欧州連合の都市で最大の人口を誇る英ロンドン。その数は900万人以上。言わずとしれた国際都市であり、域内のテクノロジーハブとして人材・投資が集まる場所となっている。

域内でロンドンに次いで人口数が多いのがドイツ・ベルリンだ(370万人以上)。このベルリンが欧州本土のAIハブとして地位を確立するための取り組みを加速させており、国内外の起業家や投資家、研究者らの注目を集め始めている。

ベルリンが目指すAIハブとはどのような姿なのか。その取り組みの最前線をお伝えしたい。

AI開発に本腰入れるドイツ政府、国家戦略と3,500億円の投資

ドイツの首都であるベルリン。冷戦時にはドイツの東西分断に伴い、同市も東西に分けられていた歴史を有している。

冷戦当時、東ベルリンは東ドイツの経済に組み込まれ、商業、金融、工業、輸送が発達。一方、西ドイツに組み込まれた西ベルリンでは、米国のマーシャル・プランを通じた復興支援によって、学術、研究、金融、映画産業が発達したといわれている。

1989年、ベルリンの壁崩壊によって東西ドイツが統一。ベルリンも統合され、その後国際都市として急速な発展を遂げることになる。


ベルリンの壁(1988年)

家具付き不動産検索のNestPickが各国ミレニアル世代を対象に実施した「住みたい都市・世界ランキング」調査。ビジネスのしやすさ、医療サービスの質、交通、環境など17の項目からなる総合指数を算出し、世界110都市を評価している。

このランキングでは、人気といわれるロンドンやニューヨークを抑えて1位となったのがベルリンだ。特に、スタートアップ・エコシステムやLGBTへの寛容性などが全体を押し上げた結果となった。

このベルリンがいま市をあげて取り組んでいるのが「ブレイン都市・ベルリン」イニシアチブだ。学術研究の基盤に加え、近年評価が高まっているスタートアップ・エコシステムを活用し、AIの研究開発やスタートアップ育成を加速させようとしている。

ドイツ政府が発表した一連のAI国家戦略と軌を一にする取り組みであり、今後連邦政府からの具体的な支援が増えてくることも予想される。

ドイツは2018年11月、AI国家戦略を採択し、今後6年にわたり30億ユーロ(約3,500億円)をAI関連投資に充てることを発表。自動運転車で世界をリードしたいという思惑など背景にあり、AI開発加速に大きく舵を切った格好となる。

ドイツ政府系調査機関は、ドイツ国内だけで今後5年にわたりAIによって320億ユーロ(約37兆円)の経済効果が生まれる可能性を指摘しており、国内外での注目度は大きなものとなっている。

ドイツのAI国家戦略の中心的な役割を担う都市がベルリンということになる。

市内のフンボルト大学、ベルリン自由大学、ベルリン工科大学がAI研究促進や人材育成を担い、アドラースホーフ・テクノロジーパークがスタートアップ育成の中心的存在になることが想定される。


ベルリン・フンボルト大学図書館

スタートアップ・エコシステムと多様性に強みを持つベルリン

世界のスタートアップ・エコシステム分析を専門とするStartup Genomeは、次のシリコンバレーがどの都市に出現するのかを各都市のエコシステムの成熟度合いから予想しているが、次は同時に多数のスタートアップ都市が誕生すると予想。

その数が30都市ほどなることから、これらを「Next30」と呼んでいる。

ベルリンはそれらの中でも、スタートアップ・エコシステムの成熟度が高く、現在のエコシステム・ランキングでは10位に位置している。また、強みとするサブセクターの1つがAI・ビッグデータ&アナリティクスと評価されている。

Startup Genomeによると、ベルリンはドイツの中でも最大規模のAI企業の集積地であり、5,000人以上がAI企業で働いているという。売上規模も上昇傾向にあり、2025年までに22億ドル(2,600億円)以上生み出す可能性があるという。

またベルリン市は、2025年までにGDPに占める研究開発比率を3.5%に高めること、さらにAIを含めた主要な研究分野に174億ドル(約2兆円)を投資することなどを目標に掲げている。

スタートアップへの資金投入関して、ベルリン市内では1社あたりのアーリーステージファンディング額は56万5,000ドルと世界平均の28万4,000ドルの2倍、アーリーステージ向けの合計投資額は14億ドルでこちらも世界平均である8億3,700万ドルの2倍近い数字となっている。

現在、ベルリン発AIスタートアップの代表格として知られているのが、AIヘルスケアサービスを提供するAda Healthだ。チャットボットを介した健康状態分析や医師への情報共有を行うスマホアプリを提供。

2016年から世界展開を開始し、2017年のシリーズA資金調達ラウンドで4,700万ドルを調達。現在、7カ国語でサービスを展開しており、世界中に700万人のユーザーを抱えている。


Ada Healthウェブサイト

Twenty Billion Neuronsもベルリンの代表的なAIスタートアップだ。同社が提供するのはAIバーチャルアシスタント。

リテール分野やフィットネス分野で導入され、CBインサイトのトップ100AIスタートアップ2019やガートナーのAIクールベンダー2018に選ばれるなど、多方面から注目を集めている。

AI研究の第一人者であるカナダ・モントリオール大学のジョシュア・ベンジオ氏がアドバイザーを務めている。


Twenty Billion Neuronsウェブサイト

ベルリン市によると、同市の大学では3万6,000人もの留学生を受け入れている。市内全体の学生の20%に相当する割合だ。同市は、この多様性や英語が使えるという言語的な優位性がAI分野の発展に寄与すると考えている。

実際、ベルリンの研究者コミュニティ規模は3万人以上といわれており、バイオテックや製薬、エネルギーなど、さまざまな専門分野とAIをかけ合わせた研究開発が活発化することが期待できる。

ベルリンが「ブレイン都市」としてどのような進化を遂げるのか、今後の展開に注目していきたい。

[文] 細谷元(Livit