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日々、仕事からの帰宅途中で購入した食事をかきこむ。「食欲がない」と思いながら、むりやり食事を流し込む——。忙しいビジネスパーソンであれば、よくある日常時のシーンではないだろうか。
そんな社会に疑問を投げかけるのが、全国の1次産業者から直接食材を購入できるサービス「ポケットマルシェ」だ。農家や漁師から直接会話しながら食材を購入することで、味とストーリーを同時に味わうことができる。
2016年9月にサービス開始し、2019年5月現在、登録している農家・漁師は1400名以上。2017年にはユーグレナやメルカリから総額1億8千万円の資金調達を行っている。
ポケットマルシェを創業したのが、代表の高橋博之氏だ。岩手県議会議員を務めた後、食べ物付き情報誌「東北食べる通信」を発行、ポケットマルシェを創業するという経歴の高橋氏。その活動の背景にある「消費者と生産者への思い」を伺った。
- 高橋博之(たかはし ひろゆき)
- 1974年、岩手県花巻市生まれ。2006年、岩手県議会議員補欠選挙に無所属で立候補し、初当選。翌年の選挙では2期連続のトップ当選。2013年、後援会を解散し事業家へ転身。NPO法人東北開墾を立ち上げ、食べもの付き情報誌「東北食べる通信」編集長に就任。2014年、一般社団法人「日本食べる通信リーグ」を創設。2016年、日本サービス大賞(地方創生大臣賞)受賞。同年夏、「一次産業を情報産業に変える」をコンセプトに、農家や漁師から直接、旬の食材を購入できるスマホアプリ「ポケットマルシェ」サービス開始。
「東京に孫ができたよう」「毎年生産者を訪ねる女性」“拡張家族”を生み出すポケットマルシェ
——ポケットマルシェの概要について教えてください。
高橋:農家さんや漁師さんから直接、食材を購入することができるサービスです。オススメの食べ方や、食べた感想なども直接やりとりすることができるのが特徴ですね。現在、1,400名を超える(2019年5月時点)農家・漁師が登録しており、常に2,500を超える食べ物の出品と、その裏側にあるストーリーが提供されています。
各ページ内には商品情報や生産者の想いが掲載されている。
——実際、ユーザーからはどのような声を頂いていますか。
高橋:「家族の会話が増えた」「家で料理する時間が増えた」「外食が減った」という声が多いです。ストーリーのある食材をユーザーが購入することによって、会話のきっかけが増えて家庭のマンネリが打破されるんです。「これは何県の〇〇さんが〇〇農法で作った食材なんだよね」と母親が話せば、子どもたちにも伝わります。
例えばポケットマルシェを利用している、東京在住のある子どもは、田舎の天気をずっと調べているらしいです。「地方で雨が振り続ければ、野菜がどうなるんだ…」と案じているんでしょうね。
また、ポケットマルシェの「ごちそうさま投稿機能」で生産者へコメントを送ることができるのですが、その子どもと仲良くなった静岡県のイチゴ農家のおじいさんが、食材のオマケでイチゴの苗を入れたらしいんですよ。
そうすると、イチゴの苗を育てた子どもが生育状況を写真で農家のおじいさんと共有したり、育て方の相談をしたりする。ますます関係性ができて、子どもとその家族が静岡にイチゴ狩りに遊びに行って、近くの海でも遊んだそうです。
身寄りがないイチゴ農家のおじいさんは、「東京に孫ができたみたいだ」と生きがいになる。子どもと家族は、東京の生活で疲れ切ったときに遊びに行く場所ができる。血縁はないんだけれども、拡張家族です。
——「拡張家族」。よい言葉ですね。ユーザーはファミリー層が多いのですか。
高橋:ファミリー層以外でも素敵なエピソードがありますよ。ある若い女性は、年末年始の度に生産者を訪ねています。ある年の大晦日に、自宅で一人で過ごさなければならず寂しい思いをしていたその女性に、生産者が遊びに来るよう誘ったんです。
田舎の生産者は、大晦日にたいてい祭り事を行なっています。みんなで食材を持ち寄って、お祈りをするんです。そこへ遊びに来た女性に、みんなが「よく来てくれたね」「ちゃんとごはん食べてるの?」などと、声をかけてくれたそうです。「思いを馳せ合う関係性に救われた」と彼女は話してくれました。以来、彼女は年末年始に生産者のもとを訪ねているというわけです。
「ポケットマルシェ」でも、そんなエピソードが増え始めていますね。
東日本大震災で、生産者・消費者への思いがひとつに
——まさにストーリーですね。高橋さんが食のストーリーの重要性に気づいたのは、どういったきっかけがあるのですか。
高橋:「生産者のストーリーを伝えることで、食べ物の価値を上げる」と、「食を通して、消費者に生きる実感をしてほしい」この2つの思いがありました。
もともと岩手県の県議会議員を務めていて、その活動のなかで農家さんたちに出会いました。実際に手伝いをさせていただいて、どのように農作物が育てられているのかを知ったんです。
「持続可能な農業」にこだわっている農家さんなど、様々な方たちに、食べ物がどう生まれているかを教えてもらいました。と同時に、農業の苦労を感じたんです。
しかし、消費者にはそのような農業の実情は大規模流通によって見えなくなってしまっている。見えないと価値を感じることはできません。結果として食べ物の値段が下がってしまっているという実情があります。
その食べ物のストーリーを伝えることで、食べ物の価値と、農家の収入をあげられるのではないかと考えました。
一方で、生産者に加えて消費社会にも課題意識を持っていて。栄養補給のためだけに、機械的に食べる人があまりに多い。もちろん僕自身もそういう食事に頼ってしまうこともあるんだけれども、機械的な食事ばかりになってしまったら、生きている実感がありません。
このように、生産者と消費者、2者への思いがありました。
——その2つの思いが合わさった瞬間があったのでしょうか。
高橋:東日本大震災で合わさりましたね。震災でボランティアに行った人が、東北の人や物に触れて、元気をいただいて帰っていくんですよ。何も失っていない人が、全てを失った人のもとに支援に行って、元気をいただくという場面をたくさん見てきて。復興というのは、都市も含めたスケールで考えていかないとダメだと思ったんです。被災地だけの課題で考えていたのではダメだと。
「食べ物のストーリーを伝えることで食べ物の価値を上げて、かつ消費者にも生きる実感をしてもらえるようなサービスを作りたい」ということで、2013年に創刊したのが、食べ物付き情報誌の「東北食べる通信」です。おいしい食べものを作り続ける東北各地の農家や漁師をクローズアップした特集記事とともに、彼らが収穫した食べものをセットでお届けする、という仕組みになります。
ポケットマルシェを社会インフラへ
——食べる通信の編集長を続けながら、2016年にポケットマルシェを創業されました。
高橋:食べる通信は、今では北海道から沖縄まで全国30以上の地域に広がりました。これによって「食べ物にとって情報というのが付加価値になるのか?」という仮説が証明されたので、今度はビジネス領域で勝負して、さらに価値を広げていこうと創業したのが、ポケットマルシェです。
——ビジネスとNPOの違いは感じますか。
高橋:スピード感が違います。株式会社は資金調達をして、資本が入ってくるわけですから。ある程度スピード感を持ったリターンを求められるわけです。
葛藤はありましたよ。利益を求められることに慣れていなかったので、当初は自信をなくしました。けれども、創業から数年が経って割り切れるようになったんです。
ユーザー数も徐々に増えてきて、ポケットマルシェによって生産者も消費者もハッピーになることも分かり、自信にも繋がりました。株式会社とNPOは二刀流です。「NPOとしてビジョンを伝え、スケールさせるために株式会社化する」という戦略は正しかった、と今は思っています。
食べる通信という生産者に喜ばれるサービスを7年間やっていたおかげで、ポケットマルシェは生産者にも比較的スムーズに受け入れてもらえていたと思います。信頼というのは1日でできるものではない、というのを感じているところです。
——今後はどのようなことに注力していきたいですか。
高橋:さらにユーザー(消費者)を増やしていきたいです。そのためにも、ファンベースマーケティングで広げて行きたいですね。すでにサービスの価値を知っていて、楽しんでいる人たちに、広げてもらう。
僕の場合、サービスを使う決め手は知り合いが使っているかどうかです。「彼が好きなら自分も使ってみるか」。こういう波及を、ポケットマルシェでも広げていきたいですね。ポケットマルシェにもコアユーザーが出てきましたが、コアユーザーが自分の周りにポケットマルシェについて話したくなるような仕掛けを作りたいと考えています。
——現状、コアユーザーに広げてもらうための施策はありますか?
高橋:これまではインターネットの世界でサービスを展開していましたが、これからはリアルな世界にも攻めていきたいと思っています。ネットとリアルの融合ですね。
2018年には、1年間かけて一次産業の未来を語り合うイベント「平成の百姓一揆 ”高橋博之 47 CARAVAN”」を、47都道府県で開催したんです。僕や生産者の思いを伝える場のほか、生産者とユーザーのトークの場を設けました。
生産者とユーザーのトークが繰り広げられた
登壇したユーザーさんの、「生産者さんから直接商品を買うことで生活が変わった」という生の声を聞いて、生産者はすごく嬉しそうでした。こうして消費者の声が届くことは、生産者のモチベーションに繋がりますよね。
トークショーの来場者も、他のユーザーの利用シーンを具体的に聞けたことで、ポケットマルシェの利用頻度が上がるのでは、と思っています。
具体的な事例を見せていくことで、サービスの魅力を伝えられると思います。そうしたリアルの場でも施策を考えているところです。定期的にリアルのマルシェもやっていきたいですね。
今のポケットマルシェには1,400名の生産者が登録されていますけれども、直販をしたいすべての生産者さんに登録していただくのが目標です。一部だけではなく、全ての1次産業者にとって欠かせない、社会インフラにしたいと思います。
取材・文・写真/吉田瞳