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最先端の電子国家として注目を集めるエストニア。旧ソ連のイメージが強い同国だが、様々な意味で実際にもっとも「近い」国は、バルト海を挟んだ隣国フィンランドだ。
経済・軍事的な結びつきだけでなく、民族・言語的ルーツを共有する両国民は、わずか30分のフライトや2〜3時間のフェリーで、首都タリンとヘルシンキを頻繁に行き来し、互いを兄弟とも呼び合う。
このツインシティ、タリンとヘルシンキが今、高度に電子化されたクロスボーダースマートシティ「タルシンキ」として、より密接につながろうとしている。
これまでも両国は、行政や医療のデータ交換プラットフォーム構築を共に達成するなど、着実に協力関係の構築を進めてきた。さらに今年に入り、タリンとヘルシンキはそれぞれの大学を共同開発拠点として、国境を越えたスマートシティ戦略を促進するプロジェクトを推進するなど、さらなる発展を遂げようとしている。
バルト海によって結ばれたユニークなツインシティ「タルシンキ」は、国境を超え高度に電子化された「クロスボーダースマートシティ」としてどのように発展しようとしているのだろうか。
必然ともいえるクロスボーダースマートシティ化
タリンからの船が発着するフィンランドの首都ヘルシンキ
ヨーロッパでは国同士が距離的に近いため、島国である日本では考えられないくらい国境を越えた人の往来が激しい。
バルト海を挟んだ隣国タリンとヘルシンキも、母国語同士が似ているというだけでなく、どちらも流暢に英語を話すフィンランド人とエストニア人は、フェリーを利用して、ショッピングやレジャー、ビジネス、留学など様々な目的で、気軽に国境を越えてタリンとヘルシンキを行き来し交流している。
そんな「タルシンキ」の片割れ、ヘルシンキは世界有数のスマートシティだ。このところ世界各国がその構築に注力している「スマートシティ」とは、最先端のテクノロジーを活用し、住民の生活の質の向上や環境問題への解決策、災害への備えとするものだが、ヘルシンキは世界のスマートシティガバナンスランキング5位に選ばれている。
一方のタリンは、行政の電子化で常に先進事例として取り上げられる、世界最先端の電子国家エストニアの首都。
隣り合っているというだけでなく、テクノロジーを活用した生活において世界最先端とも言える両国が、さらなる住民の暮らしの向上を目指し、共通したインフラを整え、クロスボーダースマートシティとしてさらなる発展を目指すのは、ある意味自然な流れとも言えるだろう。
エストニアとフィンランド、共に歩んだ世界最先端の電子国家への道
これまでに構築されたエストニア・フィンランドの協力体制は強固なものだ。
昨年、公共サービスの電子化ランキングで、エストニアをフィンランドが抜いて1位になったが、そのことをエストニア人はなぜか嬉しそうに話す。兄弟の成功は自分たちでの喜びであること、そしてなによりこれまでの両国の協力体制が実を結んだと感じているからだそうだ。
エストニアでは、電子政府の柱の一つであるデータ共有プラットフォーム「X-road」により、国内の1000を超える様々な公的、民間機関が活発に迅速・安全なデータ交換を行い、市民や職員を煩わしいペーパーワークから解放している。加えて、各機関がFAXやメール、電話で、問い合わせを頻繁にすることがほとんどなくなったことで労働時間の短縮にもなったと評価されている。
2015年には、エストニアの協力により、フィンランドにもこの「X-road」の技術が、フィンランド国内に部分的に導入された。
しかし、エストニアとフィンランド、互いの国民同士が頻繁に行き来するからには、その運用が国内だけでは何かと不便だ。そうして、2016年には両国首相によりデータ交換プラットフォームの初期ロードマップに関する共同宣言にデジタル署名がなされ、共同研究所が設立、両国は共通したデータ共有基盤を整備する一歩を踏み出した。
2018年はじめには、データ交換の技術的解決策の完成を共に達成。エストニアとフィンランドにおいて国境を超えた電子サービスを提供するための準備が整い、健康保険や処方箋、税関連、交通記録や市民登録情報の共有の試みが開始されている。
当時のエストニア情報システム局は、これはまだ「国境のない電子ガバナンスの始まりに過ぎない」とコメントしたが、まさにその言葉通り、今年2019年に入って、両国のテクノロジー導入に向けた協力体制はクロスボーダースマートシティ「タルシンキ」の構築という新たな局面を迎えようとしている。
国境を超えたスマートシティのモデル都市を目指す、タルシンキ構想
昨年、両国の100周年を祝って行われたエストニアとフィンランドの合同会議において、デジタル化に関する協力関係のさらなる強化は主たる議題の一つであり、両国首相により活発な議論がなされた。
それを受けてか、今年に入り、エストニアのタリン工科大学とフィンランドのアールト大学が、クロスボーダースマートシティ向けソリューションを開発するため、エストニア政府とEUから3,200万ユーロの助成金を受けたとの報道がなされた。「タルシンキ」に最先端のデジタルインフラを整えるために、両国の高等教育機関の連携と技術開発への本格的な支援が始まったのだ。
「Smart Cities Centre of Excellence」と名付けられたこのジョイントプロジェクトは、今年から2026年までの7年間にわたって推進される予定で、2014~2020年の7年間にわたる総額800億ユーロ規模のEU研究・イノベーション枠組み計画である「EU Horizon 2020」の一環として、移動性、エネルギー、およびガバナンス、都市分析、データ管理の5つの分野にフォーカスし、持続可能なスマートシティの開発を進める。
海外投資を受け再浮上しているバルト海トンネル計画
このような協力体制強化の背景といえるのが、両都市間をつなぐ海底トンネルプロジェクトだ。以前から存在はしていたのだが、最近ドバイや中国などからの海外投資を確保したことで現実的な話となった。
2040年の完成を目指すこの海底トンネル。ヨーロッパのクロスボーダートンネルといえば最も有名なのは、英仏間のドーバートンネルだが、もしこのタルシンキトンネルが実現すれば、約90キロ、世界で最長のトンネルとなる。
この海底トンネルが計画通りに建設され、電車が走るようになると、現在フェリーで2〜3時間かかる交通は約30分まで短縮され、タリン、ヘルシンキ間をまたいだ通勤や通学も現実味を帯び、両国民の交流はさらに活発化するだろう。
また、タリンのICTビジネスハブとしての役割が期待されている空港近くのウレミステシティと、ヘルシンキヴァンター空港が停車駅として結ばれることも予定されている。直行便が少ないことがビジネスの拠点として難点とも言われているタリンにとって、多くの直行便が就航するヘルシンキへの陸路へのアクセスが容易にできるようになるメリットは大きい。
これまでにない国境を越えたテクノロジー先進シティを目指す「タルシンキ」構想。独立以降急速に電子政府のモデル国家へと変貌を遂げたエストニアが次に目指すのは、その首都をヨーロッパ、ひいては世界のクロスボーダースマートシティのモデルとすることなのかもしれない。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)