インターネットショッピングが普及し、欲しいと思うほぼ全てのものがスマホ上の数タップで購入できるようになった。欲しい”かも”しれないものでさえ、オススメとしてスクリーンに表示される時代だ。

しかし、買い物が劇的に便利になった一方で、実店舗の在り方が問われ、小売業界がその存在価値を高めようと試行錯誤する戦国時代に突入して久しい。

そんな中、2019年7月にニューヨークのリテールストアが始めたイベントが「世界一面白い店」とたちまち評判になったのをご存知だろうか。アートと小売店の橋渡しをする「リテール・シアター」とはーー? ニューヨーカーが大絶賛する観客参加型の小売店という新しい販売形態から見える、業界の未来について考察する。

消費者を異世界へ誘う没入型シアター形式の店舗

ニューヨークベースのスタートアップ「Showfields」が手掛けるリテールストアは、高級ファッションブティックからローカルデザイナーによるセレクトショップ、レストランなどがひしめき合う若者に人気のエリア・ノーホー地区に位置する。四階建てのビルでは、通常同社がキュレートした主にDTC(Direct to Consumer:ネット直販)ブランドのアイテムを、消費者が手に取って試し、購入できるセレクトストアとして運営されている。


Showfieldsの外観

今回、同スタートアップが仕掛ける「House Of Showfields」は、”没入型シアター形式”や”観客参加型”と呼ばれる形態を採る新しいタイプのイベント。

来場者は約30分間のアトラクションを通して商品に関する世界にどっぷり浸った後に、それらの買い物を楽しむことができるという動線だ。消費者は商品に関する知識を備えた段階で購入の機会を与えられるため、通常よりも購買に結びつく確率が高くなる。

ショーは、来場者を最初に待ち受ける滑り台からスタートする。多くの人が「お店の中で滑り台?」と思うだろう。これだけで観客はこれから起こることの全てが何か普通ではない、新しいことなのだという心の準備ができる。


滑り台の上には「Your Story Starts Now」の文字。来場者をわくわくさせる仕掛けが至る所に

そして滑り台を降りると、そこは暗闇にネオンの輝く異世界が広がる。来場者はこの建物の中で何人かの女性に出会うことになる。館を仕切るAmelia Showfieldsという女主人と、彼女に仕える女性たちだ。ちなみに彼女らはみな役者で、巧みな演技で来場者を独特の世界に誘う。


滑り台を降りた先はネオンの輝く異世界

例えば白衣を身に纏う科学者は「今開発中のフォーミュラは、オールナチュラルでプラントベース、さらにヴィーガンなの。ちょっと試してみない?」と言いながら、来場者の手の甲にフォーミュラを刷り込む。

Ameriaに扮する俳優 Kaitlyn Lunardi氏は「最初観客は何がなんだか分かっていない様子で、半数は困惑している」とFast Companyに語る。しかし気がついたころには、すっかりHouse Of Showfieldsの世界に浸っているのだ。

続いてはキッチンエリア。ここではいくつかの食品を試食できる。それも、ただ置いてあるのではなく、誰かのキッチンから「つまみ食い」するようなストーリー性が持たされている。

また、別の科学者風の女性が、試験管に入ったイギリス発のジン「Boodles Gin」を来場者にサーブするシーンも。


お酒を飲みながら、さらにこの後のインスタレーションを楽しむ来場者(同社公式Facebookページより)

キッチン用スポンジの「Skura」は、バクテリアを死滅させる構造で衛生面に優れており、スポンジ裏面のロゴが汚れると色が変わり、交換時期を知らせてくれるというもの。

それを、役者が身振り手振りを交えて来場者に説明をする。抜群にエンターテインメント性の高い実演販売を目にしているような感覚だろうか。

また、全ての部屋にはShowfieldsが雇ったアーティストによる作品が展示されている。これに関して同社の共同創始者であるKatie Hunt氏は「ここを世界で一番面白いステージにするため」だとBusiness Insiderに語る。中でも来場者の関心を大きく引くのが、壁一面に水滴がぶら下がったような空間で、トイレからピンクの足だけが出ているアート作品だ。


会場の中でもひときわ目を引くアーティストGeorge Skoufas氏による作品

そして、来場者のボルテージが最高潮に達するのが「Showfields Lab」と呼ばれる、来場者がこれまでショーの中で見てきた商品を実際に購入できるお土産ショップだ。彼女らが場内で目にはしたが、それが売り物だとは認識していなかったであろうものも多く存在する。

買い物をもっと楽しく。Showfieldsの挑戦

Hunt氏は「リテールはまだ死んでいない」とBusiness Insiderにコメントしたが、彼女がそう断言するのも頷ける。なぜなら、2019年7月20日~9月30日まで開催されている同イベントは、毎日が満員の超人気イベント。

2018年末の予約開始数日間で1万人以上の予約が殺到し、現在その数4万人超えの、今ニューヨークで最も人気のあるイベントだといわれている。

またイベントの盛況ぶりは各ブランドの売り上げを見ても明白だ。ヴィーガンのスキンケアアイテムブランドである「Nuria」いわく、通常Showfields内で同社のアイテムを試す顧客は約半数だが、House Of Showfieldsの来場者はほぼ全員が積極的に自分の肌に商品を塗布しているといい、ショーが始まった7月最初の週末のNuriaの売り上げはそれまでの2倍にまで飛躍したという。


歯ブラシメーカー「Quip」(左)とスキンケアブランド「Nuria」(右)のブース

さらにHunt氏は「ゴールは消費者が本当に好きだと思える商品に、より簡単に出会えるようにすること」だとFast Companyに対して語る。

彼女はオンラインショッピングの普及は買い物をより簡単に、ストレスの少ないものにしたが、一方で規模の小さいインディーブランドなどは、消費者にリーチし、彼らの関心を掴むのが極めて困難になってきているとも語った。

Showfieldsはそうしたブランドと消費者をつなぎ、この問題を解決するプラットフォームとして機能している。企業はShowfields内で商品を展示し各ブランド向けにパーソナライズされたプロモーションを演出してもらう代わりに、月々6,000USドル(約63万円)~12,000USドル(約127万円)のサブスクリプション費を支払う。これがShowfieldsの収入源となる。

来場者に与えるのは”インスタ映え”でなく”経験”

ニューヨークといえば、ポップアップストアの聖地。アイスクリームにピザ、卵などこれまで特定のモチーフにフィーチャーした多くのポップアップストアが開催され、インスタグラマーたちのフィードを賑わせてきた。

House Of Showfieldも同様にインスタ映えを狙ったポップアップイベントなのかと思いきや、それに関してAmelia Showfieldsを演じる別の俳優Brittany Brave氏がFast Companyに興味深いコメントを寄せた。

スマホを取り出すこともなく、場内のアトラクションに集中している来場者の割合が非常に高いそうだ。また、場内でセルフィーを撮る人も極めて稀なのだという。

そしてこれはShowfieldsの狙い通りなのだという。「我々が目指したものはインスタ映えではなく、実はそれは社内で禁止用語なのです」と同社のCEOで共同創始者でもあるTal Zvi Nathanel氏はFast Companyに語る。経験を提供することが彼らの使命であり、インターネット上に収まらない奥行きのある体験をしてほしいと願っている。

Showfieldsは今後も来場者がより多くのブランドを試せるように、取り扱いブランドを追加していく予定だという。さらに、現在東海岸に2号店の出店を計画中だといい、同社の快進撃はまだまだ続きそうだ。小売の可能性を広げ、同時に多くのヒントを与えてくれる「リテール・シアター」の今後から目が離せない。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit