近年、植物由来の原料を使用した「人工肉」や「代替肉」が世界的に注目を浴びている。日本に古来からある精進料理のように代用食品自体は珍しくないものの、最近では「フードテック」としてスタートアップの参入も活発になっている。
植物由来の人工肉を商品に採用した、ドイツのマクドナルド
健康志向の高まりを背景に、その市場規模は拡大の一途を辿るとの予想も出てきた。大手のハンバーガーチェーンが商品として採用したことで、本格普及する可能性はあるだろうか。
大手ハンバーガーチェーンが相次いで導入
世界の人工肉市場は2023年度に約1,500億円(日本能率協会総合研究所調べ)との予測もある。それを後押しするのが、世界の大手ハンバーガーチェーンによる採用だ。
2019年4月には米国大手のバーガーキングが、インポッシブル・フーズ社による人工肉を使用した「インポッシブル・バーガー」を発売。5月にはそのライバルのビヨンド・ミート社が米NASDAQに上場し、その後は株価が急騰したことで話題となった。
ハンバーガーチェーンで世界最大手のマクドナルドは、食肉0%をうたう「Big Vegan TS」を発表。4月末よりドイツで販売しており、そのパティにはネスレによる植物由来の人工肉「インクレディブル・バーガー」を採用した。
いったいどんな味なのか、実際に食べてみた。セルフオーダー端末では他のハンバーガーとは別のページにあり、誤って選ぶことはなさそうだ。価格は3.89ユーロで、ビッグマックの4.29ユーロよりは安いもののハンバーガー全体の中ではやや高い(価格は19%の税込)。
「Big Vegan TS」の価格は3.89ユーロ
サイドメニューとドリンクのセットで7.49ユーロとなった(合計金額にはペットボトル代0.25ユーロが加算されている)
パッケージでは商品名である「Big Vegan TS」と並び、「食肉0%」であることを大きくアピールする。ハンバーガーとしての見た目はごく普通で、バンズの間には分厚い人工肉パティのほかにレタスやトマト、オニオン、ピクルスが挟まっており、食欲をそそる色合いだ。
「0%」をうたうBig Vegan TS
ハンバーガーとしての見た目はごく普通
実際に食べてみると、しっかりした肉のうま味と香りが口の中に広がった。肉の味はやや淡泊でパサつきがあり、肉汁が溢れ出てくるような感じはないものの、あらかじめ人工肉と言われなければ、まず気が付かないだろう。
菜食主義だけでなく「健康志向の高まり」に広く対応
人工肉パティとはどのようなものか、商品をもう1つ購入して観察してみた。表面はこんがりと焼き色が付いており、カットした断面も挽肉をこねて作ったものと見分けがつかないレベルだ。
Big Vegan TSのパティ
断面もとくに不自然なところはない
ハンバーガーという食べ方との相性も良さそうだ。人工肉パティだけを食べてみるとやや違和感が残るものの、バンズや野菜と一緒に味わうことで、不自然さがより軽減されるというわけだ。
ただ、ドイツではソーセージに代表される肉料理が広く食べられており、「本物」の肉が安く豊富に手に入る。その中で人工肉バーガーの需要はあるのだろうか。
ドイツにベジタリアンやヴィーガンといった菜食主義者が少ないことはマクドナルド自身もプレス発表の中で認めている。一方で、肉の消費をこのまま続けてよいものか、という議論も増えているという。その背景には健康志向や環境意識の高まりがありそうだ。
健康は大事だが、同時に肉を食べ続けたい人にとって、見た目や食味が大きく変わらない人工肉は打って付けの存在だ。植物由来100%にこだわる必要もなく、本物の肉を混ぜ込んだ商品がヒットする可能性もある。
環境意識も高まっている。新興国の経済発展に伴い世界的に食肉需要は増えているが、食肉の生産は大量の穀物と水を消費するなど環境負荷が高い。2050年には世界人口が100億人に達すると予想される中で、持続的な成長のために肉食を制限する必要性が指摘されている。
将来的に本物の肉は貴重な存在になり、贅沢品になる時代がくるのかもしれない。だが、人工肉が安全でヘルシー、持続可能という面に注目し、あえて人工肉を選ぶという選択肢もある。ハンバーガーチェーンが採用したことで子どもの頃から人工肉に親しむ人が増えれば、未来の食生活は大きく変わりそうだ。
日本では精進料理、豆腐ハンバーグやカニカマなど代用食品が受け入れられる下地はあり、ファストフードやファミリーレストランに広く人工肉を使った商品が登場する日も近いのではないだろうか。
取材・文:山口健太