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銀座駅から徒歩1分。今から5年半ほど前、観光客も多く訪れるこの地に、和装・書道・茶道・抜刀の4つを通じて、和の嗜みを学ぶ場所として創設された「HiSUi TOKYO」。
現在定期的に講座を受講する会員は200名弱、一日限りの体験プランを利用する観光客は年間2,000人にも及ぶという。
なぜ、ここまで日本文化に魅力を感じ、人が集まるのか?HiSUi TOKYOの魅力とは。そしてストレスフルな社会で生きるビジネスパーソンが日本文化を学ぶことに、一体どんな価値があるのだろうか。
今回は創設者である一般財団法人翡翠会会長・海渡翠壽氏、HiSUi TOKYOを運営するジェイ・マックス株式会社代表取締役・海渡寛記氏に話を訊いた。
文化の多様性が世界をもっとおもしろくする
前置きにも触れたが、HiSUi TOKYOは、従来のような一つの嗜みを体験する教室ではない。4つの嗜みから“和”を学ぶ場を作ることで日本文化を広めるために創設されたというのだ。では、なぜこのような教室を開いたのだろうか。
翡翠会会長・海渡翠壽氏
翠壽氏:「もともと私は、和の文化を50年以上学んできました。昔の日本人は冠婚葬祭の際にみなさんお着物を着て、礼儀正しい所作をし、訪問したりお祝いしたりしてハレの日を迎えたものです。大変美しいこの文化を日本や世界の人々に伝えなくてはならないと思いHiSUi TOKYOをスタート致しました」
実はこのHiSUi TOKYOは翠壽氏だけではなく、息子にあたる海渡寛記氏もこの思いに賛同してプロジェクトを推進させたというのだ。
ジェイ・マックス株式会社代表取締役・海渡寛記氏
寛記氏:「私は現在ビジネスマン向けの英会話スクールを都内中心に6校運営しております。会長が立ち上げた翡翠会には海外からのお客さまも多く、英会話スクールのネイティブ講師が海外への情報発信などを担当することでシナジー効果が生まれると考え、運営面をシェアすることになったのです」
この二人の日本文化を伝えたいという思いによってスタートした学び舎だが、体験できるものは「和装・書道・茶道・抜刀」の4つだ。なぜ日本文化を伝える上でこの4つを用意したのだろうか。
翠壽氏:「全てつながってくることだからです。お茶だけ、書道だけを教えてくれる教室はたくさんありますが、お着物、茶道、書道、抜刀、さらに言えば華道や邦楽など、さまざまなものが合わさって初めて日本文化なわけです。
和装を始めた方が茶道にも興味を持っていただけたり、抜刀に興味を持っていただけたりと、一つのことを追及することはとても大切ですが、その全部を本格的な形で学んで頂くことで初めて日本文化を学ぶことができると考えております」
寛記氏:「われわれの目的は和の文化の裾野を広げ、世界にその良さを伝えていくことですので、誰もが気軽に、本物の日本文化を身に付けられるようにするために、明瞭な料金体系で教室を運営しております」
現在、HiSUI TOKYOに所属する会員の9割は日本人。この本格的な文化を学ぶことがビジネスパーソンにとっては様々なシーンで役立っているのだという。
寛記氏:「実際に会員様からお伺いするような話ですと、留学や旅行、仕事で海外を訪れると、海外の方にいろいろと日本のことについて質問される機会があります。外国の文化に触れ、『日本の文化を学ばなければ』という思いが芽生える方も多いです」
翠壽氏:「私も、全ての国の人々が同じように振舞うことがグローバル化なのではなく、日本人として、侘び寂びなどの知識や気品・所作・礼儀作法を理解した上で振る舞うことがインターナショナルだと思うのです。『均質化』という方向ではなく、多様性によって世界がもっとおもしろくなると考えています」
アトラクションでない「本物」の日本文化を
日本文化を広めるのであれば、誰でも参加できる様な運営方法に舵を切ることもできたはずだが、HiSUi TOKYOでは「会員制」という形でも生徒を募っている。 なぜあえて文化を広める上でハードルが少し高い方法で教室を運営しているのだろうか。
寛記氏:「われわれはアトラクションではなく、本物の文化を伝えていく学び舎だからです。海外からの観光客だけを目当てに、簡易的な浴衣や着物を着せて写真を撮るという処もありますが、HiSUi TOKYOでは何百年も続く文化を発信していくという想いがありますので、『日本人の会員さんが毎日学んでいる場に海外の方が体験しに来られる』というのが、正しい形であると考えております」
翠壽氏:「そうですね。海外の方に本物の日本文化を感じていただこうという形をとったのは恐らくHiSUi TOKYOが初めてだと思うのです。本物の日本文化は大変堅苦しい。ですがこの堅苦しさの中に、美学があるわけです。
スクールの様子
抜刀教室の様子
昔の日本文化では1時間でも2時間でも全員正座していました。HiSUi TOKYOでは海外の方であろうが、おえらい方であろうが、みなさん正座していただき、礼で終わるところまで体験していただきます。この美学を体験したいという海外の方々がいて、中にはお一人で来られる方もいるのです。
英語で、茶道を『ティー・パーティー』ではなく、『ティー・セレモニー』と表現するように、パーティーでなく儀式なんですよ。これを学んだ方々は女性も男性も胸をしっかりと張って、非常に姿勢がよろしい。たじろぐことがないので、説得力があるんですよね。例えお洋服を着ていても、ピシッとできるようになるので、みなさんにも喜んでいただいています」
忙しいビジネスパーソンこそ、日本文化を
現在銀座を中心に日本人だけではなく、海外の方への日本文化を広めているが、今後の展望について伺ってみた。
寛記氏:「アメリカ西海岸に進出したいと考えています。実は、Googleなど、IT企業の本社には禅のための部屋が用意されていたり、マインドフルネスを学ぶことは一流ビジネスパーソンの中で重要視されつつあるのです。彼らは生き馬の目を抜くような時間のない中でストレスフルな判断をし続けています。そうしたストレスに負けず、精神性を保つためにヨガやメディケーションを行うことが世界的に注目されています。
私の知り合いの経営者の方もスペインの大学院でリーダーシップを学んだ時に教科書に宮本武蔵の名著『五輪書』を用いたそうです。こうした中で、日本文化がDNAに刻まれているわれわれが海外に向けて、和の考え方、学びの入り口を準備していきたいと考えております」
翠壽氏:「例えば、お茶というのは“教える”というよりは“気づいて頂く”ことが重要なんです。お客様と問答する際にも、答えは一つとは限りません。清寂の中で自分の内面と向き合い、そこに流れる季節を感じ、その上で何を思うのかを意識する。茶の湯が文化として流行したのは、明日死ぬかもしれない武将達が一服のお茶に、季節の到来を実感し、“今を生きる”というマインドフルネスを実行していたのではないかと思うのです。
ビジネスの現場で一線で戦っている方々も、同じように立ち止まり、季節の移り変わりを感じつつお茶を味わうひとときに感謝し、自分と向き合うことが大切と考えております。こうした想いを世界に対して発信していきたいです」
写真:西村克也