ARアプリやARグラスのリリース、ARスタートアップへの巨額投資など、毎日のようにニュースが飛び交うAR業界。来春、5Gサービスが開始されれば、AR業界の盛り上がりが一段と加速するに違いない。

ある程度、関連技術が整ってきた今、ARコンテンツの開発や導入をスタートするには、絶好のタイミングだと言える。

そこで今回は、Twitter上でAR業界のニュースを発信する「ARおじさん」こと、株式会社MESONのCOO・小林佑樹氏に、「押さえておきたい国内外のARトレンド」を伺った。

「EC体験の拡張」「ショップやイベントでの体験の拡張」「街スケールのビジョンベースAR」の3つのカテゴリー別に、12のコンテンツを紹介する。

小林佑樹
株式会社MESON COO
大学院にてソフトウェア工学を研究し、プログラミング言語に自然言語処理のアプローチを適用し、ソースコードの綺麗さを確率的に評価する手法を提案。 大学院を卒業後、代表の梶谷とMESONを創業。COOとして事業開発をする傍、エンジニアとしてARプロダクト開発なども手がける。
「ARおじさん」という名前でTwitter上でARに関する情報発信などを行っている。 MESONで開発したサービスがAWSに評価され、Startup Architecture of the Year 2018を受賞。

購買意欲を刺激する「EC体験の拡張AR」4選

まずは、AR技術の中でも取り入れやすい「EC体験の拡張」にまつわる実例をご紹介しよう。小林氏いわく「今後ECを始めたい人、ECの売上を拡大したい人は一度触ってみてほしい」とのこと。

  1. Web上で3D表示が可能なECショップの作成「Shopify」


  2. 「まずは、ECサイトでのWebARの活用例です。Webブラウザ上でARを閲覧することができる技術で、これをいち早く取り入れたのが『Shopify』です。

    同社はAR/VRの研究に大きな投資をしていて、Shopifyで作られたECサイト上で商品のAR表示が可能になっています。

    サードパーティで提供しているツールを使用して、写真や寸法情報をアップロードすることで、3Dモデルのデータが自分のECサイトの中に取り込んで、ARで表示できるようになっています。

    とくに家具など試し置きが難しいもの、高額で失敗したくないアイテムには相性が良いですよね。

    このサービスを使えば、技術にくわしくない人でもユーザーに新たな購買体験を提供することができるのは大きなメリットだと思います」(小林氏)

    公式サイト:https://www.shopify.jp/

  3. 身体検知技術を活用した靴のフィッティング「Wanna Kicks」


  4. 「これは身体検知技術を使ったARサービスを提供するベラルーシの企業『WannaBy』が展開する、スニーカーを試し履きできるアプリケーションです。

    ECでは、このようなデジタル試着が流行ってきていて、中でも『ECサイトの障壁をなくす』をビジョンとして掲げていてる同社の技術力は眼を見張るものがある。

    GUCCIにも技術提供をしていて、アプリ上でGUCCIのスニーカーも試着できます」(小林氏)

    公式サイト:https://apps.apple.com/app/id1444049305

  5. 身体検知技術を活用したネイルのお試し「Wanna Nails」

  6. 「こちらもシューズ同様、『WannaBy』が提供するネイルのお試しサービス。Twitterで投稿したところ、女性からの反応がすごく良かったです。

    デジタル試着ならネイルを落とす手間がなく、気軽に試せる点が便利とのこと。爪を検知する技術力も優れています。

    かつ、同社のサービスは購入までの導線がスムーズなのもポイントです。気に入ったアイテムを写真撮影できる機能があり、撮影するとその商品が購入できるリンクが画面上に現れます。ストレスなく購入できる流れができています」(小林氏)

    公式サイト:https://apps.apple.com/app/id1334108416
    https://play.google.com/store/apps/details?id=by.wanna.apps.wnails

  7. バーチャル上のポップアップストア「Addidas shop on Snapchat」

  8. 「こちらはARで表示されたアディダスのバーチャルなポップアップストアです。オンラインストアなのに実際の店舗に入ったかのような立体的な体験ができるのはおもしろいですよね。

    現状はスマホで見ていますが、今後ARグラスが普及してくれば、自宅にいながら店舗に訪れる体験ができたり、街中のとある場所にある瞬間だけ入れる秘密の店舗ができたり、なんてことも可能になるのではないかと思っています」(小林氏)

非日常を生み出す「ショップやイベントでの体験の拡張AR」4選

ショップやイベント会場での、ARを使った体験の拡張も注目されている技術の一つ。店舗へ行く目的が「アイテムを購入すること」から「ブランドの世界観を学び、体験すること」に変わりつつあると、小林氏は言う。

  1. 大迫力のARライブパフォーマンス「Cochella」

  2. 「これは、アメリカの砂漠地帯コーチェラ・ヴァレーにて行われている巨大野外フェス『Cochella』で、ARを活用したライブパフォーマンスの実例です。

    空間に巨大な仮面と包丁が浮かび上がり、包丁が降り掛かってくる様子は、動画で見ても圧巻! リアルな世界では物理的に不可能なものでも、ARなら実現できます」(小林氏)

  3. スタジアムに巨大なドラゴンが登場!「MLB」


  4. 「スポーツ観戦とARのコラボレーションの実例も。これは、MLB(メジャーリーグベースボール)が提供しているもので、野球観戦の休憩中にスタジアムにスマホをかざすと、巨大なドラゴンが羽ばたく様子を見ることができます。

    スタジアムを検知してARオブジェクトを表示させているため、ドラゴンがディスプレイに降り立つとディスプレイが割れるなど、表現がリアルなのも見どころ」(小林氏)

  5. ショップ内でアート作品が鑑賞できる「Apple Store」


  6. 「Appleが開催しているARイベント『[AR]Tウォーク』(後述)に関連して、Apple Storeで体験できるイベントも開催中です。

    『Apple Store』のアプリをインストールして全国のApple Store内のWi-Fiにつなげ、アプリのAR機能を立ち上げると、このようにアートを鑑賞することができます。

    ショップが美術館になったような新しい体験の提供につながっていますよね」(小林氏)

    公式サイト:https://apps.apple.com/jp/app/apple-store/id375380948?ign-mpt=uo%3D4

  7. ショップが非日常のランウェイに「PORTAL」

  8. 「弊社が大手ファッションブランドのオンワード樫山さんと協業で開発したARコンテンツも、まさにショップを『体験の空間』に変えるサービスです。

    ショップに置かれたiPadを店内のポスターにかざすと、画面上の空間にブランドの洋服をまとったモデルが登場し、3Dファッションショーがスタートします。

    通常ランウェイを歩く一流モデルの近くに寄って、洋服をまじまじと見ることは難しいですが、それをARで実現しています。

    8月23日より約1ヶ月間、東京ミッドタウンとGINZA SIX内の『JOSEPH』の店舗で開催しているので、ぜひお立ち寄りいただけたら嬉しいですね」(小林氏)

街のあり方を変える「街スケールのビジョンベースAR」4選

建物やスタジアム等、街スケールで大規模に人を巻き込めるARの事例も見逃せない。アトラクション感覚で体験できるため、ARへの関心が薄い層にリーチしやすいのもメリットの一つだとか。

  1. 街と現代アートが融合「Apple [AR]Tウォーク」

  2. 「Appleが世界の主要都市で開催している[AR]Tウォークも、非常に興味深い体験でした。これは1人1台iPhone XS Maxとヘッドフォンが配られ、新宿の街を練り歩きながら、街と融合した現代アート作品を鑑賞するプログラムです。

    街のいたるところがマーカーになっていて、そこにスマホをかざすと、街の風景に現代アート作品が重なります。ビルの上に得体のしれないモンスターが現れたり、詩が空中に浮かび上がったり、さまざまな表現方法がありました。

    不思議な感覚に陥っておもしろいものの、体験としてネガティブな点もあり、画面のARに集中してしまうので危険性が伴います。また、街を歩いているのに、どうしても平面のカメラの世界のCGを見ている感じが拭えない。

    ただ、これをメガネ型のARグラスをかけながら体験できれば、ネガティブ要素が払拭されるかなと。そんな可能性も感じた体験でした」(小林氏)

    公式サイト:https://www.apple.com/jp/today/event/art-walk-shinjuku/6560776769874819937/?sn=R128

  3. 街に溶け込むキャラクター「SnapchatのLandmarker」

  4. 「まだ日本にはないサービスなので、僕自身は体験したことがないのですが、Snapchatが提供しているLandmarker機能を使うと、街の風景に溶け込んだキャラクターの鑑賞が楽しめます。

    こちらも建物をマーカーとして認識して、その周囲にキャラを出現させています。スパイダーマンは映画のPRでのAR活用事例も豊富なので、気になる方はチェックしてみてください」(小林氏)

  5. 街中の広告を上塗り「SnapchatのLandmarker」

  6. 「1つ前のスパイダーマンの例と同じ機能を使って、表現方法を変えた実例です。タイムズスクエアのリアルな広告の上に、ARでデジタル広告が上塗りされています。

    こういったバーチャル広告が浸透すれば街の風景のアップデートが加速して、昨日と今日で街の風景が変わる、なんてことも十分ありえます。

    この機能を応用すれば、物理的に同じ場所にいても人によって見える景色を変えることも可能です。駅の案内板等パブリックなデザインのものでも、外国人にはそれぞれの母国語で案内を表示させるなど、個々への情報の最適化が叶いますよね」(小林氏)

  7. 街中が突然MMOゲームのステージに「Holoscape」


  8. 「こちらも海外の事例で、ロンドンの街をスマホで認識して複数人が同時に参加できるARゲームのデモです。こちらはロンドンで今とても注目されている『Scape Technology』というスタートアップの技術を使って実現しています。

    この技術を使うと、ロンドンの街の好きな場所にARコンテンツを配置して、ARで見せることができるので街をARゲームのステージにしたり、街の情報をARで重畳させる体験が実現します。

    今後はこの技術が他の国にも展開されるはずなので、日本でもこういったARゲームが手軽に、そしてより大きなスケールで楽しめるようになりそうです」(小林氏)

AR上でのコミュニケーションが加速すれば、体験はよりおもしろくなる

「個人的には、AR上でユーザー同士のコミュニケーションが生まれる仕組みが生まれてくると、より魅力的な拡張体験になるだろうと考えています。

そういった見解から、弊社ではARクラウドを活用した『AR時代の新しいコミュニケーションの形』を模索しています」(小林氏)

「これは、弊社が博報堂と共同研究しているARコンテンツの実例で、デジタルコピーした神戸の街に建物を建てたり、公園を作ったり、3D空間上で複数人が同時に未来の街づくりを体験できます。

この春に神戸市で開催されたクロスメディアイベント『078Kobe』でデモンストレーションしたところ、体験者間のコミュニケーションが自然発生し、大変好評をいただきました。

今後もパートナーの博報堂さんと一緒に、AR上でのコミュニケーションの研究を進めていきます。ARクラウドが普及した未来のSNSのようなイメージで、開発を進めています」(小林氏)

今回、紹介したトレンド以外にも、世界中で毎日のようにARサービスが生まれており、その技術の進化スピードはすさまじい。

ARが私たちの生活に当たり前のように浸透するのも、そう遠くない未来なのかもしれない。

取材・文・写真:小林香織