達し、累計調達額が2億2,650万ドル(約242億円)に達したことを明らかにした。CBインサイトによると、同社の評価額は12億ドル(約1,300億円)でユニコーン企業と評価されている。

オフィスは、イスラエル・ネタニアのほか、カリフォルニア・サニーベール、フランス・トゥールーズ、インド・バンガロール、北京に設置している。

JFrogウェブサイト

画像認識による在庫管理システムを開発するTrax Image Recognition(TIR)もAIユニコーンの1つ。2018年7月に1億2,500万ドル(約133億円)を調達し、2019年7月には1億ドル(約107億円)を調達。クランチベースによると、これまでの累計調達額は3億8,690万ドル(約413億円)。CBインサイトのユニコーンリストに載っており、2019年8月時点の評価額は13億ドル(約1,390億円)となっている。

2018年11月にインテルなどから7,500万ドル(約80億円)を調達したHabanaも注目AI関連企業の1つだ。同社は、AIに特化したプロセッサを開発するハードウェア企業。これまでNVIDIAが幅を利かせていたAIプロセッサー市場だが、Habanaがその状況を大きく変える可能性があるとして多くの関心が寄せられている。

Habanaによると、画像認識モデルの1つであるResNet50における画像処理スピードは、NVIDIAのGPU「Tesla V100」が1秒あたり1,360枚であるのに対し、Habanaが開発した「Gaudi」は1,650枚であるという。

Habanaウェブサイト

キヤノンが2018年5月に買収を明らかにした画像認識スタートアップのBriefCamもイスラエル発のAI企業だ。機械学習によって、画像に映る物体の認識や分類を行うソリューションを開発。空港や小売店での人の流れの分析や警備用途での活用が期待されている。2019年6月には米リサーチ大手フロスト&サリバンのテクノロジー・イノベーション・アワードを受賞、その認知は広がりを見せている。

SNCは、2018年AI投資が盛り上がる中で、イスラエル国内のAIエコシステムが一層強化される道筋が見えたと指摘。たとえば2018年10月には、イスラエル工科大学とインテルが共同でAI研究センターを立ち上げる計画を発表。またこれに続いて、NVIDIAもイスラエルにAI研究センターを開設すると発表している。イスラエル工科大学などのAI人材を囲い込むのが狙いのようだ。

また、テクノロジー大手のイスラエルチームによる活躍も顕著になっている。地元メディアが報じたところでは、グーグルが公開した音声AI「Goodle Duplex」、この開発者らが所属するのはテルアビブのグーグルR&Dセンターだという。さらにIBMの討論AI「Project Debater」も同社イスラエル・ハイファ研究部門で開発されたものだという。

このようにAI関連の動きが盛り上がっているが、イスラエル政府は十分だとは見ておらず、同国のAI産業を一層促進するための戦略策定を急いでいる。2019年に入って、同国政府機関であるイスラエル・イノベーション・オーソリティは、AI分野で他国に遅れをとっているとの認識を示し、政府、大学、産業が一体となって経済促進に向けたビジョンと戦略を策定することが重要だと呼びかけている。

イスラエルはAI活用が期待されているサイバーセキュリティ分野ですでに強固な地位を築いており、今後同国ではサイバーセキュリティにおけるAI活用が増えてくることも予想される。

AIエコシステムの醸成が進み、AIスタートアップが続々登場するイスラエル。米中のAI覇権競争にどのように絡んでいくのか、今後も注視が必要だ。

文:細谷元(Livit

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