日本でよく知られた海外の大学というと米ハーバードやスタンフォード、英オックスフォードやケンブリッジなどだろう。QSやTimes Higher Educationの世界大学ランキングで上位を占める常連校であり、メディアでよく取り上げられることから海外大学の中でもひときわ名の知れた大学となっている。
一方、日本では名前が知られていないものの、海外では教育の質の高さや学術分野での功績、また卒業生の知識・スキル水準などが非常に高く評価される大学は少なくない。
インド工科大学や中国清華大学は、米MITに並びエンジニアリングや人工知能分野で世界トップクラスと称される大学だ。ビジネス分野では、ドイツ・マンハイム大学やフランスHEC、中国・中欧国際工商学院(CEIBS)、インド経営大学院などが世界的に知られた存在となっている。
そのなかで評価が高いだけでなく、学生によるユニークな取り組みで世界的に存在感を発揮しているスイスの小規模大学がある。ファイナンシャル・タイムズ紙が毎年公表しているビジネス分野の大学世界ランキング「経営マネジメント修士部門」で2015〜2018年まで4年連続で1位を獲得しているサンガレン大学だ。
日本ではあまり話題になることが少ない大学であるが、卒業生にはドイツ銀行前CEOのヨーゼフ・アッカーマン氏、クレディ・スイス前CEOのルーカス・ミューレマン氏、UBS前CEOのピーター・ウッフィル氏など世界的大企業のトップを数多く輩出している知る人ぞ知る大学なのだ。
スイス・サンガレン大学とは、いったいどのような大学なのか。なぜ世界的に名が知れ渡っているのかその理由を探ってみたい。
ロスチャイルド家にMI6長官、室伏広治氏などが参加「サンガレン・シンポジウム」とは
サンガレン大学が位置するのは、スイス北東部にある人口16万人ほどのサンガレン(St. Gallen)州。ドイツに近いことからドイツ語がよく話されている。ドイツ語の発音から「ザンクトガレン」と表記される場合もある。
学生数は学部・大学院合わせて8,500人ほどしかおらず、日本の大学と比較すると小規模な大学だ。また研究に特化した大学という位置付けから、学部生約4,700人に対して修士過程に3200人(博士過程600人ほど)の学生がいるのも特徴的だ。
冒頭で紹介したようにファイナンシャル・タイムズ紙のビジネススクール世界ランキング「経営マネジメント修士部門」では4年連続の1位。このほか欧州ビジネススクール・ランキングでは2018年に、1位ロンドン・ビジネス・スクール、2位フランスHECパリ、3位INSEADに続く4位にランクインしている。
サンガレン大学が注目を集めるのは、このようなランキング発表のときだけではない。毎年5月初旬に開催される大規模イベント「サンガレン・シンポジウム」も同大学の世界的な認知度を高める大きな要因になっている。
サンガレン・シンポジウムは同大学の学生らが企画・運営するイベント。学生が企画・運営するイベントといっても、日本の大学であるようなそれとは似て非なるものだ。
世界各分野の第一線で活躍する人々が集まり、世界が直面する課題をさまざまな切り口で議論する世界経済フォーラムのようなイベントなのだ。これまでに、イラン前大統領、エストニア大統領、ルクセンブルク首相、シンガポール財務大臣、インド中央銀行総裁、シンガポール航空会長、ロスチャイルド家、英諜報機関MI6前長官、グローバル企業のトップ、新進気鋭の起業家、若手学からノーベル賞学者まで各界で活躍する多くのリーダーが参加している。こうした著名なリーダーらが毎年約600人も集まるのだ。
2018年に開催された第48回目のシンポジウムには、当時マッキンゼーのマネジング・ディレクターだったドミニク・バートン氏、フォーブスCEOのスティーブ・フォーブス氏、モノクルマガジン創業者のテイラー・ブリュレ氏、ハイパーループ・トランスポート・テクノロジーCEOのダーク・アールボーン氏などが参加した。
日本からも第一線で活躍する人々が参加。これまでの参加者には、楽天の三木谷浩史社長、一橋大学名誉教授の石倉洋子氏、日本屈指のアスリートで現在東京医科歯科大学教授の室伏広治氏、マネックスグループ社長の松本大氏などがいる。2018年にはソニー・コンピュータ・サイエンス研究所所長の北野宏明氏が参加した。
2014年のシンポジウム参加者、松本大氏(左上)、室伏広治氏(左下)(サンガレン・シンポジウムウェブサイトより)
ルーツは1968年、若い世代と政治・ビジネスリーダーの対話促進が軸
まさに世界経済フォーラムのようなイベントであるが、根本的な大きな違いがある。それはサンガレン・シンポジウムのルーツに関わるものでもある。
2019年5月8〜10日、第49回目の開催となるサンガレン・シンポジウム。第1回目が開催されたのは1969年。1968年頃に世界中で巻き起こっていた「学生運動」の流れを受け、サンガレン大学の学生らが学生と政治・ビジネスエスタブリッシュメントとの対話の場としてシンポジウムを開催したのだ。当時はサンガレン・シンポジウムではなく「International Management Dailog」と呼ばれていた。
世代間のダイアログを促す場としてのシンポジウム(サンガレン・シンポジウムウェブサイトより)
当初参加していたのは主にサンガレン大学の学生であったが、1989年にシンポジウムの参加機会を世界中の学生に与えるエッセーコンテスト「St. Gallen Wings of Excellence Award」が開始された。これによりエッセーコンテストを勝ち抜いた200人の学生が世界中から招待され、政治・ビジネスリーダーらと対話する機会を得ることができるようになったのだ。この学生の旅費や滞在費はすべてシンポジウム側が負担している。
またこの200人の中から特に優秀な3人が選出され、シンポジウムでプレゼンする機会を与えられる。3人には合計で2万フランの賞金が授与される。2018年のエッセーコンテストで優勝したのは、オックスフォード大学に通うオースラリア出身のナット・ウェア氏。
同年のシンポジウムの議題「Beyond the end of work(技術的失業をどう乗り越えるか)」に、コンピュータと人間のハイブリッド化が必要だという主張を展開し最優秀賞を獲得。2位にはポツダム大学の学生、3位にはハーバード大学の学生が選出された。
2009年にはハーバード大、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学生を抑えて立命館大のインドネシア人留学生が最優秀賞を獲得しており、日本の大学生にもエッセーコンテストで入賞できる可能性が示されている。
サンガレン大学の学生たちは、シンポジウムの企画・運営やシンポジウム空間の共有を通じて、他の大学では絶対に得ることのできない感覚・視野・考え方を手に入れているはず。同じ議題であっても、世代・宗教・国・性別・文化が違うと見方やアプローチの仕方が異なるということ体感できるからだ。
「国際感覚」とよく言われるが、真の意味での国際感覚とはこうしたことを言うのかもしれない。このような国際感覚を持つ学生・卒業生がサンガレン大学の評価や評判を形成する強力な要素になっているのは間違いないといえるだろう。
文:細谷元(Livit)