INDEX
イギリスの総合不動産サービス会社サヴィルズが今年2月、テックシティ・ランキングと題した順位表を発表。世界の主要30のテクノロジー都市を100の項目で指標化し、総合順位をつけたものだ。
1位ニューヨークは世界の商業の中心地、2位サンフランシスコはテクノロジー環境、3位ロンドンは大都市の活気がそれぞれランクインの特徴 © copyright 2019 Savills.
「テックシティ」とは? その意味
ITの観点から、世界の主要都市をランク付けした今回のレポート。ITは世界的に成長拡大部門であり、関連会社や起業が活発になれば投資や優秀な人材が集まり、都市そのものの価値が上がるとされている。
実際ロンドンには2008年頃から急速に発展した「イーストロンドン・テックシティ」がある。
ロンドンのシリコンバレーと称されるこのエリアには、それまで十余りのIT関連企業が拠点を置いていたが、治安があまり良くないため、賃料も安かった。借り手の無い安いオフィスがあったためにIT関連起業が自然と集まり、人が増え、カフェなどがオープンし、エリアが活気づいた。
当時のキャメロン首相がこの地を訪れ「テックシティ構想」を発表したのが2010年。税制の優遇や政府のサポートを約束し、エリアの活性に加速をつけた。
現在では、GoogleやFacebook、ボーダフォン、Twitterなどの世界的大手企業も拠点を構え、それなりの効果があった(そしてこれからも成長し続ける)とみられている。
イーストロンドン・テックシティ©Tech.London 2017
100項目で評価、サヴィルズ社のランキング方法
サヴィルズがランク付けをするにあたり使用したのは100項目。ベンチャーキャピタルの投資額から、一杯のフラットホワイト・コーヒー(オーストラリア発で次にブームとなるとされるコーヒー)の価格までといった、多様な項目の得点を集計。
調査項目はそれぞれ、①ビジネス環境②テクノロジー環境③街の活気とウェルネス④人材⑤不動産価値⑥可動性の6カテゴリーに分かれている。
どの都市で、ITテクノロジー会社やスタートアップ企業が成功を収めやすい環境が整っているのかがわかる指針となっている。
今回のサヴィルズによるテックシティ・ランキングは過去2015年、2017年に発表されて以来3回目。調査項目に新しく「可動性」を付け加えたほか、中国の5都市がトップ30都市に入っていることも新しい。
繰り返しになるが、これらの都市は地域内でもベンチャーキャピタル投資が集中する都市で、生活し、仕事をしていくうえで刺激的な街であるがゆえに、才能ある人たちが集まる。
このサヴィルズ社のテックシティ指標は、成功のカギを計る役割を果たすとしている。
まずここで選ばれたテックシティ(30都市)は他の世界都市と比べて、機能性が高いのが特徴。先進国平均のGDP伸び率が19%と予測されている中、この30都市のGDPは向こう10年間で36%の伸びが予測されている。
また、テック30都市は世界の中でも最も急速に成長し続ける都市であり、次の10年のうちに全都市合わせて1800万人の住民増加も見込まれているのだ。
サヴィルズ社の調査指標
© copyright 2019 Savills.
ニューヨークに注がれる熱視線
そして今回の調査結果で1位となったのがニューヨークだ。
サンフランシスコから1位の座を奪う形となったニューヨークは、非常に多くの才能と人材が眠る街であると同時に、世界の商業の中心地としての評判が高いことから、今回トップの座に輝いたとされる。
ニューヨークは、ビジネス環境、豊富な人材、ライフスタイル、至便な交通リンクをもっていることから、テクノロジー分野における世界の最重要都市の地位を確立している。
若いプロフェッショナルがニューヨークを目指す、という話は日本でもよく耳にするほど、都市としてのニューヨークの魅力は世界中の人を惹きつける力がありそうだ。
世界の商業の中心地としてのニューヨークの1位の座は、巨大テクノロジー会社の転入がランキングに大きく影響を与えたとサヴィルズ社は記している。
グーグルがニューヨーク市にある開発拠点「キャンパス」を拡大すると発表。マンハッタンのウェストサイドに10億ドルを投じて約15.5万平方メートル超のキャンパスをオープンする予定だ。
こうした動き、実は巨大企業が対抗しあっているだけではなく、若い優秀なエンジニアや人材がカリフォルニアや他の都市への引っ越しを嫌がるという背景もあるという。
テクノロジー部門に就く若きエンジニアたちは、勤務地にもこだわりがある、そういう世代だというわけだ。
迫りくる中国の影
テクノロジー部門のランキングに、中国都市の台頭がめざましい。
首都北京では過去3年間で、年間平均約340億ドル(日本円で約3兆7,300億円)ものベンチャーキャピタル投資があり、この数字は実にニューヨークやサンフランシスコを上回る額であった。
また中国は移動手段のシェア部門におけるリーダー的存在でもある。
他のどの都市にも見られないほどの勢いで、シェア自転車、配車アプリ、カーシェアリングが都市生活を席巻しているからだ。
つまり、地下鉄などの既存の公共交通機関に頼らずとも、人の移動が簡単であることが中国の都市が台頭するカギとなった。
とくに、都市部にあふれかえるステーションの無い(貸し出しと返却が、街の路上どこでも自由な)自転車のシェアシステムが貢献した。
テックシティ30都市のランキング。東京は第13位(Savills World Researchより © copyright 2019 Savills.)
モビリティ=可動性の重要性
今回新しく加わったモビリティ(可動性)指標は、それぞれの都市がいかに効果的に移動手段を提供しているかを数値化している。つまり、その都市におけるA地点からB地点まで移動する効率を、ランク付けしているのだ。
移動手段や移動サービスについての3要素、①有効性、②密度、③投資、それに地下鉄システムの売り上げや革新のレベル、都市インフラの質を計った。
モビリティの総合ランキングでは、革新的な交通機関の存在と、サイクリングとウォーキングに適した都市形態が功を奏し、ロンドンが第1位となった。
しかしながら、移動手段のシェア部門に関しては、スコアが低く「アジア(中国)の都市から学ぶことがまだまだ多い」としている。
テックシティは、既存の大都市であるがゆえに交通困難であることが多い。
通勤電車がギュウギュウであったり、駅からオフィスまでの道のりが長かったり、マイカーや自身の自転車で通勤できる環境になかったりといったことは常に付きまとう問題であった。
たとえ魅力的な都市で、魅力的な仕事があっても、通勤に不便ならお断り、と優秀な人材にそっぽを向かれる時代になってきているのだ。
企業側も人材確保に莫大なコストがかかるよりは、モビリティに優れた都市に拠点を構えるのが賢明であろう。
このような観点から、今回付け加えられたモビリティの指標は今後ますます重要になって来ると見込まれている。
若い人材の誘致を左右する住宅コスト
サヴィルズは今回、「IT部門においては、人材とビジネス環境に重点が置かれる一方、不動産価値の指標は最も比重が軽い」としている。
しかしながらITテクノロジー部門の成長においても、例えばオフィスの賃料や適当な物件の有無など、不動産に関する事項には意味がある。また生活費の高い場所では、若い人材が集まらない。
サンフランシスコでは資本価値以上に住宅コストが上昇し、テックシティの中でも最高額の週に720ドル、という数字であった。
ニューヨークはと言うと、週に520ドルであるものの、区外によりリーズナブルで通勤しやすい住宅を見つけることが出来るとしているためあくまでも参考額としての数字。
となるとサンフランシスコとの実際の差額は大きく、引っ越しを嫌がる人がいるという話も納得がいく。
なお、30都市中最も低コストだったのは中国の成都で週あたり140ドルであった。
新しい職場のスタンダード「シェアオフィス」
シェアオフィスは、世界のIT部門と共に歩んできたと言っても過言ではない。個室の事務所にデスクを構えるための費用は、30都市の平均で590ドル、最も高額だったのがサンフランシスコの1,050ドルであった。
前回1位でありながら2位へと転落したサンフランシスコは、このシェアオフィスの費用高騰が原因であった。極度の需要と供給の不均衡から生じた費用の上昇がランキングを下げた形だ。
世界的にもシェア・オフィスの割合は急上昇中。日本でも長期戦略的に取り入れる企業が増加している。ロンドンでは2018年1~9月の統計でオフィス市場の13%以上がシェアオフィスを占めていた。
シェアオフィスはこれからも伸びる余地のある市場で、オフィス市場が成熟したとみなされているマンハッタンですら、シェアオフィスの割合はいまだ2%余りであるからだ。
平均年間ベンチャーキャピタル投資額2016-2018年(単位:10億ドル)Savills World Research using Pitchbookより
第4次産業革命と労働の変革
テックシティ30に含まれる中国の都市は、今回のランキングでは中間に甘んじているものの、ベンチャーキャピタル投資額を見ると、30都市全体の40%から28%へと大きく減少した米国全都市とは真逆に、11%から36%へとその比率が大きく上昇している。
アリババや百度、テンセントといった巨大IT企業がけん引する中国の経済。第4次産業革命とともに、働き方が変わり、世界的に都市部への人口流入がますます加速するとの試算もある。
巨大な人口を抱える中国が、世界のトップクラスのテックシティとなり、IT部門の地図を塗り替える日が来るのでは、と世界中が注目している。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)