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忙しい現代人の見方、「フードデリバリー」。日本では、昔から電話で注文すると寿司やそばを自宅の玄関先まで配達してくれる「出前」がある。
そう新しいコンセプトというわけではないが、便利な専用アプリの登場が手伝い、近年フードデリバリー業界の売り上げはうなぎ登りだ。特に何事にもスピード、気楽さ、簡便性、効率を求めるミレニアル世代のごひいきであることは言うまでもない。
2018年に各国で金融商品とサービスを提供するスイス最大の銀行UBSが発表した、フードデリバリー業界の深層を探った調査書が『イズ・ザ・キッチン・デッド?』。
これによると、世界的にオンラインを通じてのフードデリバリーの売り上げは350億USドル(約3兆9,000億円)から、2030年まで年に20%ずつ増加を続け、3,650億USドル(約40兆円) にまで膨れ上がると予想されている。
加速するばかりのこのフードデリバリー人気が、意外なところで私たちに影響を与えている。実は住居形態に変化をもたらし、飲食業界を進化に導いているのだ。
もはやキッチンに存在価値なし?
フードデリバリーを活用するということは何を意味しているだろうか。
それは、自分で食事を作らないということだ。料理をしない者にとって、キッチンが持つ従来の意味は薄れる。キッチンはもはや食事作りではなく、デリバリーされた料理を食べる準備をするためのスペースに過ぎなくなる。
最近はこのトレンドを意識し、住宅が設計されることも少なくない。オーストラリアのメルボルンに2020年中旬に完成予定で現在建設が進むラグジュアリーアパートメント、「ザ・ドックランズ」もその1つだ。
地元のデベロッパー、キャピタル・アライアンス社は、キッチンに「メルボルン・コレクション」と「ドックランズ・コレクション」の2タイプを用意している。
ドックランズ・コレクションは従来型だが、メルボルン・コレクションは、アイランド部分が従来より大きめにできているのが特徴。食事はデリバリーで済ませるので、アイランドには調理器具は必要なく、デリバリーフードを置くことだけを前提にデザインされている。
ザ・ドックランズのメルボルン・コレクション(キャピタル・アライアンス社のビメオから)
人気があるのはどちらかといえば、メルボルン・コレクションに軍配が上がる。
キャピタル・アライアンス社の創始者であり、最高業務責任者のモーハン・デュ氏が国内指折りの不動産サイト、realestate.com.auに語ったところによれば、バイヤーの70%もが、フードデリバリーを注文した際に便利なメルボルン・コレクションを選ぶという。
同アパートメントのインテリアデザインを担当したロスローマン社の主任、マシュー・ダルビー氏はザ・ドックランズに限らず、アパートメントのデベロッパーはキッチンのデザインにトレンドを取り入れる傾向にあるという。家電をミニマルに抑える。オーブンを2つしつらえていたところを1つに減らし、電子レンジや電気ケトルは姿を消す。サイズも縮小する。
住宅の主要エリアを占めていたキッチンはあくまで付属的なスペースに留まるようになってきている。
デリバリーシステムがもたらすレストラン革命
外食産業は停滞気味といわれる中、一般の飲食店が人気のフードデリバリーを取り入れない手はない。フードデリバリーを手がけるためには、ちょっとした工夫が必要だという。
まずは店舗のレイアウトを再考する。
一般家庭では縮小傾向にあったキッチンだが、レストランでは反対に大きくする。店内飲食に加え、デリバリー用の料理にも対応するとなると、従来のキッチンでは手狭だからだ。だからといって簡単に増築できるわけでもないので、需要が減っている店内の飲食スペースを小さくし、その分キッチンを広くする。
メニューにも手を加える。デリバリーを経ても、見た目や味などにそん色がないメニューを用意する。
ヘルシーな料理も取り入れる。自分で料理をせず、日々の食事をデリバリーに頼る人々は健康管理面から、ピザやハンバーガーといった従来のデリバリーフードを敬遠しがち。野菜をふんだんに取り入れた、栄養価に富んだメニューを求めている。
営業時間もしかり。夕食の注文を仕事先から入れる人は少なく、仕事を終え、自宅に帰ってからという人が大多数であるため、夜遅くまでオープンし、注文を受け付ける必要がある。
「ダークキッチン」とは?
アイルランドのダブリンにあるハンダイというレストランのチャイニーズ。デリバルーが届ける料理がファンキーな店の雰囲気も伝える © Deliveroo
フードデリバリーはアプリで注文するのが一般的なので、気づくことは少ないが、よく確認すると注文先の住所にその店名が見当たらないことがある。
代わりにあるのは別名の飲食店だ。つまり表に店名を掲げている店のキッチンで、別のフードデリバリー店の料理が作られているのだ。いわば「キッチンの間借り」ともいえそうだ。
こんな風に実際に店を構えず、デリバリーのみで食事を提供する飲食店のコンセプトを「ダークキッチン」という。「シャドーキッチン/レストラン」「バーチャルレストラン」とも呼ばれる。
大きなキッチンを「家主」であるレストランと共用する方法のほかにも、営業時間が違う店舗のキッチンを利用するという手もある。
例えば、早朝から午後中盤までオープンしているカフェのキッチンを、その空き時間である夕方から夜遅くまで利用し、デリバリービジネスを展開するという具合だ。
フードデリバリー人気に伴い、増えているダークキッチンだが、最近はさらに進化を遂げつつある。デリバリーフードを提供する、複数のキッチンを集めたハブが登場しているのだ。コストを最小限に抑え、より効率的に料理を作り、配達することを目的にしている。
そんなハブの一例が、本拠地英国を含め、世界14カ国でオンライン・フードデリバリーを提供するデリバル―傘下の「デリバル―・エディションズ」だ。ロンドン、シンガポール、香港、ドバイ、メルボルンで大成功を収めている。
デリバリフード専用のキッチン・ハブ、デリバルー・エディションズ © Michael Franke
1つのハブにはキッチン4、5軒が同居する。各キッチンにはすでに調理器具が揃っており、配達員も常駐する。
キッチンを利用する場合はデリバル―にコミッションを支払うだけで、自らのレストランを増築・新築したり、個々に配達員を雇ったりする必要がない。
シェフをハブ内のキッチンに派遣するだけですぐにビジネスを開始することが可能だ。またデリバル―というブランドが持つマーケティング力を借り、ビジネス展開を図れる。
店舗を構えるにはリスクが大きいと考える際や、自分の経営するレストランのメニューへの需要があるかどうかを確認したいなどテスト的な運営を行う際にも、キッチンを手軽に借りることができるハブは重宝だ。
また消費者にも、注文先がキッチンのハブを利用することでメリットがある。デリバリー時間が短縮されるのだ。デリバルー・エディションズによれば、通常より約10%早く食事を届けられることが確認されている。
現在デリバル―・エディションズは、各デリバリーフード・ビジネスにキッチンやデリバリーといった枠組みを提供するだけだが、将来的には食材などの入手も一本化したいと考えている。サプライ面でも効率化を図り、顧客にそれを還元するのが狙いだ。
誕生してから年月がそう経つわけではないが、ダークキッチンはすでに一歩一歩と前進していっている。
以前はデリバリーに見向きもしなかったハイエンドなレストランも、爆発的なデリバリー人気を無視できなくなってきている。
そのうちミシュランガイド三つ星レストランの料理を自宅に届けてもらい、ネットフリックスを見ながら、パジャマで食べられるようになるかもしれない。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)
eye catch img: © Deliveroo