近年インターネット上で、「オンラインサロン」や「コミュニティ運営」という言葉をよく目にするようになった。

特定のテーマに沿って、似た属性の人たちが情報交換をしたり、学びを得る人たちが集まる場所。参加する人たちは、一体何を求めてコミュニティに属するのか。

そして支持されるコミュニティ運営のコツとは。

今回は、ミレニアル世代の働くママ向けコミュニティ「Mrelations(エムリレーションズ)」を運営する、株式会社MaVie 代表取締役の志賀 祥子(以下、志賀)氏に、クローズドなコミュニティ運営における現場のリアルを訊いた。

志賀 祥子
東京都出身。新卒で大手銀行を経て、大手上場企業で社長秘書・広報を3年間兼務。その後スタートアップや上場企業の広報部門立ち上げや再構築に責任者として従事。2015年、将来的な家庭と仕事の両立を目指し広報コンサルタントとして独立し、2019年5月に法人化。2018年にミレニアル世代の育児と仕事の両立を考えるM relationsを立ち上げ、プレママからワーママが集うセッションを主催。自身も1児の母。

育児も仕事も諦めたくない人のためのコミュニティを運営

ーーコミュニティを立ち上げようと思ったきっかけを教えてください。

志賀:コミュニティのテーマでもある「育児と仕事の両立」に関心をもったきっかけは、わたし自身がその問題の当事者になったからでした。妊娠・出産・育児に関して、子育て情報は山のようにあるのに、必ず女性がぶつかる壁、そこをどう乗り越えたかの情報って世の中にほとんどないんです。

産後もキャリアを継続することを前提にしている働く女性は、妊娠中から産後を見据えた準備をしたいのですが、こういった情報がないために、必ず「働く母親が通る道」を知ることができない。そのため、皆同じ壁にぶつかっていることに関して、強く社会課題を感じていたのがきっかけでした。

こうした「育児と仕事の両立のバランス」は、人それぞれ違いますし、正解がありません。ここの価値観については、同じ女性同士でもとてもセンシティブな問題で、なかなか踏み込んだ話をしづらい。そこで、同じような価値観を持つ働くママ同士の交流ができたら、気兼ねなく話すことが出来て、お互いの経験・知見が、誰かの力になるのではないかと思いました。

コミュニティをつくったのは、私もそうだったように妊娠・出産前から漠然とした不安を抱えている女性が、これから起こることを「事前に知ることが出来ること」にとても価値があると思ったのです。また働くママ同士の貴重な経験談を知ることができたら、働く女性が妊娠・出産などでぶつかる壁を事前に無くしたり、最小限にできるのではないかと思ったからです。

働くお母さんの悩みって、昭和の初期から変わっていないらしいんです。

そのため令和になった現代でも、妊娠後に仕事を継続したいと思っていても離職率が高いまま。私自身も事前に知りたくても知りようがなかった経験から、「これからママになる世代には、将来訪れる課題やその解決策を伝えていかないといけない。同じことを繰り返すのはもう止めなければ…」と、なぜか私がやらねばと強く感じたんです。

こういった状況を少しずつでも変えていきたいですしし、自分の子どもが将来大人になるときに、流石にこの働きづらい社会は変わっていてほしい。そのためにも自分らしく育児と仕事の両立を実現できる女性を創出することに寄与したいと思うようになりました。

クローズドな場だからこそ出てくる本音

ーーコミュニティの主な活動内容について教えてください。

志賀:主な活動は2種類あります。

1つは毎月1回開催しているイベントです。平日の朝にカフェに集まって、ゆっくりモーニングを食べながらお互いの悩みやナレッジなどをシェアするというものです。

人数は双方向での会話ができるように、毎回少人数制で行っています。

普段は自分がゆっくり朝食をとる時間もあまりない働くママたちにとって、有意義な時間となっています。参加希望者が増えており、最近では週末のランチタイムにも開催するほどになりました。

このイベントの特徴は、ただ集まって、好き勝手会話するといった交流会ではありません。
参加者には、毎回話すテーマを最初に用紙に書いていただいています。

それに沿って、主催者である私が司会進行をしていきます。そのテーマに関して参加者同士双方向での会話を促進することで、互いに気づきを得たり、問題の解決や緩和につなげる、ということを目的としています。

育児と仕事を両立していると、自分の悩みと向き合う時間がなかなかありません。そういった意味でも、自分の課題や悩みを可視化できた、客観視することが出来た、という参加者の声も多いです。

もう1つは、コミュニティ内でディスカッションした情報や、イベントレポート、問題の解決事例などを発信する活動です。

これはプライベートな内容が含まれることもあるので、基本的に参加者の情報は伏せて匿名でレポートやコラムなどを書いています。

名前は架空ですが、内容は実話なので、同じような状況にいる人にとっては参考になる情報になっていると思います。また各所で行われている調査データをもとに、働く女性をとりまく環境についてもレポートとしてまとめて発信しています。

いまリアルタイムで困っている方に対してだけでなく、これから妊娠・出産する若い世代の人にとっても、有益なものになるように心がけています。

事前にそういったリアルなケーススタディを知れることで、防げた問題もあったなと私自身の実体験としてもあるので、そういった軸でのコンテンツの発信・取り組みをしています。

ーー参加されているメンバーの年齢層はどういった方が多いのでしょうか。

志賀:メインの参加層は、まさに30代前後〜40代前半のミレニアル世代の方が中心です。

お子さんの年齢は、未就学児から中学生のお子さんがいらっしゃる方までさまざまです。

また、参加者の属性で言うとく、フルタイムor時短勤務いずれかの会社員の方が大半で、経営者・フリーランスといった自営業は少数です。

1年以上運営していて思うことは、会社員でも自営業でも環境は違えど、育児とキャリアの両立でぶつかる壁は共通なことが多いと感じます。

本当に来て欲しい人にだけアプローチすることでコミュニティの質を担保

ーー志賀さんのやられている「Mrelations」はクローズドコミュニティです。新規の方は、どのようにコミュニティの存在を知るのでしょうか。

志賀:「Mrelations」は現在、紹介制のコミュニティとなっています。そのため、新しく知っていただく方の大半は、ブログを読んで連絡をくださったり、口コミがメインになっています。

その理由としては、以前とあるイベントを公開募集したことがあったのですが、その時に想定していない層の人も入ってきてしまって。

参加者の方たちに対して、その場にそぐわない営業活動などが行われてしまったことがあったんです。それ以来、本当に来て欲しい人たちにだけアプローチすることに決めました。

でもそうした拡め方であっても、参加した方々が良い評判を周りに伝えてくださるので、徐々にコミュニティの人数も増えつつあります。

現在のメンバーは30名ほどですが、ベンチャーから大企業まで、さまざまな職場環境にいる方がいらっしゃいます。

ーー育児と仕事をテーマにした集まりというのは、よくあるのでしょうか。

志賀:私の知る限りでは、大規模なコミュニティ・イベントはありますが、少人数制でインタラクティブなコミュニケーションができるコミュニティは少ないと感じています。

また価値観がわかりやすいように「ミレニアル世代の育児と仕事の両立を考える」と題していますが、参加者の世代はさまざま。ここまで同じ価値観の人が集まるピンポイントなコミュニティはないのではないかと思います。

参加者の方からも「こんな集まりがあるとは知らなかった」、「こういう場を求めていた」と言っていただくことも多いですね。

職場でも家庭でもただの友人でもない第3の場所(サードプレイス)だからこその価値

ーーコミュニティに参加するワーママの方々たちは、どんなことに価値を感じているのでしょうか。

志賀:このコミュニティでは、育児かキャリアのどちらに比重を置くのではなく、どちらも同じくらい両立する・したいといった志向をもった同士で、双方で同じレベル感で話ができる唯一の場所になっていると感じています。

実際に参加者の方からも、このコミュニティでは、同じ価値観をもつ働くママが集まっているので、そこにとりまく課題に向けた解決や建設的な話ができる場として価値を感じていると言っていただけています。今まで周囲に相談しづらかった悩みを共有できる場所でもあり、同じような価値観を持つ他の働くママはどういう風に工夫をして日々過ごしているのか知れる場所でもあると思います。

クローズドかつ少人数のコミュニティのいいところは、ピンポイントで同じ悩みを持っている人と出会えるので、初めて出会ってもすぐに深い話ができる点です。

育児と仕事の両立バランスは人それぞれで、家庭ごとの環境にも左右されることが大いにあると思います。そういったさまざまな環境下・価値観の中で同じテーマに関して話し合うことは難しいなと感じます。

またビジネス系の集まりでは圧倒的に働くママと出会うことは少ないですし、かといってママ向けイベントだと育児にフォーカスされている事が多く、「ママになっても自分のキャリアも継続していきたい」ということを発言しにくかったりするようです。実は、働くママ同士でもなかなか同じ価値観同士が出会うことってとても少ないのが現実なんです。

わたしの運営するこのイベントがもし一方通行なセミナーだったり、違う属性の人同士がダラダラ会話するだけならば、コミュニティとしての価値は低くなってしまうと思います。

ただのお悩み相談ではなく、毎回テーマに沿ってインタラクティブに対話する時間を作ることで自身の現況や抱えている課題なども明確になります。

ーー職場や友人など距離が近すぎると相談しづらいこともありますよね。

志賀:それはあると思いますね。

このコミュニティがある意味、職場でも家庭でもただの友人でもない、第3の場所(サードプレイス)として、モチベーションアップの場でもあり、癒しの場所にもなっているのかなと。

ーーなぜ今まで、そういった場が少なかったと思いますか。

志賀:いまのミレニアル世代の方たちは、ナレッジシェア精神があるのでそこが関係してきているのではないでしょうか。

今世の中にある働くママの情報は、なにかと仕事も家庭も完ぺきにこなすスーパーウーマンが多いように感じます。それはもう本当にすごすぎて、尊敬するのだけど、正直これは自身に置き換えたときに参考にできないよね、というケースが多いんです。

ほんとうに知りたいのは、同じように働く”普通の働く母親”たちの等身大の情報。ここに関して、まだまだ情報が不足していると思います。

でも、問題の当事者である私たちが本当に知りたいことって、どうやってその問題を乗り越えてきたのか、というもっと泥臭いストーリーだと思うんです。

そういったリアルな過程が知れるという点も含めて、コミュニティとしての価値が発揮できているのだと思います。

自由に人生の選択ができる環境をつくっていきたい

ーー志賀さんは、このコミュニティで何を実現していきたいですか。

志賀:孤独を感じているママさんや、将来のキャリアに不安を感じているママさんたちに対して、「いろいろなことを諦めなくていいんだよ」、「スーパーママじゃなくても、みんな自分なりのバランスで育児と仕事の両立が実現できるよ」と伝えていきたいですね。

基本的にここには悩みに対する解決策を持っている人や、様々な年齢の子どもを持つ親が集まっているので、世代を超えて情報交換ができるんです。参加者の中には、お子さんが中学生など大きくなっているので、自身のナレッジシェアはもちろん、社内にいる乳幼児を育児中の部下の悩みに少しでも寄り添えれたらと参加する方も。

今でもインターネット上には育児系のメディアは多くありますが、基本的には子育てのノウハウだったり、子どもにフォーカスが当たっている場合が多いです。

”働くママであれば必ず直面すること”についてフォーカスが当たっているものは、こんなに情報が溢れている時代であっても、少ないことが課題だと思っています。

このコミュニティがあることによって、育児もキャリアもどちらも自由に両立できる女性の創出に寄与すること、またその寛容な環境をつくっていくことが目標ですね。

最終的なゴールとしては、SNSではなくリアルで集まった情報を社会に対して発信して、結果的に女性全体の就業率や離職率なども改善していけたら幸せですね。

ーーコミュニティでのマネタイズは考えていますか。

志賀:いまは考えていません。

というのも、働くママというのは、自分にお金をかける人があまり多くないということが分かりました。

経済的な問題を抱えている人もいますし、そうでなくても、自分よりも子どもの教育に使おう、将来の教育費として貯蓄しようとなることが少なくありません。
なので、いまは基本的にコミュニティに属するだけでは、会員費などはいただいていません。

ーーコミュニティ運営をしていて、課題に感じることはありますか。

志賀:クローズドな状態で実現できているイベントのクオリティの担保をしつつ、コミュニティを拡大していくためにはどうしたらいいのか、という点は模索しています。

また、地方在住の方や駐在等で海外にいる方からも実際に問い合わせをいただいています。そういった方々にも参加していただく機会をつくるためにはどうしたらいいのか、という点も課題ですね。今後は、オンラインでのセッション開催なども検討していきたいです。

コミュニティブームはかたちを変えて細分化していく

ーー今後、コミュニティブームはどのように変化していくと思いますか。

志賀:個人的な見解ですが、参加するモチベーションや、企画の切り口がより細分化されていくと思います。

わたしは平日の夜のイベントやセミナーに登壇することもあるのですが、最近では、女性1人で勉強会に参加される方が増えているように感じます。

それほど自己成長のために時間とお金を使う人が増えてきている、ということだと思うので、今後はそれぞれのニーズに適合したコミュニティが立ち上がってくるのではないでしょうか。

例えば、同じワーママというくくりでも、育児をしながらもキャリアアップをしていきたいという志向の方もいれば、子どもが小さいうちは仕事は最低限にして、家庭を充実させたい、という方もいらっしゃいます。

異なる価値観同士が触れ合うことも大切ですが、ピンポイントな悩みを持つ人が集まれば、それはそれで新しい発見が生まれる環境となるのではないかと思います。

ーーこれからの展望を教えてください。

志賀:働くママたちの声がダイレクトに届く、社会的影響力のあるコミュニティに進化していきたいです。

また、働くママだけに限らず、ママの周囲に対しても影響力を持っていきたいです。

「Mrelations」という名前の由来にもなっているのですが、お母さんというのは職場はもちろん、夫など家族、保育園、ベビーシッターなど、関わる人=ステークホルダーがとても多い存在でもあります。

また女性を部下に持つ男性にも「働く女性の妊娠・出産・育児について」は他人事ではなく、最低限の知識を持って頂くことで、チームが円滑に進むことがあると思います。

こういった私たちの活動から少しずつでも、そういった方々にリアルな情報を知ってもらうことで、少しずつ変わっていくことを願っています。

取材・文:花岡郁
写真:西村克也