INDEX
企業の成長戦略が実を結ぶには、CEOは長期的な目線で計画と投資を行う部分と、市場の圧力や株主の期待に応えるための、短期目標のクリアへの視野を併せ持つ必要がある。
この度発行されたMcKinseyの記事では「企業の健全性や長期的な業績に焦点を当てるCEOは、会社のために正しい動きをしているのにも関わらず、その収穫や報酬を得るのは、その次のCEOである場合が多くある」という事実が公開された。
今回は、そのレポートの全容と、持続可能な経営を望むCEOたちのジレンマ、それへの助言ともなりえる策もお伝えする。
短期目線の戦略VS長期目標の経営
現在の市場や株主からの評価基準は、短期目標を刻々と達成するための、迅速で機敏な経営を促進している。長期的にROIが高い戦略的なブランド構築という目標に対し、短期目標戦略は、即座に注目を集める効果をもたらしており、そのインスタント性、注目度という意味では顕著だ。
しかし、短期目標を重視する企業にとって、これらの短期目線は根本的なブランドの純粋な価値を侵食し、持続可能な経営に繋がる機会を奪うという側面を無視することもできない。
少し前のレポートを振り返ると、2017年にMcKinseyグローバル機関が発行した、「MEASURING THE ECONOMIC IMPACT OF SHORT-TERMISM」は過去15年間で米国内の上場企業600社以上を包括した調査だ。
この長年にわたる調査では「長期戦略を採用している企業は、平均でそれ以外の企業よりも、47%増の売上を記録し、36%高い収益を上げている」ことを結論付けた。
ここでいう「長期戦略を採用している企業」の定義は、McKinseyのコーポレートホライズン指数と呼ばれる、投資、成長、収益の質、そして収益管理のパターンの5要素に基づいている。持続可能な利益率の成長、キャッシュフローを追求する収益、短期目標企業よりも一貫性があり規模の大きい投資など、企業の方向性に関する5つの指標によって定めている。
MEASURING THE ECONOMIC IMPACT OF SHORT-TERMISM
その他にも同様に、20年間にわたり500の有効性ケーススタディを分析した、英国広告実務協会(IPA)による調査によると、「長期キャンペーンは短期キャンペーンよりも3倍効率的であり、市場を牽引する可能性が3倍高く、60%の利益改善を実現する可能性が高い」という事実が判明している。
大企業の13%のCEOしか、短期→長期改革を推進できない
そして今回紹介する調査は、2004年から2014年の間にアメリカの代表的銘柄であるS&P 500社に勤務した約600人の最高経営責任者(CEO)のデータの中でも、最も業績を残していると定義される、優れたCEOの在職期間と業績の関係性を調べている。
大型銘柄のみのS&P500社への調査であるため、大企業に限定したレポートということを念頭に置く必要がある。また、レポートでは、長期的なマネジメントに移行している個々のCEOの行動だけでなく、これらの決定がどのように行われたのかも評価している。
今回の調査の結果、まず、大企業のわずかな数のCEOしか、短期から長期に渡る経営へその在任期間に移行をしていないという事実が分かった。その数は、2001年から2014年にかけて、600社の内13%の80社に満たず、新任してからすぐに実行したCEOはわずか4%の25社にしか存在しなかった。
これらの新任してからすぐに短期から長期にシフトするCEOは、同じ業界の別会社でのCEOの経験を保持をしている可能性が、他のCEOよりも若干高かった。恐らく彼らは会社を経営したことに伴う自信と、キャリアの終盤に近づく彼ら自身の伝説を残すという決心をもって、長期目線での経営に移行したことが予測される。
そしてこれらのCEOは、たとえ四半期の目標が達成しない可能性がある場合や、特に同業他社が事業を縮小している時期でさえも、研究および資本プロジェクトにより投資を継続するという傾向が見られた。
彼らは、一時的な会計操作をするのではなく、キャッシュフローを反映した持続可能なの収益を生み出すことに集中し、経営軍にも、堅実な業績の重要性を知らせることを任務としていた。
会社のためにはよいが、実績が後から来るというCEOのジレンマ
この記事がCEOたちに与えるインパクトは大きい。最も注目に値するのは、「長期的に焦点を移した新CEOの任期中は、競合企業の業績を下回り、そのCEOが辞任した後に、競合企業の業績を上回る傾向にあった」という事実だ。
彼らの任期中は、彼らの大胆な変革は株主総利回りで報われなかった。McKinseyの分析によると、彼らは任期中には競合を凌駕できず、実際には競合をわずかに下回った結果を残していた。
しかし、それらの勇敢な行動は、結局は会社の業績に反映されるようになる。分析期間を3~4年先に延長して、最高経営責任者(CEO)の任期の終わりを超えたところで分析すると、株主総利回りの増加率は1%上昇し、競合をわずかに上回っていることがわかっている。
ここに、新任CEOのジレンマが生まれている。彼らは自分たちが長期的に価値を生み出すことが重要であることは心得ているが、その決断を下すことはとても困難なのだ。その過程の内で、短期間の苦い痛みを生み、自分の任期を終了させられる可能性があるからだ。
しかし企業にとってこの改革をしない損失もかなり大きい。前述のとおり、2017年のレポートでは、2001年から2014年にかけて、長期的に事業を営んでいる企業は、短期の相手企業よりも47%高い売上と36%高い収益を達成していることが明らかになっている。
それでも、個々のCEOにとっては、これらの長期的結果を達成するのは辛く苦しい道のりであり、結果的に株主に大きな利益をもたらすとしても、四半期報告のサイクルの要求を並行させながら、企業を長期的な方向に向かわせるCEOは、残念ながらほとんどいないのが現状だ。
短期と長期のバランス経営、さらには従来の資本主義からの変化
ではこの事実に対し、CEOたちはどう対応すればよいのだろうか?
CEOにとっての課題は明らかだろう。短期と長期のバランスを保つことだ。前述の英国広告実務協会(IPA)の調査では、長期的なブランド構築キャンペーンと、短期間のアクティベーションキャンペーンが、相乗効果では最もよく機能したという事実が強調されていた。
それは、60:40の法則だ。強いブランドは、活性化チャネルからより良い結果を得るに従い、そのブランドのより多くの売上高を牽引する。平均して、「コミュニケーション予算の約60%がブランド構築に、そして約40%がアクティベーションに費やされた場合に、効果が最適化されているようだ」と彼らは発見している。
また、取引所市場としても、新しい動きが表れ始めている。2019年5月、アメリカで新しい取引所が登録承認された。シリコンバレーに拠点を置く、「長期証券取引所(LTSE: Long-term stock exchange)」だ。
「株式の保有期間の長さに応じて、(株主に)議決権を優先的に配分する」という特徴を持つこの取引所創始者のEric Ries氏は、LTSEのビジョンを、「あらゆる業界の企業が、長期的な成功に向けた戦略の優先順位付けと追求を続けながら、上場できること」であると掲げている。
特に企業の経済活動と共に、社会活動への貢献も含まれた持続可能な経営が望まれてきている近年、経営者の目標設定は、社会にも影響を与える。
常にプレッシャー化に置かれるCEOたちだが、短期・長期目標の定められたバランスを保ち、そして株主やステークホルダー(利害関係者)の意思次第では、その経営の方向を変えられる時代に向かってきているのも事実だ。
文:米山怜子
編集:岡徳之(Livit)