ポストBRICs「MENA(中東・北アフリカ)」で起こるスタートアップ・ムーブメント

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数年前からポストBRICsとして注目を集めている「MENA(中東・北アフリカ)」。アラブ首長国連邦、イスラエル、イラン、エジプト、サウジアラビア、オマーンなどが含まれ、推定人口は4億人ほどと5億人の欧州連合に迫る市場だ。

これまで石油によって潤ってきた市場だが、脱石油依存に向けイノベーションを推進する動きが活発化している。カタールの「ビジョン2030」、サウジアラビアの「サウジビジョン2030」、オマーンの「ビジョン2040」などだ。

これらはトップダウンの動きだが、スタートアップを主体としたボトムアップの動きも顕著になっており、世界中の関心が注がれるようになっている。中東発のスタートアップがアマゾンやウーバーに買収されるケースも出ており、目が離せない状況だ。

今回は中東で起こるイノベーションを促進するボトムアップムーブメントの最新動向をお伝えしたい。

アマゾンやウーバーに買収される企業も、中東発の注目スタートアップ

2019年3月、中東初のユニコーン企業といわれた配車アプリ「Careem」がウーバーに31億ドル(約3,400億円)で買収されるというニュースが世界を駆け巡った。

Careemは2012年にドバイでマッキンゼー出身者のムダシル・シェイカ氏とマグナス・オルソン氏によって創業。もともとは法人向けの自動車予約サイトとして出発したが、その後個人向けの配車サービスで中東市場を席巻していった。現在、中東・アフリカ・南アジアの14カ国・100都市で事業を展開している。

Careemウェブサイト

このCareem買収のニュースは中東スタートアップシーンの盛り上がりを示すものといえるが、少し前にも大型の買収が実施されている。

アマゾンによる中東最大のEコマースサイト「Souq」の買収だ。このSouqは「中東のアマゾン」と呼ばれるほど、中東市場で強い影響力を持っていた企業。2017年3月、アマゾンはSouqを5億8,000万ドル(約643億円)で買収したことを明らかにした。

CareemとSouqの躍進は、中東地域のスタートアップシーンを活性化する原動力になっていると思われる。最近、スタートアップ関連のカンファレンスやピッチイベントが増えているのだ。

どのようなスタートアップが誕生しているのか。注目されるいくつかの企業を見てみたい。

エジプト・カイロ発のVezeetaは「救急車版ウーバー」と呼ばれたことのある医療サービススタートアップだ。2011年に救急車配車サービスとして開始されたが、その後病院検索・診療予約プラットフォームをローンチしサービス領域を拡大した。このプラットフォームでは、患者は無料で医師のスケジュールを確認し診療予約することができる。一方、医療関係者のプラットフォーム利用は有料になっている。

現在、エジプトに加え、サウジアラビア、ヨルダンなどでサービスを展開。これまでの予約数は累計で300万件、利用者は250万人、登録医師は1万人に上るという。2018年9月にはシリーズCで1,200万ドル(約13億円)を調達した。中東地域は医療インフラが整っていないといわれており、Vezeetaの存在は欠かせないものになっているようだ。

中東版Tinderとも呼べるアプリも登場している。Harmonicaはエジプト初のオンラインデーティングアプリ。保守的とされる地元文化を考慮した工夫がなされており、安全性が比較的高いサービスとなっている。本人確認はFacebookアカウントで行われるが、そのアカウントは2年間アクティブである必要がある。サービス利用前にユーザー全員が、学位・大学名、職業、所得水準、宗派などの細かい情報を入力しており、それ基づいた精度の高いマッチングが可能になるという。2017年末にローンチされ、現在ユーザー数は7万5,000人を超えた。

Harmonicaウェブサイト

イノベーション推進にあたり高度スキル人材の育成が目下の課題になっている中東地域では、教育関連スタートアップへの注目度も高くなっている。

レバノン・ベイルート発のSynkersは、家庭教師マッチングサービスを提供するスタートアップ。2016年のローンチ当初は、オンライン教育の認知度の低さやクレジットカード普及率の低さから苦戦を強いられたようだが、現在ではレバノンだけでなく、アラブ首長国連邦にもサービスを拡大。50校以上の学校・大学と提携し、ユーザー数は3万人を超えたという。教育熱が高まる中東地域。今後同サービスのさらなる拡大が見込まれる。

中東各国で加速するスタートアップ・エコシステム醸成の動き

中東ではスタートアップを支援する組織や取り組みが増えており、起業しやすい環境が整備され始めている。

レバノンでは「スタートアップ・バーレーン」イニシアチブが進行している。起業家、投資家、大学・研究機関などが連携、デジタルスタートアップの輩出を目指し、起業エコシステムを構築する取り組みだ。1億ドル(約111億円)規模の投資資金が用意されている。現在75社ほどが同イニシアチブのもと事業開発を進めている。

スタートアップ・バーレーンのウェブサイト

ドバイでは「Dubai Future Foundation(DFF)」が、スタートアップエコシステムを醸成するためのさまざまなプロジェクトを実施している。その1つ「Dubai Future Accelerator」は、世界各地のスタートアップとドバイの政府機関・企業とのコラボレーションを促進するプロジェクト。スタートアップの力を借り、ドバイが抱える課題の解決やビジョン実現を加速させようという試みだ。またDFFでは、ブロックチェーン活用を進める「Global Blockchain Council」や建築分野のディスラプトを目指す「3D Printing Strategy」などのプロジェクトが立ち上がっている。

このほかエジプトでの「The Startup Manifesto」などエコシステム醸成の取り組みは枚挙にいとまがない。一方、オマーンでは政府機関の役員にスタートアップ創業者らを採用し、政府のスタートアップニーズの理解を深める取り組みが実施されている。

以前、中東で女性起業家が増えていることをお伝えたしたが、このトレンドも相まって、スタートアップの動きは一気に加速することも考えられるだろう。世界のムスリム人口は現在18億人。2030年には22億人に増加するとみられている。ムスリム文化圏という見方をすれば、中国やインドより大きな市場になるのだ。今後の動きから目が離せない。

文:細谷元(Livit

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