久々の東京で驚いた「Uber EATSの普及」と「タクシー初乗り410円」

ここ数年オランダのド田舎で子ども3人搭載の自転車にしか乗らない超地味な生活を送っている私だが、今年の夏久々に大都会東京に帰省した際にびっくりしたことのうち二つが、Uber EATSの普及と、全ての普通のタクシーの初乗りが本当に410円だったこと。


Uber EATSは好調のようで(画像:UberEATS公式サイト)

マクドナルドとコラボしたUber EATSのCMを観たり、タクシーの「ちょい乗り」にお世話になるたび、「なるほど、日本のタクシー業界と当局はUberを白タク行為として許可しなかったけど、でもそれなりの危機感と展望をもって既存のタクシーを利用しやすくするために初乗りを値下げしたわけね。で、Uberのライドシェア事業は大人の事情でダメだったけど、同社の食べ物宅配サービスの方は好調なのね」とざっくり過ぎる実感を持った(念のため、正確にはUberの配車サービスもハイヤーなどの高級路線は東京などの都市で導入されている。ただタクシーより高いから筆者に縁がないだけだ)。


日本語も対応してはいる(画像:Uber公式サイト)

ライドシェアサービス誕生秘話

アメリカ発のUberは日本においては今のところ本来と少しずれた形で普及しているが、基本的には「タクシーより手軽な移動手段が欲しい利用者」と「手持ちの車と時間でちょっと稼ぎたい運転提供者」をピアツーピアで繋いで、現在世界70か国450都市以上で展開中。

同社以外にも同じく米国発のアプリLyft、シンガポール発のGrab、中国の配車プラットフォームDidi、エストニアのBolt(旧Taxify)など「ご当地ライドシェアサービス」も各国で次々と誕生し、世界の配車アプリサービス市場は着々と定番化への道を歩んでいる。

しかしそのサービス誕生・普及の背景には私たち日本人には想像もつかない海外のタクシー事情がある。というかサービス全般に言えることだが、世界的に見れば日本のタクシーが例外的に質が高いのだ。

先進国の大都市であっても、海外のタクシーはそもそも来ない、高い、汚い、運転手が失礼、運転が荒い、などということは珍しくない。

噂ではウーバー・テクノロジー社の共同創業者であるトラビス・カラニックとギャレット・キャンプ(アメリカとカナダと出身地は離れているが、両者ともIT系の起業家であり、ウェブ上でファイルや広告情報を共有するサービスを立ち上げた経験があった)が2008年にフランスで開催された大規模なIT系国際会議LeWebに参加した帰り、雪の降る冬のパリの夜にタクシーが捕まらずに立ち往生したことから、Uberの原型にあたるリムジン共有サービスを思いついたといわれている(諸説あり)。

しかし普段から母国でタクシーを利用するたびにもそのサービスの質に不満を抱いていなければ、わざわざアプリを立ち上げようという発想はわかないだろう。

実際その次の年の2009年にサンフランシスコで3台の登録車から始まった同サービスは、国内外の多くの利用者の支持を得て、10年で爆発的に普及した。

アメリカ国内のUber利用者の口コミに目を通すと、「タクシーより安い」という以上に、「(タクシーと違って)必ず来る」「(タクシーと違って)評価をアプリ上でシェアできるので、ハズレの運転手や汚い車に当たる心配がない」「(タクシーと違って)遠すぎる行き先を告げたとたんに車から降ろされたりしない」「(タクシーでおなじみの)『カードリーダーが壊れてるから現金で払って』を言われなくて済む」と、端々に従来のタクシーに対する不満がにじみ出ている。

新興国では「安い」以外の価値が更に大きい配車アプリサービス

クルマ大国のUberのお膝下ですらこうなのだから、公共交通システムが整っておらずタクシーも信用できないアジア・アフリカの新興国での配車サービスの意義はなおさら大きい。

途上国のリゾートに観光に行くときに、「現地のタクシーはメーターを使わず、現地人の10倍の値段をふっかけてくる」「遠回りされる」「頼んでもいないお店や運転手の自宅に勝手に連れて行かれる」などの警告を受けたことがある人も少なくないだろう。

そこに運転手の身元がはっきりした、利用後の評価も共有することができるUberが現れれば、魅力的な選択肢となり得るのは当然だ。

エジプトで大手運輸会社Swvlを経営する実業家ムスタファ・カンディル氏は、今年の5月に世界経済フォーラムに寄せた稿で「配車アプリは世界の交通に革命をもたらした」と、アフリカやエジプトなど新興国におけるライドシェアサービスの目覚ましい拡大を指摘(現在アフリカ全土で60社以上が営業しているという)。

「そういった都市の現地の公共交通システムは、質が低く、当てにならず、しかも高いので、オンデマンド輸送は消費者に素晴らしいサービスを提供している」と、新しい移動手段としての配車サービスが生活者にとって大きな価値をもたらしていることを認めた上で、「(配車アプリ導入の)当初の意図は、複数の人が車を共有することで交通渋滞が緩和され、運転手としての雇用を生み出すというWin-winの構図だった」と本来の目的を支持した。

その裏面は深刻な弊害・交通渋滞

一方で同氏は、「しかし実際は、車を利用していた人がそれを手放すことはなく、その上に配車サービス用に導入された車両も加わって、深刻な交通渋滞の悪化を招いている」と強く問題を訴えている。

インフラが整っていない新興国につきもののひどい交通渋滞は、時間と燃料のロスや大気汚染という直接的な問題のみではなく、交通事故による死亡率の増加、労働者の疲弊による生産性の低下などの二次的・三次的な損失も引き起こす。インドでは最も大きな4都市だけで、交通渋滞により年間220億ドル分のロスが産まれているという。

それに対するソリューションともなりうるはずだった配車サービスが、結果的に問題の悪化を招いてしまったのだ。

フィリピンでは「利用者に車を寄せるのに1時間半」

同様の指摘をアメリカで活動するフィリピン人ジャーナリスト、デイビー・アルバ氏も行っている。彼女は2015年に故郷であるマニラに帰省した際に経験した恐ろしいほどの交通渋滞に触れて「私はあの街で育ち、何度も帰省したこともあるが、交通渋滞はかつてないほどひどかった」とし、元々渋滞が大きな問題であったマニラの交通事情をさらに悪化させた原因として、配車アプリの登場によって新たに街に投入された1万5000台の乗用車の存在を示唆している。

また、「フィリピンでは、既に車を所有している人がUberに登録して利用者を探すのではなく、一部の起業家精神を持ったお金持ちが複数の新車を購入して運転手を雇いUberを通じてビジネスを始め、配車サービスの上に更に仲介人が入るという独特の形態を成してしまった」、「フィリピン政府は世界で初めて配車サービスを合法化したが、その数か月後に事業に介入し、政府から発行されたライセンスがないとUberでビジネスができなくなる計画を実行した」、「政府職員にとって絶好の搾取のタイミングである」と、同じアジアの民族としてなじみ深く感じるフィリピンの社会問題を概観。

そうしたうえで、「シリコンバレー・ソリューションが世界のどこの国にも通じるわけではない」、「私が利用したUberの運転手によると、『配車の依頼をくれた利用者のところに行きつくまでにぎゅう詰めの車の間を縫って1時間半もかかることもある』とのことだった」、「フィリピンだけでなく世界中で、インフラなどの問題に対処してまで(配車サービスを)導入する価値があるか検討する必要がある」と、本国と全く異なる文化やインフラ環境を持つ地域における配車サービスの導入に際してはそれなりのリサーチが不可欠であることを訴えている。

彼女が懐疑的ながらポジティブな可能性として引用しているのはUberの東南アジア・インド地域を担当するスポークスマン、カルン・アーリャのビジョンだ。同氏は、Uberなどのライドシェアプラットフォームを誰もが手にすることができれば、住民は車を所有する必要性を改めて考え直し、長期的にはマニラ市内を走る乗用車の数が減少すると期待を寄せている。

ちなみに先述のエジプトの実業家カンディル氏は、渋滞緩和策として通常の乗用車ではなく、容量の大きいバスなどの車を多くの人数で相乗りできる配車アプリを開発することを提案している。

サービスの急速な世界的拡大とともに、問題も明るみになった配車サービスはこれからどう定着していくのだろうか。個人的には、母国日本において本来の形でのUberが今後なんとかブレイクスルーするのか、やっぱりしないのか、けっこう気になる。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit