働き方の選択肢の広がりや価値観の多様化、スタートアップへの注目の高まり、情報量の増加…。就活市場に大きな変化が訪れている。そんな中、就活情報の格差是正や透明化を図ることで、新世代の就活マーケットに挑むスタートアップ企業がある。

2019年3月末日にAMPでは、OB・OG訪問マッチングサービスを展開するMatcher CEOの西川晃平氏と、就活クチコミサイト ONE CAREERを展開するワンキャリア 経営企画室の寺口浩大氏を迎え、新世代の就活についてトークセッションを展開した。ファシリテーターはAMP共同編集長木村和貴。

就活市場の最前線でビジネスを展開する2人は、求職者の価値観や就職活動を取り巻く変化について、どう感じているのだろうか?

環境の激変で、「修行志向」になる学生たち

「新世代の価値観はどう変わっているのか」。ファシリテーターの木村の問いに対して、登壇者の2人は、求職者がより「力をつけたい」という志向を持っていると指摘した。


ワンキャリア 経営企画室・採用担当の寺口浩大氏

寺口氏「安定志向といわれていますが、そもそも安定は安心を得るためのかつての有効手段で、そのトレンドは、『安定』から『修行』に変わってきています。東大・京大生の就職人気ランキングを見ていても、ランキングの上位6社までをコンサルティングファームが、トップ10企業のうち8社を占めています。安定すること自体がリスクとなりつつある現在、『ファーストキャリアでは修行して、資産となるスキルや経験を身につける』という意思決定が、優秀な学生にとって合理的な選択となっていることを表しています。

僕の友人にも同じ考えで外資コンサルティングファームに就職した人がいます。その理由を、彼は『プロジェクトに入りながら色々な企業を支援して、企業の内情を見られる。内側を知った上で、もう一度就職活動ができるから。さらに力もつくし、稼げる』と言っていました。その志向がメインになってきているということですね。

自然なことで、彼らが日々触れるニュースでも有名企業が潰れたり、これまで全く知名度がなかった企業がユニコーンとして出てきたりしています。法人の死生観というか、こうしたビジネスの環境の激変も、若い人の考えに影響していると思います」

寺口氏が運営しているのは、学生のための就職活動口コミサイト「ONE CAREER」。選考のポイントやES・体験談などを掲載し、月間100万人の学生が利用しているという。さらに、クチコミサイトに蓄積された行動データによって、企業と学生をマッチングする事業も展開している。


寺口氏が運営する、学生のための就職活動サイト「ONE CAREER」

もう一人の登壇者である西川氏も、30年前と現在の世界時価総額の上位ランクイン企業の比較から安定という言葉の解釈の変化について同意した。


Matcher CEOの西川晃平氏

西川氏「世界時価総額ランキングを観てみると、30年前は多くの日本のメーカーや銀行が上位にランクインしていたものの、現在では当時影も形もなかった米国や中国のIT企業がランキング上位を占めています。

つまり、多くの日本企業は急激なテクノロジーの進歩に追いつくことができず、他国のIT企業に取り残されました。その結果、日本大手メーカーの事業売却や早期退職者募集が拡大し、終身雇用制度が崩壊しつつある。このことから『安定』とは企業に帰属するものではなく、個人の能力に委ねられものだと解釈されるようになってきているのではないでしょうか」

西川氏は、 “就活相談をしたい学生”と“お願い事をしたい社会人”を 大学関係なくワンクリックで繋ぐ、OB・OG訪問マッチングサービス「Matcher 」を運営している。さらに、OB・OG訪問をしたいと思って集まって来た学生のデータベースを企業に開示し、企業がスカウトできる機能も展開。スカウト(ダイレクトリクルーティング)における、採用業務の代行も行っている。

西川氏が展開する、OB・OG訪問マッチングサービス「Matcher 」

合同説明会のように「企業発」の情報だけ整えても意味がない時代に

現在、学生への情報発信の主流となっているナビサイトや合同説明会。2人は、必要性を認めつつ、「ナビサイトや合同説明会」だけでは、情報発信としては不十分だと語る。

西川氏「まず、求職者側の視点でお話しします。ナビサイトや合同説明会は、インターネットに散らばっている情報を集約していて、情報にアクセスしやすくしてくれています。とはいえ、ネームバリューや資本力のある大企業ばかり目についてしまうのが、ナビサイトや合同説明会の特徴でもあります。知名度がなくても自分にマッチした企業を見つけるのが難しい。

だからこそ、求職者側は、『ナビサイトや合同説明会に接触して、ネームバリューがあり既に知っている企業の情報を深く知りたいのか、あるいはネームバリューがなく知らないけれども面白そうな企業の情報を知りたいのか』を考えながら接触していかないと、機会損失を生んでしまう可能性があります。

企業側からすると、ナビサイトや合同企業説明会は、多くの求職者と接触できる機会となります。しかし、経営視点での理想的な採用とは「採用目標人数が10人であれば、10人に会って採用できること」だと考えているので、掲載やイベント出展するための直接コストやその後選考をする間接コストを考えると、企業にとっての“求める人物像”が明確であれば、ナビサイトや合同企業説明会は使う必要はないのではないかと考えています」

一方、ブランド形成のフレームワークを使って、寺口氏が企業の情報発信について解説した。

寺口氏「ナビサイト・合同説明会は、インフラとしてまだ必要です。実際利用者もいる。中長期的に見ると、民営化したハローワークのような立ち位置になるのではないでしょうか。

ここでお伝えしたいのが、ブランド形成のための『4つの主語のフレームワーク』です」


主語のフレームワーク。これからの求職者は、「誰が発言しているのか」で情報を判断する

寺口氏「自社HPやナビサイトは、要は“私たちはよい会社です”といっているので“We”にあたります。企業はナビサイトや説明会などWeに当たる部分へ多額の投資をしてきましたが、求職者は“It”にあたるフラットなメディアやレーティングサイト、右側の“He”や“She”にあたる「クチコミ」での情報収集に時間を割くようになってきています。

電通報にも就活生の情報源について調査結果が出ていましたね。選考途中の人、選考を受けた先輩、従業員、やめた人がそれぞれその会社について何と言っているかを鑑みて総合的に判断しているんです。キャリアに対するリテラシーが高い人ほど、ItやHe、Sheからの情報収集に時間を割いている傾向があります。

オウンドメディアや自社の採用ホームページを作って、Weを整えるのはよいのですが、同時にItとHe, Sheからの発信内容も観察しデザインしていく必要があります。We, Iが伝えることと、It, He, Sheが伝えることが乖離すると、自画自賛状態になり結局ブランドが毀損します。

例えば物を買うときでさえ、どんなにCMが格好良くてもクチコミで悪く言われている商品は購入しませんよね。キャリアという人生の投資先の意思決定ならなおさらです。右側と左側にバランスよく投資をして、『(働く先として)この会社はこういう特徴を持っている』と認知される状態をつくる。これが採用におけるブランド強化につながります。求職者が時間を投資するコンテンツが右側にシフトしているにもかかわらず、Weにあたる、ナビサイト・合同説明会ばかりに偏った投資をし続けるのは合理的ではないということですね」

学生の目利きも問われる?求職者は、どう情報収集するべきか

今回、2人の登壇者の意見が正面からぶつかったのが、学生の情報収集に対する考え方だ。「リアルな情報を知るためには、OB・OG訪問をして、よい情報も悪い情報も仕入れるべき」と語る西川氏に対して、寺口氏は「OB・OG訪問によって、歪んだ解釈をそのまま飲み込んでしまう懸念」を指摘した。

西川氏「学生が良くも悪くもリアルな情報を知るためには、企業が採用担当の立場でOB・OG訪問を受け入れている社会人ではなく、『学生のために』とフラットな立場ででOB・OG訪問を受け入れている社会人に話を聞いた方がよいと思います」

一方、寺口氏は「OB・OG訪問の懸念点」について語った。

寺口氏「個人的には、『まず会え』というのは少し懸念を抱いています。事前にファクトを仕入れておらず、自分なりの解釈がない状態のまま会ってもお互いにとって有意義な時間にはなりません。また、職業観に対する自身の考えが全くない中で、固定の解釈を持つ人の『べき論』に触れてしまうと、全部鵜呑みにしてしまいかえって困惑してしまう可能性もありますよね。

社会人は熱心にアドバイスしてくれます。しかし、学生のためを思ってピュアな気持ちで教えてくれる人もいる中で、自分の価値観を押し付けて共感を得たい『アドバイスおばけ』も稀にいます。実際、現場で活躍している人には仕事が多く集まり、OB・OG訪問に時間を生み出すのが難しいこともあります。

もちろん、会うなということではなく、事前に自分でデータを集めて仮説(問い)を持ったうえで、狙って社会人に会いに行くのがお互いにとって良いのではないかと思っています」

これに対し、西川氏はさらにこう述べた。

西川氏「それはある種、学生を過小評価しているのではないかと思います。人は自身の実体験ベースでしか物事を語れないと思っていて、確かに歪んだ解釈を持つ人もいるかもしれないが、それを“こういう社会人になりたくない”と取捨選択するのは、あくまで情報の受け手である学生自身に委ねるべきで、自分なりの解釈の型をつくっていくうえでも、色々な人に出会い、色々な解釈や価値観に触れるべきだと考えています。

情報発信者視点でも『解釈を排除して情報発信するべきだ』という考えが一般化してしまうと、人々が情報発信を恐れて、本来流通するはずの情報が流通しなくなってしまう可能性がある。だからこそ、自身の実体験ベースでしか話せない情報、ここでいう解釈や価値観も合わせて伝えるべきだと思います」

インターネットでも情報が簡単に手に入ってしまう現在、データに対する学生の目利き力も問われているのかもしれない。

従業員満足度を上げ、企業の透明化を図る

今後の就活市場の展望について、2人は共通して「企業の透明性」の重要性を挙げた。

寺口氏「2019年は『採用の透明性』トレンドが本格化します。僕らは透明化元年と呼んでいますが、本格的に嘘がバレる時代が来ると思っています。学生が企業の発信情報を別の情報源からリファレンスチェックするようになりました。また、SNSなどで個のメディア化も進んでいるので、今までのように情報統制しようとしても難しいです。キーワードは透明化。

しかし、採用だけ透明化するのは不可能だと思っています。事実として透明性のある採用をやっている会社は、前提として透明性のある経営をもともとしているんですよね。だから社内で話していることと、社外に伝えていることにズレがない。結果として求職者の認知と体験のギャップも少なく、逆に採用広報で出しているお化粧情報に社員ががっかりすることもありません」

寺口氏の語る、採用の透明化の例として、Smart HRが挙げられる。採用面接用の会社紹介資料を公開したところ、応募数は5.3倍に増加したという。給与やストックオプションまで公開したスライドを見た人からは、「オープンな社風を体現してますね」との声が出ているという。採用における透明化の好例といえるだろう。

寺口氏「もう一つ、『経営と採用担当の距離』が大事になってきています。経営と採用担当が近ければ、どのような情報を伝えるべきかリアルタイムでコンセンサスがとれている。逆に距離が遠ければ、何の情報を開示していいのか理解できないし、短期的なKPI達成のために経営の中長期方針と真逆のアクションをしてしまう。

例えば、現場が採用人数充足だけを目的にしてしまうと『オワハラ』など過度な囲い込みが発生し、そのクチコミが出回った結果、採用ブランドは毀損しますよね。経営陣と採用担当が近い距離にあったら起こり得ないことです」

西川氏「『新卒採用におけるリファラル採用の普及』と『従業員満足度の向上』、2つのキーワードを挙げたいと思います。リファラル採用が中途採用で普及していますよね。昨今のOB・OG訪問の盛り上がりから、新卒採用でも内定者の繋がりやOB・OG訪問を活用したリファラル採用が普及してくると予想しています。

リファラル採用は、従業員や元従業員などの友人・知人を紹介してもらう採用手法なので、従業員や元従業員が紹介したくなる会社であることが非常に重要です。そのため『従業員足度の向上』を目的とした組織開発を重要視することが中長期的に採用差別化になってくるのではないかと考えています」

OB・OG訪問を活用して、「人との出会い」を生み出す西川氏と、メディアを活用して学生に「ファクト」を提供し続ける寺口氏。アプローチの方法は異なるが、「新卒採用への問題提起をしていきたい」という思いは同じ。2つの思いがぶつかりあうイベントとなった。

SNSが発達して、誰もが発信できるようになった現在、不誠実な取り組みをしている企業は淘汰される。そして、それは採用も同じだ。採用者から少しでも「不誠実だ」という印象を持たれてしまった企業は、求職者に集まってもらえず、企業の資源である働き手を失ってしまう可能性がある。自社がどこまで経営や採用をオープンにできるかが、今後の企業の課題となりそうだ。

取材・文/吉田瞳
写真/西村克也