「次のシリコンバレーはどこか」。世界のさまざまなビジネスメディアで取り上げられる人気トピックの1つといえるだろう。その候補によく挙がっているのが、ニューヨーク、ロサンゼルス、深センなど。
一方、世界のスタートアップエコシステム分析を専門とするStartup Genomeによると、近い将来シリコンバレー規模のスタートアップエコシステムが登場する可能は低いものの、それに準ずるエコシステムが世界各都市で同時多発的に誕生する公算が大きいという。これまでの分析からは、世界30都市ほどがその候補に挙がっており、同社はこれらの都市を「Next30」と呼んでいる。
どのような都市がスタートアップエコシステムとして台頭してくるのだろうか。
世界スタートアップ都市ランキング・ベスト30
Startup Genomeが2019年5月に発表したレポート「Global Startup Ecosystem 2019」。スタートアップのパフォーマンス、資金調達、市場調査、ネットワーク、人材、経験、知識などの要素から各都市スタートアップエコシステムの成熟度合いをランク付けしている。
最新レポートのランキングで1位となったのはシリコンバレーだったが、強調されているのは他の都市の追い上げで、2位以下の都市におけるスタートアップエコシステムの動向が焦点となっている。
トップ10には以下の都市がランクイン。
2位ニューヨーク、3位ロンドン、4位北京、5位テルアビブ、6位ロサンゼルス、7位上海、8位パリ、9位ベルリン、10位ストックホルム。2位のニューヨークでは、WeWorkを筆頭に数々のグローバルスタートアップが立ち上がっており、強いスタートアップエコシステムが醸成されていることがうかがえる。
Startup Genomeが同レポートで指摘しているのは、世界にはニューヨークのようにスタートアップエコシステムの醸成が急速に進んでいる都市が数多く存在し、注目すべき対象はシリコンバレーやニューヨークだけではないということだ。冒頭で触れたように、これらの都市をNext30と呼んでいる。
Next30の候補となるのは、ランキングトップ30内に位置する以下の都市。
シアトル、トロント、シンガポール、アムステルダム、オースティン、シカゴ、バンガロール、ワシントン、サンディエゴ、デンバー、ローザンヌ、シドニー、バンクーバー、香港、アトランタ、バルセロナ、ダブリン、マイアミ、ミュンヘンなど。
さらに、トップ30以外にも顕著な発展を見せる都市があり、トップ30を脅かす存在として「Challenger」と呼んでいる。Challenger都市には、ヘルシンキ、杭州、ジャカルタ、ラゴス、メルボルン、モントリオール、モスクワ、ムンバイ、ソウル、深セン、サンパウロ、そして東京が含まれている。
このようにNext30となるべく世界の多くの都市でスタートアップエコシステムの醸成が進んでいるようだが、その状況や強みとする分野はそれぞれ異なる。各都市におけるスタートアップエコシステムの醸成度合いを比較するための基準があると便利だ。
注目すべき世界のスタートアップエコシステム、その分析視点
Startup Genomeは世界各都市の状況を測る「エコシステム・ライフサイクル・モデル」という見方を提示。これによって各都市のエコシステムがどの段階にあるのかがひと目で分かるようになっている。
このモデルは、スタートアップエコシステムの状況を4つのフェーズに分けている。「アクティベーション」「グローバリゼーション」「アトラクション」「インテグレーション」だ。
1つ目の「アクティベーション」は最も初期のフェーズで、スタートアップ数は1,000社以下。エコシステム内の知見共有も限定的で、より大規模な他のエコシステムにリソース(起業家、投資、人材)が流出するなどの課題を抱えていることが多い。
このフェーズにある都市では、アーリーステージファンディングの強化や起業家コミュニティの拡大が求められる。また、都市の強み分野を選定し、その分野のスタートアップ育成に集中することが望ましいとされる。フランクフルト、エストニア、エドモントン、ニュージーランド、ケベック、台北、デンマーク西部などがこのフェーズにあるという。
2つ目は「グローバリゼーション」フェーズ。この段階になると、スタートアップ数は800〜1,200社ほどとなり、イグジットで成功するスタートアップが数社あらわれる。これによって国内・域内のリソースが集まりやすい環境が醸成される。
一方、他の大規模エコシステムへのリソース流出リスクは依然高い状況となる。エコシステムのスケールアップを実現するためには、シリコンバレーなどのトップエコシステムとのネットワーク構築の取り組みが求められる。
アーリー・グローバリゼーション・フェーズには、東京、バルセロナ、コペンハーゲン、ヘルシンキ、メルボルン、モントリオールなどが、レイト・グローバリゼーション・フェーズには、ジャカルタ、マイアミ、パリ、サンディエゴ、シドニー、トロント、バンクーバー、ワシントンなどが含まれている。
3つ目は「アトラクション」。このフェーズでは、スタートアップ数は2,000社以上になることが多い(都市人口などによって増減)。
ユニコーン企業や10億ドル以上でのイグジットが増えてくる段階となる。スタートアップエコシステムとしての魅力が高まり、国内外からさらに多くの起業家、人材、投資家が集まってくる状況が生まれる。この段階では、グローバルリソースの流入を加速させるための法規制の整備が求められる。
アトラクションフェーズの都市は、アムステルダム、オースティン、バンガロール、北京、ベルリン、シカゴ、ロサンゼルス、シアトル、テルアビブ、シンガポールなど。
そして4つ目が「インテグレーション」フェーズ。スタートアップ数は3000社以上。グローバルリソースを魅了し、維持できる体制が整備された状態となる。
持続可能な状態を強化するためには、グローバルレベル、国家レベル、ローカルレベルのリソース・知識の循環の中にエコシステムを「統合(integrate)」する努力が求められる。このフェーズにあるのは、ボストン、ロンドン、ニューヨーク、シリコンバレーの4都市・地域。
Startup Genomeの分析によると、それぞれの都市におけるスタートアップ分野の強みは異なり、その差異から都市ごとに特徴のあるスタートアップエコシステムが誕生することが想定される。
たとえば、東京の強みはロボットとフィンテック、マイアミはエドテックや生命科学、トロントは人工知能・ビッグデータ&アナリティクス、バンクーバーはクリーンテック、ワシントンはサイバーセキュリティ、ロサンゼルスはアドテックといった具合だ。
今後、これらの都市でどのようにスタートアップエコシステムが発展していくのか。インテグレーションフェーズにあるニューヨークやロンドンだけでなく、グローバリゼーションやアトラクションフェーズにある都市の動向にも注目と期待が寄せられる。
文:細谷元(Livit)