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海外の優秀な大学といえば、誰もが思いつくのはハーバードやオックスフォードあたりだろうか。最近「ドイツのハーバード」と称され、注目を浴びている大学がある――マンハイム大学(University of Mannheim)である。
ドイツの歴史地区バーデンヴェルテンベルクに位置するマンハイム大学は、1907年に設立。もともと商科大学であったことから、経営分野に強い大学として知られている。
2002年に開校したビジネススクールは、MBAランキングで国内1位(2019年)。さらに2013年には、起業支援に特化した「マンハイム起業・イノベーションセンター(Mannheim Center for Entrepreneurship and Innovation、以下MCEI)」が設立され、実地的な講義やバックアップ体制などのユニークな取組みが注目されている。
今回は日本ではあまり知られていないドイツのマンハイム大学とMCEIの起業支援について紹介する。
起業に興味のある人はウェルカム。門戸の広いMCEI
マンハイム大学の隣にあるMCEIは、同大学が運営する起業支援機関だ。大学の学生はもちろん、起業に興味のある人であれば誰でも受講可能であり、幅広く門戸を開いている。これから起業しようとする人のみならず、すでに自身でスタートアップを経営している人にとっても、実りの多い講義内容であると人気を集めている。
MCEI最大の特徴は、起業に関係するすべての人たち(起業を志す学生、すでに起業済のスタートアップ、投資家)のコミュニティとなっているところだ。MCEIは、起業のノウハウや知識を学べる「学びの場」としての機能だけではなく、若きスタートアップの「相談所」であり、ネットワーク作りが期待できる「出会い・交流の場」であり、リアルタイムにスタートアップが輩出される「誕生の場」なのである。
MCEIのサイトによると、マンハイム大学やMCEI、ビジネススクールの卒業生・在校生が設立したスタートアップは現在までに246社。うち、2015年以降のものは100社にのぼる。分野もIT、マーケティング、食品、ファッション、旅行、医療、化学、ビジネスデザインなどと非常に幅広い。多種多様なスタートアップが育つ、豊かな土壌ができていることがわかる。
学生が新米スタートアップをカウンセリング?
MCEIの講義は、春と秋の年2回開講される。学士課程と修士課程があり、開講内容はウェブサイトに掲載され、受講申し込みもサイトからできる。
講義はいずれも英語で行われ、起業に関する基礎知識を学ぶベーシックなものから、ワークショップ中心の発展的なものまでレベルも内容も様々。「MAN 631:実践におけるクリエイティビティと起業家精神」では、生徒が実際にプロジェクトを組んで起業する。そのプロジェクトをきっかけとして、後々に続くスタートアップに発展したケースも多々ある。
また、成長に悩むスタートアップを学生たちが相談に乗り、解決策を見つけるというユニークな講義もある。「MAN633:起業家精神」では、創業5年以下、従業員150名以下の新しいスタートアップを対象に「悩み相談」を募集。応募された中からピックアップし、彼らと一緒に解決策を探っていくという内容だ。
費用は双方共に発生しない。スタートアップ側は無料でコンサルが受けられ、学生側は、自分が起業したらどのような壁にぶち当たり、それをどう解決していけばよいかということを、体験として学ぶことができるという利点がある。
起業家たちをサポートする充実した環境
カリキュラム以外では、多彩なイベントや支援制度が起業家の卵たちをバックアップしている。
誰でも参加できる交流会「MCEIスタートアップラウンジ」では、ドリンク片手にリラックスした雰囲気でネットワーク作りができる。檀上では現役起業家によるトークイベントも行われる。
「MCEIシードアワード」は、最も成長の可能性を秘めたスタートアップに賞を贈る、スタートアップの新人賞のようなもの。応募資格はマンハイム大学の卒業生・在校生によるスタートアップに限られ、年に1回開催されている。受賞した団体には1万ユーロの賞金が授与され、活動資金として使うことができる。
また、学生は3Dプリンタなど最新の設備を備える作業スペース「デザインラボ」を無料で使うことができる。
今やマンハイム大学は「若く優秀な起業家や起業家の卵、スタートアップが集まる場」として認知され、投資家やイノベーティブな人材を探す企業からも注目が集まっている。大学自体が、起業家のプラットフォームとなりつつあるようだ。
では最後に、マンハイム大学やMCEIから生まれたスタートアップをいくつか紹介する。
Travel U
TravelU
MCEIの講義から生まれたスタートアップで、旅行アプリ「Travel U」を開発。アプリに食べ物や趣味など自分の好みを登録すると、旅先における、その人に合った行き方やレストラン、アクティビティなどがアルゴリズムにより導き出される仕組みだ。
これにより効率的に、カスタマイズされたプランが可能となる。現在はヨーロッパ10都市に絞ったベータ版を稼働しており、将来的にはアフィリエイトやGoogle AdSenseなどを使って、サービスを収益化を図る予定だ。
Travel Uのメンバーは国籍の異なる5人の現役学生で構成される。それぞれの文化的・地域的な知識を駆使することで、より深みのある内容を反映できることが強みだ。
YFood
YFood
2017年に、マンハイム大学卒業生により設立された食品スタートアップ。「健康的なファストフード」をテーマとした、栄養バランス飲料「YFood」の開発・製造をしている。YFoodはたんぱく質、ビタミン26、ミネラル、オメガ3脂肪酸、繊維などを豊富に含み、バニラ、チョコレート、ベリー、コーヒーの4つの味を展開。半日程度の空腹を満たしてくれる。
現在はオンラインとドイツ、オーストリアの実店舗(約5000軒)で販売しており、総収益は1000万ユーロに達するとのこと。現在は20名のスタッフを抱え、2019年内にはアメリカに進出も予定している。成長著しいスタートアップだ。
appinio
appinio
マンハイム大学の卒業生を含む4名が立ち上げたスタートアップで、2014年設立。低コストで効率的な市場マーケティングを可能にする、ITプラットフォーム「appinio」を開発した。
appinioは市場調査プロセスを自動化し、ターゲットを絞った市場セグメントにリアルタイムでアクセス。オーディエンスは、同社のモバイルアプリを通じてアンケートに回答し、数分以内には調査結果が生成される。コストは従来の10〜30%に抑えられるという。
BucherBags
Melina Bucher
マンハイム・ビジネススクールに在籍する現役女子学生Melina Bucherが立ち上げた、女性向けのバッグブランド。「ビーガン」「持続可能」「スマート」の3つを主軸テーマとし、ビーガンレザーを使った、スマートでファッショナブルなバッグを製造している。接着剤、着色料、アクセサリーまですべての素材に動物性のものは一切不使用。PVCなどの有害物質も使わない、地球環境にやさしい製品にこだわっている。今の時代に即した、理念とアイディアを実現化させたスタートアップだ。
Laptop LockWare
Laptop LockWare
マンハイム大学で経営学を学んだNiklas Schäferが2017年に設立したスタートアップで、ノートパソコンの盗難防止ソフトウェアを開発。Niklasは同大学の修士課程に在籍しており、MCEIのスタートアップラウンジにもたびたび参加している。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)