年々増加する食料廃棄
世界的に深刻化している食料廃棄の問題。
国連FAO、EU、米国農務省などにより食料廃棄軽減に向けた大規模なイニシアチブが次々と開始される一方、廃棄量は年々増加の一途をたどっている。
ボストン・コンサルティング・グループ(以下BCG)の試算では、食料廃棄量は今後10年間で33%増加し、2030年には年間21億トンもの食料が廃棄される可能性があると指摘される。金額に換算して実に1兆5000億ドル分の食べ物が「生ゴミ」になる計算だ。
毎年世界各国の栄養・農業・食料廃棄に関するデータをまとめているFood Sustainability Indexによると、昨年発表の時点で一人あたりの食料廃棄量がもっとも多いオーストラリアでは、平均で一人当たり年間361kg、実に一日1kg近くの食料が廃棄されている。ちなみに日本はその半分以下だが、それでも一人当たり年間157kg。一日に換算して約430gは、あなたが今日ゴミ箱に入れた食品より、多いか、少ないか――。
一方、現在世界では8億人強が飢餓に晒されているが、食料不足を抱える途上国では廃棄問題がないかというと決してそうではない。生産システムや流通のインフラの未発達、気候変動による穀物の生育不良などにより、消費者の口に届く前にゴミになってしまうというタイプの違う食料廃棄問題が、生産者と消費者の両方を悩ませている。
諸々平均して世界的には生産される食糧の3分の1が廃棄されており、これは世界で飢餓に苦しむ人口をしのぐ実に10億人をまかなうに十分な量であるという。
食料廃棄は経済的な問題としてビジネスの対象に
食料廃棄問題は宇宙船地球号の沈没を加速させる環境への負担であることは言うまでもないが、肥大するにつれて倫理的・環境保護的な観点を越えて焦点が当たりつつあるのは経済的な損失としての面である。
販売店、消費者にとてっての無駄なコストとなるのはもちろん、食料を廃棄することはつまり、その食料を生産する過程で使用したエネルギーや水、設備投資や労働力を全て無駄にすることを意味する。時が進んで廃棄された後はゴミとして処理にもコストがかかる。
それは基本的に自治体や政府負担となることが考えられ、つまりは税負担の増加を意味する。今後世界的にサーキュラーエコノミーを構築していく上で、食品ロスの解決は重要な一翼を担っているのだ。
今この原稿を書いている最中まさに、日本の大手コンビニチェーン・ローソンが消費期限間際の弁当などの実質的な値下げをすることで食料廃棄問題に取り組むというニュースを目にした(5%のポイント還元という奥ゆかしい『値引き』にずっこけた貧乏人の筆者の感想は置いておこう。
さらに5%がひとり親家庭を支援するNPOなどに寄付されるというのだから、企業はふとっぱらだ)。これは環境問題としてのフードロス対策としてはもちろん、今まで加盟店の負担となっていた廃棄費用を削減するねらいも大きいとのこと。
米イリノイ州立大学で食料保全問題に取り組む研究者Esther Ngumbi氏は、現在廃棄されている食料を適切に利用することができれば「空腹を満たすだけでなく、雇用を創出することができる」ことを指摘したうえで、「食料廃棄問題への取り組みは、企業、小売業、行政、投資者の全てに経済的な利益をもたらす」と主張する。
飢餓に立ち向かうアフリカ諸国においてはすでにロックフェラー財団などが、フードロス削減に向けた投資に乗り出しており、同氏は食料廃棄に立ち向かうためには各個人の行動変容が不可欠であるとしながらも、「全てのステークホルダーは、バイオテクノロジーを含めたイノベーションを採用して廃棄問題解決に寄与していかなければならない」と、廃棄食料を救うために貪欲に新しい技術に投資してゆく必要性を訴える。
先述のBCGはこうした現状を考慮し、2030年に予測される食料廃棄を全て削減できた場合に創出される投資機会を7000億ドルほどと試算している。
フードロスを救い、利益を生み出すビジネスが続々と誕生中
そのような中、環境のために廃棄食品を減らすのみでなく、それを活用する、もしくはフードロスの削減をサポートすることで利益を生み出すビジネスが続々と誕生している。
例えば、今年世界経済フォーラムから「世界で最も業界が大変革するような大きなインパクトを与えるイノベーションをもたらした」と評価され、「サーキュラー・エコノミー・破壊的イノベーション賞」を受賞した英Winnow社の「Winnow Vision」。
このAI搭載のスマートメーターは、レストランの厨房内のゴミ箱を載せるための「はかり」と、ゴミ箱のすぐ上に設置する装置のセット。ゴミ箱に食品が捨てられるたびに「はかり」が自動的に重さを量り、同時にゴミ箱上部に設置された装置に内蔵されたカメラがその内容を認識することで、「何が」「どのくらい」廃棄されたかを全て自動的に記録。
厨房から出る食品廃棄物の内容を分析し、その情報を毎日製造プロセスにフィードバックする。レストランの運営側はこのデータをもとに、メニューを計画・変更することができ、それにより最大8%の食材コスト削減が可能であるという。
イギリス全土のIKEAを始め、現在までに40か国のレストランに採用されているこのシステム。世界中の多くの厨房の廃棄物を減らし、消費者の出費を年間2,500万ドル(約27億円)節約したことが先述の受賞につながった。
「売り物にならない」農産物を消費ラインに乗せるため、生産者と食品関連企業をつなぐオンラインプラットフォームを開発したのは米サンフランシスコ発のFull Harvest社。
国内で生産される農産物の20%が単純に見た目の問題で店頭に並ばず、廃棄されている現状を知った創始者のChristine Moseley氏は、登録した利用者が一回にわずか数クリックで余剰農産物の登録・購入ができるオンラインサービスを開設。
生産者視点からは今まで買い手のつかなかった(もしくは買い手を探す時間がなかった)作物を簡単に販売ラインに乗せることができ、購入する企業の立場ではそういった余剰作物を抱えている生産者を探したり交渉する労力も不要で、安価で、安定的な供給が受けられるというメリットがある。
現在カリフォルニアを中心にネットワーク拡大中のフレッシュジュースチェーン「Project Juice」の共同創設者Rachel Malsin氏は、そうして同プラットフォームを通じて手にした『本来なら捨てられていた』原料を使用しているという事実が、「『サステイナビリティ』というブランドになる」と語る。
EUでは政府主導のイニシアチブも
「2030年までにフードロス半減」を目標に掲げているEU内では、2016年に「食品廃棄禁止法」を制定したフランスのような法的アプローチのイニシアチブの他に、行政主導で食品ロス削減ビジネスを応援する国が複数ある。
例としてオランダでは、中央政府がスタートした「食品ロス撲滅のための連携」の一環として、複数の企業や研究機関が手を組んで「美味しい廃棄物プロジェクト」を推進している。廃棄食品を活用するための新しいイノベーションを表彰するコンテストを開催したり、大手スーパーチェンが廃棄(されるはずの)食品を材料に生産された商品を専用に販売するためのコーナーをもうけたりといった内容で、消費者からの反応も予想を上回っているとのことだ。
食料廃棄を巡る循環経済は、あちこちで回り始めているといっていいだろう。
「食べるものがなくて飢えている子どもたちもいるのだから、たくさん食べなさい」の間違い
さて毎度蛇足で恐縮だが、シニカルな第三者的視点を売りとしているフィンランド人のスタンドアップコメディアンであるイズモ・レイコラ氏のお得意のネタに「アフリカ」というものがある。
「私が子どものころ、母はいつも『残さず食べなさい。アフリカでは人が飢えているのだから』と言いました。幼い私はそういわれるとがんばって食べたものです。しかし、その、今になって思うのですが、私がたくさん食べることが、どうアフリカの人たちを助けたのでしょうか?おかげでこんな体になってしまいましたが…アフリカの人たち、喜んでくれたでしょうか?いつかアフリカに行って現地の人たちに伝えたいです。『私がんばりましたよ、ご満足いただけましたか』って」
ムーミン体型の氏が困った顔で繰り出すこのネタは、ほのぼのしているようで実は強烈な皮肉だ。先進国では何億人もの母親が、日々食材を買いすぎ、料理を作りすぎ、「アフリカでは人が飢えているのよ!」と子どもに愛情と食材の押し売りをしている。
これからの子どもたちは、反論しやすくなるだろう。
「アフリカで食糧が不足しているのなら、僕は必要以上に食材を消費するのをやめます。お母さんも使いきれる量だけの食料品を購入してください。僕は余剰食材をアフリカに行き渡らせるビジネスを始めますので」と。
自分が息子にこんなことを言われている場面を想像するとそれだけで逆ギレしそうだが、こんな未来はもうすぐそこまで来ているのかもしれない。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)