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平成のトレンドを振り返る上で、時代の流れとともに大きな変革を迎えたものの一つに「写真」がある。平成の幕開けとともにデジタルカメラが誕生(1990年にDycam社が発売した「Dycam Model 1」が商品化された最初のデジカメと言われる)し、2000年頃にはカメラ付きの携帯電話が大流行。
デジカメや携帯電話はその後どんどん小型化・高画質化したが、2008年にiPhoneが国内発売され、気がつけば誰もがスマートフォンを持つ時代に。デジカメの出荷台数は下降の一途をたどり、気がつけば2016年には2010年の5分の1程度(2,418万台)になった。平成のカメラの遍歴をざっくり振り返れば、そんな流れだろう。
平成の写真トレンドを振り返る
日本の「写真トレンド」と言われてすぐに思いつくのは、やはりプリントシール機(以下、プリ)だ。1995年のプリ誕生以降、写真がシールで出てくる目新しさとかわいく思い出に残せる楽しさが奏功して、女子高生を中心にすぐにヒット。
交換したプリを貼るプリ帳も一大トレンドとなった。ギャルや読モが全盛期を迎えた2006年以降は「盛り文化」が一般化し、プリ機自体もどんどん多様化した。
20周年を経たプリの現在について、プリ機大手のフリューで「ガールズトレンド研究所」所長を務める稲垣涼子氏は「女の子の定番の遊びとなったことと、“盛れる”という概念を生み出したことが最大の功績だと思います。かつてのガングロギャル全盛期の仕上がりを変えずにいたらプリはなくなっていたはず。
例えば今であれば“自然に盛れる”といったように、その時のトレンドを掴みながら女の子に寄り添って進化しつづけてきました。その結果、ただ写るということだけではなく、可愛くなる“盛れる”ツールとしての役割がプリから生まれました」と説明する。
また「重要なのは、プリが単なる写真ではなく、プリ帳を通して友だちをつなぐ役割を持つということだ。稲垣氏も「SNSが誕生するよりもはるか前から、プリシールやプリ帳を通して人と人とのつながりが作られていました。シールを交換していくことで、直接の友だち同士だけでなく、会ったことがない友だちの友だちが写ったプリが自分のプリ帳に貼られていきました。そうして集めたプリでいっぱいになったプリ帳の厚みは、今でいうSNSのフォロワーの数のようなものだと思います」と話す。
(画像)当時のプリ帳
プリのような“写真をベースにしたコミュニティ形成”は、今のSNSへとつながっている概念だろう。
“盛り”文化の先にインスタグラムがあった
写真に特化したSNSといえば、2010年10月にスタートしたインスタグラムがある。最大の特徴はデジタルに画像をアーカイブできること、そして無料で利用ができること。SNSが日常に欠かせないツールとなった背景には、もちろんスマホの普及があって、移動などの隙間時間を埋めるコンテンツとして主権を獲得できたことがある。
フェイスブック社によれば、日本ではすでに2,900万を超えるインスタグラムのアクティブアカウントが存在する(2018年9月時点)。2018年にはショッピング機能が生まれ、画像を見てすぐに商品を購入するという文化も生まれた。
最近では、情報を探すときに、グーグルでの文字検索よりもインスタグラムでの画像検索を使うという声もあるほどで、画像を中心としたライフスタイルが定着したのは、まぎれもなくインスタグラムの功績だ。
少しでもいい写真を載せたい、という思いから「インスタ映え」が流行語となったのが2017年。ここには、プリに見られた「盛り」の文化が継承されている。
時代の逆張りとして、アーカイブ性から“儚さ”に魅力を感じる
そんなインスタグラムが生んだ、平成のもう一つの大きな流れが「アーカイブ性」の終焉だった。具体的には2016年8月に導入された「ストーリーズ」機能によって、投稿した画像は“消えること”が前提となった。
すでに日本のデイリーアクティブユーザーのうち、7割が毎日ストーリーズを使っているそうだが(2018年9月時点)、背伸びをする「盛り文化」が主流だった画像プラットフォームにおいて、気軽に「ありのまま」を投稿できるようになったのだ。
こうした流れに沿うように、フィルムカメラ、とくに富士フイルムの「写ルンです」が20代を中心に大流行した。
スマホでの高画質な撮影、SNSへの投稿が習慣化した若年層にとって「撮影してもすぐに見られない」ということ自体が新鮮だった。ここでもやはり「加工」という概念はない。「ありのまま」の写真だ。
富士フイルムとも付き合いのある、ストーリーのある出張フォト撮影サービス「ラブグラフ」創業者の一人・村田あつみ氏は、こうした流れについて、「『未来』や『理想』がテーマだった“インスタ映え”から『日常』や『過去』へと若年層の興味が移っています。暗く写ってしまったり、ノイズがあったり、ブレてしまう『写ルンです』はまさに過去を切り取る最良の手段でした」と説明する。
「ラブグラフでも、彩度が高く目新しい写真が人気だった数年前と比べると、最近のニーズは、より落ち着いたテイストの写真です。とくに“映える”写真ではなく、二人の思い出の場所で撮影をするなど、背景にストーリーのある“エモい”写真が中心となっています」。
ちなみに、富士フイルムが1988年に発売した「チェキ」も同様のアナログブームによって、見事な復活を遂げた。デジタル化の影響で売り上げが低迷し、生産中止の寸前まで追い込まれた時期を乗り越え、2018年度にははじめて年間1,000万台を発売したそうだ。20年間の売上累計は約4,400万台ということからも、この数字がいかにすごいことかがわかるだろう。
“盛り”から“バーチャル”へ、一方では新たなカテゴリーも生まれている
では、刹那的ともいえるストーリー機能やアナログブームによって、写真トレンドがナチュラル思考へと回帰したのかといえば、決してそうではない。
むしろ、テクノロジーの進化によって、加工技術は格段に精度を上げており、ZEPETOのような“アバター”文化も生まれている。“加工”を超えて、もはや“バーチャル”というか“別人格”を形成しているのだ。
インスタグラムにおいても、きわめて人間に近いルックスの“バーチャルモデル”が数多く登場している。
インスタグラムで世界初のギャルバーチャルモデルの葵プリズムを生み出した仕掛け人いわく、「ありとあらゆるコンテンツが累乗的に生み出され続ける“電子の海”では、いかに人目を引くかの一点のみが求められます。写真トレンドの中で“バーチャル”という文化が生まれたのは、ひとえに、キャッチーであることを求められたから」だという。
(画像)葵プリズム公式アカウント
ZEPETOはいわゆるゲームのような“アバター”の延長にしかないが、“バーチャルモデル”は極めて本物に近い。
今後、こうしたバーチャル文化がマスへと広がる可能性について聞けば、「コンプレックスを加工によって過剰なまでに修正するように、むしろ人間のほうが“バーチャル的”とも言えます」と答える。たしかに、葵プリズムをインスタグラムで見ると、人間よりも人間らしい部分を持っているようにも感じる。
写真の根底には“コミュニティ”にある
さて、こうして、平成の“写真トレンド”を振り返ってみると、目的や用途は全く異なるが、デジタル化という時代の流れとともに“ナチュラル”と“別人格”への二極化が進んでいるように感じる。
今後の“写真トレンド”について、ラブグラフの村田氏も「“超自然”な写真か、加工の先にあるアートとしての写真という二極化が進むのでは」と考える。iPhoneの写真を一切の加工なく使う一方で、複数枚の写真を組み合わせたりアート作品のような抽象的な写真を撮ったりするというのだ。
しかし、どんなテイストの写真でも、変わらない大前提がある。「写真」がコミュニケーション手段になるということだ。プリはその最たる例だが、SNSもアバターも、自分の理想や世界観を画像で表現する場になっていて、感覚の合う人同士が画像を媒介につながる(フォローする)ことができる。「写真とは、共有によって関係性を深められるツール」だと村田氏は語る。ストーリーのある“エモい”写真は、仲間同士の絆をなお深める手段になるだろう。
インスタグラムの広報担当も、「現在では動画やストーリーズも含め、様々なフォーマットで日常のあらゆる瞬間をシェアする場所になっています。その意味では写真文化にとどまらない、あらゆるビジュアル表現が可能なプラットフォームへと進化しており、今後もコミュニティと一緒に成長を続けていくと期待しています」と強調する。
また、「ガールズトレンド研究所」の稲垣氏も、「ツールや環境は変わっていきますが、承認欲求や、記念として残したり、人とのつながりを楽しむといった本質的なニーズは変わらないと思っています。写真はコミュニケーションをより広くします。現時点でもすでに国境の垣根を超えた情報交換ができますが、今後もさらに広がっていくでしょう」と話す。
事実、5月22日にフリューの「ガールズトレンド研究所」プロデュースのもと、リニューアルオープンしたSHIBUYA109のプリ機専門店「moreru mignon(モレルミニョン)」は、もはやコミュニティスペースのような雰囲気だ。
写真のテイストやトレンドはこれからも変化し続けるだろうが、写真が人をつなげるという点だけは、写真が持つ普遍的な役割ではないだろうか。
取材・文:角田貴広